第359話 罪と罰

 「今回の件、どう落とし前をつけるつもりだ、アデルモウス」


 「......。」


 翌日、アデルモウスはシスイを連れて中央都市に戻ってきていた。特に外傷の無いシスイは部屋で安静しているよう命じられ、アデルモウスは司教に呼ばれて私室に来ていた。


 シスイは当時の出来事が相当衝撃的だったらしく、教会に着くまで糸が切れた人形のように、静かに眠っていた。


 アデルモウスは無表情に語る。


 「先程もお伝えした通り、トーガ村へ向かっている道中で、子供たちを乗せた馬車は襲われました」


 その言葉に、蟀谷に青筋を立てた司教が机に拳を叩きつけた。


 「そうではない! なぜ私を通さずに上層部に報告したと聞いている!!」


 そう、アデルモウスは孤児たちの虐殺の一件後、司教を通さずに教会上層部に被害報告を上げていた。そのことに司教は激怒しているのである。


 「内部調査は免れん! 横領がバレれば貴様もただでは済まされないぞ?!」


 「ええ、仰る通りです」


 今回の件、司教がそれなりに実力のある護衛を雇っていれば、大きな問題にはならなかった。被害をゼロにすることはできずとも、レッドウルフを撃退することはできたはずだ。


 故にアデルモウスは腹いせと言わんばかりに、司教を通さずに上層部に報告した。


 「貴様のせいで私の財が消えるのだぞ!!」


 貴様の財ではない。無論、領主のものでもない。街の者たちのものだ。


 そんな思いを胸中に抱くアデルモウスを他所に、司教は悪態を吐いた。


 「ちッ。こんなことならあの証人である娘も死んでくれた方がまだマシだったな」


 「......。」


 アデルモウスは背に回していた手を固く握り締めていた。それは肉に爪が食い込むほど強く、血が滴る程だ。


 とてもじゃないが、同じ教えを受けた者とは思えない司教の体たらくに、アデルモウスは呆れを通り越して殺意すら抱いていた。


 (この男......殺すか。............いや、どうせ処分は免れない。降格するのも時間の問題だ。その後、罪を償わせる方がいいか)


 そう、密かに思うアデルモウスであったが、司教からの不意の質問に、思わず聞き返す。


 「だから、生き残ったのはどの子だ、と聞いている」


 「シスイですが......」


 「む? あの一際信仰心の篤い娘か」


 アデルモウスは司教の言葉に驚いた。


 まるで孤児に興味が無かった男が、シスイのことを覚えていたとは思ってもいなかったからだ。


 しかし司教から続けられる言葉に、アデルモウスは耳を疑った。


 「あの娘を見ていると、なぜか愛でたくなってしまってな。孤児性愛など持ち合わせていない私が、あんな小娘に劣情を抱くとは思わなかった」


 「......は?」


 「いつだったか、私が一人前の女にしてやろうと寝室に招いた時があったが、あの小娘、泣きながら抵抗するものだから腹立たしかった」


 アデルモウスは、眼前の男が何を言っているのか理解できなかった。


 それでも何も知らない自分は、続きを知らなければならないと思い、力なく促す。


 「そ、それで?」


 「ああ、あまりに騒がしく暴れるものだから、殴って追い出してやったわ。全く、誰が今まで育ててやったと思っているのか......」


 それを聞いて、アデルモウスは心のどこかで、自身が安堵していることに自覚する。


 良かった、あの子はこんな最低な男に汚されていない、と。


 しかし同時に思い出す。


 いつだったか、シスイの片頬が青く腫れていた日があったことを。


 当時、アデルモウスがシスイに問い質すと、シスイは苦笑しながら、シリルと喧嘩しました、と言っていたことを。


 なぜ自分は子供のよくある喧嘩と済ませてしまったのか、ということを。


 「しかし不思議なものだ。色気など微塵も無いのに、無性にあの小娘が欲しくなる。まぁ、司教であるこの私に従わないから、この街から追い出された訳だが――」


 「黙れ」


 途端、アデルモウスの口から底冷えするような声が漏れる。普段の穏やかな口調が嘘のように、アデルモウスの声音は幾分も低かった。


 そんなアデルモウスの言葉に、司教は目を点にして視線を向けた。


 「今なんと?」


 「黙れと言った。糞虫が」


 「は?」


 言葉の意味を理解した司教が、再び蟀谷に青筋を立てて椅子から立ち上がり、アデルモウスに怒声を浴びせようとした――その時だ。


 「へ?」


 ズルリ。司教は自分の顔から何かが垂れていることに気づいた。それは自身の頬を伝い、机を赤黒く染め上げる――血だ。


 視界の半分が黒一色、そう感じた時である。


 「っ?!」


 司教は次の瞬間、絶叫した。


 「ああぁぁぁあああああ!!」


 司教の右目は無かった。


 正確には抉られてた、という表現が正しい。激痛に司教は床に転がって悶えていた。


 そう、司教の右目を奪ったのはアデルモウスである。


 アデルモウスの左手には、司教の血塗られた眼球があった。


 「ご存知の通り、ギワナ教の教えに、“悔い改めぬ罪人には罰を与えなさい”とあります」


 突然、何を言い出すかのと思えば、アデルモウスはどこまでも落ち着いた様子で、その眼球を眺めながら語り続けた。


 「そしてその罰の中にも、罪人のための救いがあります」


 アデルモウスは眼球を机にそっと置いてから、床の上で転げ回る司教を見下ろしながら言う。


 「“まずは右目を奪い、半分の光を奪いなさい。そしてもう半分の光が罪を見るまで痛みを与えなさい”......と」


 アデルモウスは司教の片足を踏み抜いた。肉が潰れ、骨が砕ける不快な音がこの部屋に響き渡る。


 「んぎぃいいいあああぁぁあ!!」


 「さて、死まで道のりは長いですよ。頑張りましょう」


 そう、アデルモウスは冷めた笑みを浮かべながら、司教に罰を与えるのであった。

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