第356話 これだから頑固者は・・・
「アデルモウスさんッ!」
僕とアデルモウスさんの間に割って入るように、声を上げたのは聖女さんだ。
夕日が辺りをオレンジ色に染め上げる中、シスイさんが女神像の前で、悲痛な思いに顔を歪めている様を目にする。
......僕らの会話、聞こえていたのかな。
「シスイ、あなたはこの男からどこまで話を聞きましたか?」
しかしアデルモウスさんはそんな聖女さんを他所に、言及する。先程までの僕に使っていた冷たい口調からやや優しくして。
「......大聖堂の地下で行われている悪事について伺いました」
「左様ですか」
アデルモウスさんは人差し指を立てて言う。
「一つ、確認させてください。なぜ“悪事”と決めつけるのでしょうか?」
「っ?! そ、それは......」
その言葉にシスイさんは酷く驚いていたが、アデルモウスさんは続けた。
「その様子だと、魔法の根絶化計画をご存知でしょう。お察しの通り、この<絶魔の石>の存在が核となる計画です」
「な、なぜそのようなことを......」
アデルモウスさんは理解できていない僕らに向けて、まるで子供に言い聞かせるように答えた。
「なぜって、平和のためですよ」
「へい、わ?」
「ええ」
呆然と立ち尽くす彼女の下に、アデルモウスさんはゆっくりと歩を進めた。
「実はこの国、自衛の手段が他国と比べて大して整っていません。大国であるにも関わらず、です」
「そ、それは我が国は争いを拒み、平和を愛するための証明として――」
「全くと言っていいほど理解していませんね。理不尽さも、人間の醜さも......全て」
「っ?!」
アデルモウスさんは一歩ずつ、シスイさんを追い詰めるように進む。
「例えば、戦争。平和のため、武力を持たないと言い張り、国が滅ぶとしましょう。それで民は納得しますか?」
「そ、それは......」
「それは戦争のみにあらず。時に絶対的な支配者、龍種や魔王といった存在など我々を脅かす者は多い」
やがてシスイさんの前に立った彼は、彼女の肩に優しく手を乗せて言った。
「我々には民を守る責任があります。そしてそれを可能にする力も必要です。ギワナ教を守っていくために、手段を選んでいる余裕などありませんよ」
彼の声音は優しく、それでいて温かい。
連中にとって女神の片足がどれくらい価値があるか知らないけど、信仰対象である女神の一部を利用してでも成し遂げたい目的があるのだろう。
でも、
「それは闇の組織と手を組んでまですることですか」
僕はシスイさんの肩に乗っているアデルモウスさんの手を取った。
接近してきた僕に気づかなかったのか、アデルモウスさんは底冷えするような闇を宿した目で僕を見下ろす。
「......。」
「な、ナエドコさん?!」
「直接関係しているかわかりませんけど、帝国の裏で暗躍してた<
帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロン。彼女の母親は<
そんな連中に<絶魔の石>を流してたんだ。とてもじゃないが、見過ごせない。
僕がアデルモウスさんの腕を握る力を徐々に強めていくと、奴は気にした様子もなく淡々と答える。
「平和に犠牲はつきものですよ」
「......ああ、そうかよ」
【固有錬成:力点昇華】。その力を瞬時に引き出した僕は、もう片方の手で拳を作り、アデルモウスの腹部に目掛けて打ち込む。
「きゃ!!」
アデルモウスはそのまま後方へ吹っ飛んだ。伐採されていない木々の方まで飛んでいき、巨木に背を打ち付けられた男の様を目にする。
手応えは......あまりなかった。
突如、勃発した争い事に、シスイさんが悲痛な声で叫ぶ。
「な、ナエドコさん! お止めください!! このような暴力で――」
「シスイさん、僕だってこんなことしたくありませんよ。でも、帝国で世話になった人が居るんです。......黙っていられない」
それに、と続けてから、僕は左手を見つめた。
『苗床さん』
「わかってる」
どういう訳か、姉者さんの【固有錬成】が女神の片足とやらに宿っている。それを悪用して、魔法そのものを根絶させるなんて見過ごせない。
と、そこで僕がアデルモウスを吹っ飛ばした方向から声が聞こえてきた。
「まったく......。若者は先を見据えずに走るから苦手ですよ」
土埃の中から、アデルモウスが衣服に着いた汚れを叩きながら、こちらへゆっくりと近づいてきた。
【力点昇華】込みの拳じゃあノーダメか。
すると奴の懐が暗い紫色の輝きを放ち始めている様を目にする。あの光......<絶魔の石>の力か!
『ちッ。やっぱ魔力を吸収してやがんな!』
『厄介ですね。以前のときより吸収する速度や量が段違いです』
マジか。じゃあ、早いとこ決着をつけないと――そう思った時だ。
「それでは一つ、お手合わせ願いましょうか」
「『『っ?!』』」
いつの間にか、僕の眼の前に立っていたアデルモウスが、なんとなしでそんなことを言いながら、僕に拳を突きつけてきた。
僕だけじゃなく、魔族姉妹も警戒していた。それなのに、こうも間合いを取られて、先手を許してしまった。
僕は慌てて両手をクロスして、相手の拳の突きを防ごうとしたが、その手を取られ、引き寄せられながら腹部に蹴りを食らい、前のめりになったところで、顎に強烈な拳の突き上げを食らった。
「ふむ。このまま何発でも打ち込めそうですね。武の心得は無いのでしょうか」
「っ?! らぁぁああ!!!」
僕は拳を作り、繰り出す。
しかし軽く受け流された。
次は上段蹴り。が、それも受け流される。攻撃を続けるも、受け流されることの繰り返しだ。【力点昇華】込みの打撃でも同じ結果だ。相手の呼吸の乱れも無い。こちらの体力が消耗していく一方である。
な、なんだこれ。
「がは!」
そして僕は喉に鋭い突きを食らい、ただでさえ乱れていた呼吸がままならなくなる。その隙に視界の端から蹴りを食らって地面へと叩き落されるように倒された。
『鈴木ッ!』
『ちッ。武術を使えるかどうかで、ここまで違ってきますか』
『くそ! こうなったら火力は落ちるが、魔法を叩き込んでやるぜ!!』
『消耗が激しいですが、仕方ありませんね!!』
魔族姉妹がそれぞれ【紅焔魔法:螺旋火槍】と【凍結魔法:氷牙】でアデルモウスへと攻撃を仕掛けるが、奴はそんな不意打ちを軽快なステップで避けて、僕から距離を取った。
僕は妹者さんの【祝福調和】で痛む身体を全回復してもらい、息を切らしながら立ち上がる。
「ほう。魔力の減りが加速するとわかって魔法を使いますか」
「はぁはぁ......」
「二人とも、やめてください!!」
と、僕らの間に割って入って来た聖女さんが、その瞳に涙を浮かばせながら叫んだ。
「シスイさん、危ないので下がっ――」
僕がそう言いかけた時だ。
アデルモウスがシスイさんを狙って、どこから取り出したのか、ナイフを投擲した。
戦いの場に身を投じたことの無さそうなシスイさんは、咄嗟に動けるような人じゃない。僕は考える間も無く飛び込んで、シスイさん目掛けて放たれたナイフを、自身の胸で真正面から受けた。
「っ!!」
「あ、ああ、あぁぁあああ! ナエドコさん! 大丈夫ですか?!」
シスイさんが悲鳴を上げながら、僕に駆け寄る。どこも怪我をしていないはずなのに、青ざめた彼女は今にも卒倒しそうだ。
胸に負った傷は、妹者さんのスキルによって瞬く間に完治する。僕の血が付いたナイフは地面に落ちた。
僕はシスイさんを他所に、アデルモウスに問い詰める。その際、自分でも驚くくらい低い声音であることに気づいた。
「おい、あんた。シスイさんが大切じゃないのかよ」
「大切ですよ。その証拠に、ほら」
そう言って、アデルモウスは片手をくいッと持ち上げた。すると、僕の足元に落ちていたナイフが、アデルモウスの下へ戻った。
「柄にワイヤーを着けてます。シスイに刺さる直前で止める気でした」
「『『......。』』」
「それにしても素晴らしい反応でしたね。シスイを大切にしていることがよくわかりました」
こいつマジか......。そんなことを試すためにナイフを投げたのかよ。
アデルモウスは手元に戻したナイフを夕日の明かりに当てて、まじまじと観察した。ナイフから僕の血がポタりと落ちている。
「ふむ。血の色は人間のそれですね」
「は?」
何を言い出すんだ、こいつ。
「<
「『『っ?!』』」
な、なんでそのことを!!
そう僕が思った瞬間だ。アデルモウスの姿がブレたと思ったら、いつの間にか、僕の前に居た。
手を伸ばせば触れられる距離に、僕は飛び下がろうとしたが、奴に首を掴まれてその行為を阻止される。
「ぐッ」
「ナエドコさん!!」
「実は個人的な研究ですが、他者から【固有錬成】を奪えないか、というテーマがありましてね。どうにもあなたの身体の秘密が鍵になる気がします」
僕は【力点昇華】込みの蹴りをアデルモウスの顔面に打ち込もうとしたが、呆気なく躱されて、地面に叩きつけられる。
「がはッ」
「これからあなたを教会の地下に連れて行き、バラバラにして――」
アデルモウスがまるで実験動物を見るような視線を僕に向けながら、無慈悲なことを言いかけた、その時だ。
魔族姉妹がもう僕ごと敵を屠る気で、魔法陣を周囲に展開するが――それはある者の登場によって阻止される。
「困るなぁ。ズッキーはワタシたちのものなんだけど」
「そうだよ! ズキズキをバラすのは私だから!」
その声だけでわかる、頭がイカれた異常者たちがこの場に現れた。
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