第355話 向き合うことと、牙を剥くこと

 「ああ、声を出す際は静かにお願いします」


 「......。」


 などと、透明人間の僕がここに居ることがバレてしまい、僕は内心で<ギュロスの指輪>の力に呆れていた。


 なんかバレる人にはバレる能力だから、透明人間というメリット感が薄れてきてるようで仕方がない。


 僕は溜息を吐いてから応じた。


 アデルモウスさんが、会話するなら静かに、と言ったのは、きっと聖女さんの祈願を邪魔しないためだろう。


 「誤解です。僕は彼女の護衛ですよ」


 「はは。開口一番に言い訳ですか、ストーカーさん」


 枢機卿さんはどこか楽しげに笑う。なんかびっくりするくらい敵意を感じないな。


 それこそ、普段、聖女さんと話す感じである。


 「僕は鈴木と言います」


 「......なるほど。あなたが<口数ノイズ>のナエドコですか。死亡したと思いましたが」


 「まぁ、死ににくい体質ということだけは言っておきます」


 「左様ですか。私はアデルモウスと言います」


 「いつから僕の存在に気づいてたんですか?」


 「先程、気配で。シスイとこの場に来てからですね」


 「僕、自分が透明人間ということを忘れてしまいそうなくらい自信が無くなってきました」


 「はは。最初は目を疑いましたよ。シスイの近くに正体不明の透明人間が金魚の糞のように纏わりついていたので」


 言い方。口悪いな、この人。


 「なぜ止めなかったんです?」


 「シスイが楽しそうにしていたので」


 「......。」


 アデルモウスさんの迷いの無い、それでいて嘘には聞こえない言葉に、僕は思わず黙り込んでしまった。


 そんな僕に、アデルモウスさんは続けた。


 「あの子を聖女に推薦したのは枢機卿である私です。聖女になってから彼女はどこか寂しそうにしていましたからね。きっと年が近いあなたと過ごした日々が楽しかったのでしょう」


 僕の声音から察したのか、彼は僕とシスイさんの年が近いと思ったようだ。彼女の方が僕よりも一つ年下だから間違ってないな。


 それにシスイさんも似たようなこと言ってた。本当は黙食を守らないといけないのに、僕と静かに会話しながら食事を楽しんでいたし。


 「僕も楽しかったです、お義父さん」


 「枢機卿です。お義父さんと呼ばないでください、ストーカーさん」


 護衛です。ストーカーと呼ばないでください、お義父さん。


 するとアデルモウスさんは苦笑しつつ呟いた。


 「この国を、民を、思想を支えるために、シスイを聖女にしたはずの私が、今更シスイの幸せを望むとは......業の深い身で何をしているのでしょうね」


 その声はどこか哀しげで、どうしようもないといった物だ。


 ......なんでだろうな、皆、何かを得るために、何かを捨てる考え方ばっかりする。ボロン帝国の皇帝さんもそうだった。


 だからか、僕はつい聞いてしまった。


 「......教会は裏で何を企んでるんですか?」


 「......。」


 その質問に、アデルモウスさんは笑みを絶やさぬまま、少しの間を置いてから答えた。


 「やはり、シスイの護衛とギワナ教の闇は関わっていましたか」


 彼の笑みは先程までの優しさが嘘のように、事務的な温もりの無いものへと変わる。


 「なぜ、地下から女神様の御御足を持ち出したのですか?」


 僕の質問には答えず、もはや殺気にも感じる視線を向けてきたので、僕は冷や汗をかきつつ言葉を選んだ。


 やはりレベッカさんに女神の片足を奪われた後、それは教会の裏の連中に渡ったか。


 無論、聖女さんが天啓を受けたから、などと正直に言うつもりは無い。


 「僕の知り合いの足だったので」


 「......。」


 『嘘じゃねーが、もうちょっと言い方ってもんがあんだろ』


 ですよね、僕も言っててそう思いました。


 が、僕の言葉を冗談と受け取らなかったのか、アデルモウスさんが語り始める。


 「あの御御足はですね、実は生物由来の構造で成り立つ足ではないのです」


 「は?」


 「まだ未知の域にある肉体......と言えばいいのでしょうか」


 「僕が触れた時は、普通の足のように思えましたが......」


 「ええ。たしかに血肉も骨も皮膚も生物のそれです。が、肉体を組織する情報は全くの別物。我々はその御御足から、ある情報を――能力を抽出することができました」


 急に何を言い出すんだ、こいつ。と思った僕だが、アデルモウスさんが懐から取り出した物を目の当たりにして絶句する。


 「これをご存知ですか?」


 それは宝石のように小さいもので、真っ黒な結晶石だ。黒なのに透き通るように神秘的な美しさがあった。無論、ただの原石の類じゃない。


 僕がこれを最初に目にしたのは、ズルムケ王国で、<黒き王冠ブラック・クラウン>の下っ端どもに襲われた時。次に目にしたのは、同じく王国の、僕が借りている安宿で襲撃された時だ。


 あの黒い結晶石の力は今でも覚えている。


 アレは――。


 「対象から魔力を吸収する石......ですか」


 「はは。<絶魔の石>と言います。そう言えば、<黒き王冠ブラック・クラウン>を壊滅させたのはあなたでしたね。知っていてもおかしくありませんか」


 『おい、鈴木! こいつ、殺すぞ!! 黒い石の力を使われる前にな!!』


 僕は妹者さんの焦燥に満ちた声に動じず、見せられた黒い結晶席について一つの疑問が浮かんだ。


 そしてそれは姉者さんも同じらしい。


 『苗床さん』


 「その結晶石は、女神クラトの片足から何らかの方法で、“魔力を吸収する”能力を抽出した代物ですか」


 『な?!』


 仮に女神クラトが姉者さんだとしたら、必然と女神クラトの片足は姉者さんの片足となる。


 どういうわけか、連中はそんな姉者さんの片足から、周りから強制的に魔力を吸収できるという能力を抽出した。


 そしてその能力は......姉者さんの【固有錬成:鉄鎖生成】と似ている。


 相手に鉄鎖を接触させて魔力を吸収するか、結晶石の力の及ぶ範囲内で他者から魔力を吸収するか。


 またその能力の抽出は決して不可能じゃない。


 なんせそれを証明しているのが――僕の身体だから。


 僕はトノサマゴブリンを始め、今まで倒してきた核持ちの敵から【固有錬成】を使っている。


 でもそれは【固有錬成】が核に宿るという根本的な仕組みがあるからだ。だから女神の片足なんて核の無い代物からどうやって......。


 僕のそんな疑問を他所に、アデルモウスさんは今まで辛うじて穏やかだった雰囲気を消し去って口を開く。


 「女神様の御御足と<絶魔の石>を話題にしただけで、答えに辿り着くとは......末恐ろしいな」


 アデルモウスさんは僕に向き直る。もう透明人間である僕がはっきりと見えているようだ。口調も温和さも捨て去った冷徹さを感じるものへと変わった。


 そしてそれは気のせいではなく、この場に剣呑な空気が漂い始める。


 「貴様、所属している組織はどこだ」


 「......どこにも所属してませんよ。巻き込まれ体質なだけです」


 そう言って、僕は<ギュロスの指輪>を解除し、姿を晒すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る