第357話 思わぬご退場

 「困るなぁ。ズッキーはワタシたちのものなんだけど」


 「そうだよ! ズキズキをバラすのは私だから!」


 頭がイカれた連中がやってきた。ミーシャさんとサースヴァティーさんである。


 現在、僕はクーリトース大聖堂から少し離れた丘の上で、アデルモウスと戦っていたのだが、僕にとって肉弾戦が思った以上に不利で、敗色濃厚な状況になっていた。


 が、やべぇ連中が来たので、戦況がわからなくなってきた。


 「おやおや、新手ですか。仲間を助けに来るとは、そちらの組織は随分と人情深い」


 「ふふ。少し前に二人も殉職しちゃったからね。人材は惜しい」


 「それにうちは新人に手厚いんだ」


 「ほほう。やはり<口数ノイズ>は闇組織の者でしたか」


 違います。


 『【紅焔魔法:螺旋火槍】!』


 「ちッ」


 僕を地面に組み伏せていたアデルモウスが、妹者さんの魔法を避けるために僕から離れた。そのタイミングでミーシャさんたちが僕の下にやってくる。


 彼女は静かな声で言った。


 「退くよ」


 「はい?」


 思わず僕は聞き返してしまった。彼女はアデルモウスを注視しながら続ける。


 「枢機卿と戦ってわかったろう? ここは退くべきだ」


 「で、でも二人の力があれば――」


 「事が大きくなれば、他の連中もやってくる。以前、ズッキー二号を殺したガープンとかね」


 たしかにそうかもしれないけど、魔族姉妹によれば、サースヴァティーさんは僕よりも強い龍種だ。彼女が居れば戦況がこちらに傾くかもしれない。


 そう、僕が思った瞬間だ。


 突如、僕を含めて、三人の足下が多彩色からなる魔法陣の展開によって輝き出す。


 これは――【転移魔法】の陣だ。


 魔法陣は僕ら三人だけを対象にして、シスイさんを含めていない。


 「ちょ!」


 「ッ!! 逃がすか!!」


 アデルモウスが先程までの穏やかな口調を捨て去り、瞬時にこちらへ駆け寄る。


 きっとここら一帯は<絶魔の石>の効果で魔法の発動がままならなかったはずだ。それでも強引に魔法陣を展開したミーシャさんに、奴は焦りを覚えたのだろう。


 そんなアデルモウスは再び僕に掴みかかろうとするが、僕らの間に割り込んできたサースヴァティーさんによって阻まれる。


 「お触り禁止だよ!」


 サースヴァティーさんが左手を横薙ぎに振るう。


 彼女の左腕は、少女の華奢な細腕のそれであったはずなのに、振るわれると同時に、龍鱗を纏う巨大な龍の腕へと変わり、突っ込んできたアデルモウスを弾いた。


 「っ?!」


 「じゃあね〜」


 「ま、待ってください! まだシスイさんが――」


 僕がそう言いかけた瞬間、視界が暗転して景色が変わった。



******



 「なぜシスイさんをあの場に残したんですか!!」


 転移後、僕はミーシャさんの胸倉を掴んで、問い質した。


 ここは彼女たちが仮の拠点として扱っている場所だろうか。どこかの宿の一室である。窓から覗ける外の景色はカーテンによって遮られていて、室内の灯りだけが辺りを照らしている。


 特にこれといった物が置かれていない質素な空間だ。近くのテーブルには、二つのティーカップが置かれており、中にはコーヒーと思しき黒い液体が入っていた。どちらも飲みかけである。


 そしてここは、おそらくまだギワナ聖国だ。


 「落ち着いてくれ。状況が予想していた事態より少し厄介なんだ。迂闊に聖女を連れ込めないよ」


 「それはどういう......」


 「まず言っておくけど、彼女は安全だ。というより、おそらく連中は聖女シスイに手出しすることができない」


 「はい?」


 僕がそう言いかけると、ミーシャさんは僕の手を振り解いて、近くにあるベッドに座った。


 「ギワナ教には裏の顔がある。さっきズッキーが戦っていたアデルモウス枢機卿のようにね」


 「そうですね」


 「が、実は極一部の教会の人間は、自分たちの教えの裏で暗躍している事実を知らない」


 「その極一部の人が聖女なんですよね」


 「そう。調査の結果、アバロウ教皇も該当する」


 「でも先程、シスイさんは教会の闇を知りました。知られたらマズいから、彼女の命が危険なんじゃないですか」


 「一般の聖職者ならそうだろう。が、彼女は違う」


 「?」


 「彼女は教会の表の顔として、絶対的な地位に居るからだ」


 「“聖女”......だからでしょう?」


 「いや、彼女の【固有錬成】が関わってくる」


 「な?!」


 『ふぁ?!』


 『ほう......』 


 ミーシャさんの言葉に、僕らは素っ頓狂な声を上げてしまった。


 マジか。シスイさん、【固有錬成】持ちだったのか。そんなこと聞かされてないぞ。


 いや、教えてくれなかったのか? 僕が護衛しているからって、秘密にしていてもおかしくない。【固有錬成】とは、おいそれと人に教えて良いものではないからだ。


 そんなことを考えていると、込み入った話になるからか、サースヴァティーさんが茶を淹れながら僕に聞いてきた。


 「ミーシャはコーヒーでいいよね。ズッキーはコーヒー飲める?」


 「ああ、おかまいなく。僕はそこのテーブルの上にある飲みかけのコーヒーをいただきますから」


 「おかまうよ。さらっと気色の悪いこと言わないでくれ」


 「ミーシャさんの飲みかけはこっちですかね」


 僕がテーブルの上にある二つのティーカップのうち、一つを手に取ると、ミーシャさんからその手にチョップを受けてしまった。


 どうやら二分の一の確率で彼女の飲みかけを当ててしまったらしい。


 僕はサースヴァティーさんから、淹れたばかりで良い香りのするコーヒーを受け取った。彼女に一言礼を告げてから、一口飲んで、僕は吹き出す。その際、思わず左手にかけてしまった。


 「ぶふー!!」


 『あっつ!!』


 「あ、やっぱり吹いた」


 「もっと砂糖を入れるべきだったかな?」


 逆だ。なんだこのコーヒー、甘いなんてもんじゃない。蜂蜜に砂糖を突っ込んで煮詰めたような甘さだぞ。


 なんの嫌がらせかと思ったが、サースヴァティーさんは僕のことを、まるでわかっていない奴だ、という目で見ながら言う。


 「いいかい? コーヒーは甘ければ甘いほど美味しいんだよ」


 どっかの王国騎士団第一部隊副隊長さんが言いそうなセリフだ。


 サースヴァティーさんはおそらく僕と同じような甘さのコーヒーを優雅に啜り、ほっと息を吐いた。こいつ、頭だけじゃなくて、味覚もイカれてんのか。


 思わずミーシャさんを見やると、彼女は「ワタシのはブラックだよ」と苦笑しながら言ってきた。


 ミーシャさんが先程の話の続きを語る。


 「聖女シスイの【固有錬成】は他者から無償の好感が得られるものだ。愛情ともいうね」


 な、なんだ、そのスキル。


 【固有錬成】というと、どうしても戦闘にどう役立つかと考えてしまう僕は、聖女さんのスキルの凄さがいまいちわからなかった。


 ミーシャさんがティーカップを片手に続きを語る。


 「これはおそらく本人は気づいていない。それに彼女だけじゃないな。知っている者はほんの僅かだ。そしてそれ以外の者が、彼女の【固有錬成】に気づかず、慈愛に満ちた眼差しを向ける」

 

 「そ、そもそもそれは本当にスキルなんですか? シスイさんの人望という線も――」


 「無いね。アデルモウスの過去の調査結果から判明している」


 「調査結果?」


 僕がそう聞き返すと、ミーシャさんは首肯した。


 「どうやら連中、過去にシスイをモンスターに食わせようとしたらしい」

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