第360話 抱えている闇を暴く、闇の組織

 「着いた」


 「ほう、ここが枢機卿の秘密の部屋か」


 時は遡ること、鈴木が地上でアデルモウスと出会う前のこと。ここ、大聖堂地下にて、ミーシャとサースヴァティーはギワナ教の裏の活動の実態を探っていた。辺りは薄暗く、明かり一つ無い。


 先日、この地下から女神の片足が何者かによって盗まれる事件が起きて以来、厳重に警備体制を整えているが、ミーシャの手腕の前では意味が無かった。


 無論、サースヴァティーはただついて来たに過ぎない。自他共に認める、闇組織として持ち合わせるべき隠密系技術が皆無な少女だ。


 そんな二人はとある通路を渡っている途中で、目的地である部屋の前に居た。


 「まぁ、秘密の部屋というより、単にアデルモウス枢機卿しか入れない部屋、という方が正しいかな」


 「あれ、誰かが部屋に侵入したら爆破でもするの?」


 「いいや?」


 そう言って、ミーシャは部屋の扉を手で擦った。


 「厳密には、『部屋の中に入った者がアデルモウス以外の人物』ではなく、『扉を開ける者がアデルモウス以外の人物』で、とある魔法が発動する仕掛けらしい」


 「“とある魔法”?」


 「一つは部屋を爆破する魔法。もう一つはアデルモウス本人に知らされる魔法だ」


 「へぇー。用心深いねぇ」


 そんなことを興味無さげに言うサースヴァティーだが、ミーシャは苦笑しながら返す。


 「いやいや。これしきのことで用心深いと言っていたら、プロ意識が足りないと言わざるを得ないよ」


 「え、なんで?」


 「簡単な話さ」


 そう言って、ミーシャはパチンと指を鳴らす。


 途端、二人の近くにある者が現れた。


 それはミーシャの【固有錬成】によって生成された、アデルモウスの複製体である。


 「それら魔法の発動条件で肝心なのは、扉の開閉だ。それをアデルモウスにやらせれば、ワタシたちは自由に出入りができる」


 「ああ~なるほど」


 そこまで言って、サースヴァティーは納得する。


 扉を開けることさえクリアしてしまえば、もはやそれらの魔法は何ら意味を成さない。


 「よくわかるね、そんなこと」


 「......。」


 どこまでも闇の組織として自覚が足りない発言をするサースヴァティーに、ミーシャは返す言葉も思い浮かばなかった。


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部としてどうなの、と思うミーシャは器が小さい者だろうか。否である。


 そしてアデルモウスの複製体が扉を開け終えて、ミーシャたちが中に入る。サースヴァティーが魔法で光球を作り出し、辺りを照らす。


 「書斎?」


 「ぽいね」


 そこはそう広くない書斎だった。


 両の壁際には天井まで届く本棚があり、端から端、上から下まで分厚い本で埋め尽くされている。いや、本だけではなく、何か羊皮紙を束ねてた物まであった。


 日の光も射さないこの空間はどこかかび臭く、空気が淀んでいるように思えるほど不気味である。


 特に床に散乱している物もない整理整頓された部屋だ。


 二人はしばらくの間、あちらこちら調べることにした。


 「ふむ、やはりギワナ教は闇が深いね~。六年前に大規模な貴族狩りしてるよ。まぁ、どの貴族も国の金を横領したり、罪を犯しているから、相手は選んでいるみたいだけど」


 「だね。ここ数年で一気に活動し始めた感じだ」


 などと、二人は手を動かしながら調査を続ける。


 「教会の裏の連中が、<堕罪教典ホーリー・ギルト>として結成したのは割と最近だね」


 「たぶん、ガープンたちもその頃合いで、アデルモウスたちに協力しているはずだよ」


 「ああ。枢機卿個人で動かせる人が少ないからだろう」

 

 「にしても、まさかブラックリストに名が刻まれている連中を雇うとはね~」


 「人格はともかく。実力は確かだ。ハンデスは過去に一度、うちに来ないかと声を掛けたくらいだよ」


 「え、そうなの?」


 「うん。ワタシが誘ったわけじゃないけど」


 そんな中、ミーシャがとある研究記録を発見した。それは数枚の羊皮紙で束ねられており、記載されていたテーマはこう。


 「“シスイの【固有錬成】”......について書いてある」


 「え?」


 サースヴァティーは手を止めて、ミーシャの方へ寄る。


 二人はその資料を読み込んだ。


 内容は聖女シスイの【固有錬成】について。聖女シスイはスキルによって、周囲から慈愛を受ける対象とされている模様。発動条件は不明。制限も不明。少なくとも同族以外にも有効らしい。


 そう、同族以外にも。


 無条件に。


 「これは......すごいな。老若男女問わず、他種族まで影響するらしい。現に知性を持ち合わせていないモンスターにまで効果が出ていると書かれている」


 「ははーん。そういうことかぁ」


 「え?」


 ミーシャは隣で顎に手を当てて、なにやら一人で納得している様子のサースヴァティーを見やった。


 「いや、私たちが聖女シスイと対面したとき、彼女には、事情を話す前に逃げられないよう立ち回ったでしょ?」


 「うん」


 「あのとき、私は多少手荒な真似をしてでも聖女シスイを捕まえるつもりだった。できるだけ怪我させたくなかったんだ。そう思ってしまった」


 「......ほう」


 サースヴァティーの見た目は人間の少女のそれだが、正体は龍種だ。加減を間違えれば、シスイの華奢な身体を取り押さえることを通り越して、大怪我をさせてしまう。


 特に人間に対して興味を持ち合わせていないサースヴァティーが、無意識にそれを忌避した。


 その事実は、サースヴァティーからしたら不思議で仕方が無く、シスイの【固有錬成】による心象操作だとしたら納得のいくものであった。


 「ミーシャは? シスイと関わってどう思った?」


 サースヴァティーの質問に、ミーシャは当時抱いた感情を思い出して口にする。


 「ワタシは何とも思わなかったよ」


 「本当に?」


 「ああ。正直、この事実を知るまで興味が薄かった。教会の裏のことについて何も知らなかったみたいだし。なんだったら、ズッキーを護衛にさせるのも悩んだくらいだよ」


 「そういえば、ズキズキを常に他所の女の側に置くことに、かなり抵抗感抱いてたよね。嫉妬かと思った」


 「言い方。あれは護衛対象がズッキーに何かされるかもしれない、と心配したからで......」


 「聖女シスイを心配したってこと? そしたらミーシャも私と同じじゃん」


 「いや、ワタシのは本当に......」


 とミーシャは言い欠けて止める。胸の中で整理がつかないまま、鈴木に対して思っていることを言ってしまうと、以前のようにサースヴァティーにイジられると察したからだ。


 ミーシャは咳払いをしてから話題を戻す。


 「ともかく、聖女シスイは他者からの心象を変える力がある」


 「逃げた」


 「逃げてない。で、聖女には今の所、そのことに関して自覚が無いらしい。伝えるつもりも無いようだ」


 「たぶんだけど、このまま聖女を利用するつもりなんでしょ。教会の表の顔として」


 「だろうね。【固有錬成】とは言え、人の上に立つ者として、これ以上ない才能スキルだよ」


 「あ、ということは、だよ。ズキズキが聖女にメロメロだったのもあの子の【固有錬成】にかかったからか」


 「いやいや、ズッキーは聖女に限らず、女なら誰にでも尻尾を振るよ」


 などと、二人は会話をしながら調査を続ける。


 そして今度はサースヴァティーがあるものを見つけた。


 「ああ、あったあった。今回の調査のメイン」


 少女は目を細めて、資料に目を通す。まるで愚か者の行為が記されていると言わんばかりに、侮蔑の念を抱きながら呟いた。


 「呪具の特殊能力浄化実験」

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