第354話 バレバレな透明人間

 「大聖堂に戻ってこれたけど、シスイさんはどこに居るんだろ」


 『今の時間なら、ガキどもと聖歌でも歌ってんじゃねーの』


 「なら僕も一緒に歌おうかな」


 『今のあなたは透明人間なんですから、歌い声が聞こえてきたら軽くホラーですよ』


 現在、昼下がりの時間帯にクーリトース大聖堂に戻ってきた僕は、護衛対象である聖女さんの下へ向かおうとした。


 本当は彼女と別れてからその日の夜までに戻ってくる予定だったのだが、三日も経ってしまった。


 ちなみにギワナ聖国の港付近まで船ごと運んでくれたシバさんとは別れた。なんでも、この国にやってきた目的は果たせたみたいだし、せっかくだから数日間は観光がてら滞在しようと決めたみたい。


 僕は聖女さんに何かあったらどうしようと思いつつ、焦燥感を抱きながら、大聖堂の中庭へと向かう。


 そこには聖女さんの姿があった。が、子どもたちは居ない。彼女一人でベンチに腰掛けているのである。


 そんな聖女さんは、どこか暗い表情であった。


 僕は彼女の下へ向かい、声を掛ける。


 「シスイさん」


 「っ?!」


 僕の声に驚いた彼女は、辺りをキョロキョロと見渡しながら、冷静さを取り戻しつつ応じる。


 「な、ナエドコさんですか?」


 「はい。遅れてごめんなさい。この三日間、何もありませんでしたか?」


 「は、はい。特には」


 良かった。怪我とかして無さそうだし、体調も問題無さそうだ。でもどこか浮かない顔をしている気がする。


 すると彼女は僕の声が聞こえてくる方へ振り向いて言った。


 「あの、ナエドコさんはご無事ですか?」


 「僕の方は何も問題ありませんよ。一人、ツンデレ系ロリが身内として改めて増えたくらいです」


 『なぁ。それってオレのことか? ご主人』


 『お前しかいねーだろ』


 という、僕にしか聞こえない人外二人の声はさておき、


 「何かありましたよね?」


 僕は彼女に言及した。


 些細なことでも良い。本当に何も無いのであれば、僕の杞憂で終わる。が、もし本当に、シスイさんだけで抱えようとしていることがあって、それが今後、彼女の身に何かあることに繋がるならば......後悔だけはしたくない。


 僕は聖女さんの隣の席に座った。


 見れば、聖女さんの手が微かに震えていることに気づく。顔色も白を通り越して、少しだけ青さを感じる。


 僕はそんな彼女をひと目見て、無事そうで良かったと思ってしまったが、それが上っ面だけで恥ずべき認識だと自省の念に駆られた。


 僕は彼女の震える手に、自身の手をそっと重ねた。


 「何があったか、話してくれませんか?」


 「ナエドコさん......」


 『苗床さんが接近し、隣に座ってきて、急に手を繋いできたら、誰だって蕁麻疹が起きます』


 『一理あんな』


 ねぇーよ。


 聖女さんは唇をキュッと結んだが、次第にそれを緩めていき、力なく吐露する。


 彼女の手は自然と震えが止まっていた。


 「じ、実は――」


 そうして彼女の口から聞かされる言葉に、僕らは熟考した。


 そうか。そうなると、レベッカさんが話した内容と辻褄が合うな。


 レベッカさんは赤子だったシスイさんを、女神クラトを崇め奉るギワナ教へ預けた。当時は小さな教会に預けたらしく、シスイさんの身を預かった人はアデルモウスさんという方みたい。


 そのアデルモウスさんがこの大聖堂へ異動してきて、枢機卿となり、一緒にやって来たシスイさんは聖女の称号を与えられ、人々に広く知られることになった。


 そこまでは良いのだが、問題はアデルモウス枢機卿だ。なんか僕が居ない間、聖女さんに接触してきた教会の裏の連中が居たらしい。そんな連中の名前を知っていたのが、アデルモウスさんという訳だ。


 今まで慕ってきた人が、まさか悪事を働く連中と関わりがあったなんて、と思った聖女さんはショックを受けたらしく、浮かない顔をしていた模様。


 「そんなことが......」


 「私は......どうしたらいいのでしょうか」


 「う、うーん。僕はシスイさんがしたいことを支えたいと思うので何とも......」


 『んなの、教会の裏の連中も、枢機卿も、まとめてぶっ倒す一択だろ』


 『いえ、ここは全てのしがらみを捨て、どこか遠くへ逃げて、二人で末永く小ぢんまりと暮らす一択です。枢機卿と』


 『枢機卿と、かよ』


 妹者さんは攻撃的だし、姉者さんは自分の肉体のことが関わってるくせに、ドラマチックな話をしてくる。もうちょっと真面目に考えてよ。


 じゃないと、僕が聖女さんを連れて、どこか長閑な田舎に住み着いて、生涯を共にする選択しかなくなるぞ。


 「では僕とどこか遠くの国へ逃げて、結婚して、平和な人生を送りませんか? 子供はラグビーができるくらい欲しいです」


 やべ、思っていたことがつい口から出てしまった。


 「あの、真面目に考えてください......」


 『真面目に考えろや』


 『私の身体のこと考えてます?』


 ご、ごめんなさい......。てか魔族姉妹には言われたくないな。


 結局、ミーシャさんたちとは合流できなかったし、どうしたものかと考えさせられるばかりである。


 しかしそれでも時間は無慈悲にも過ぎていく。今後の方針を定められず、僕らはただ今日という日を過ごすことにした。


 聖女さんは夕暮れ時に、大聖堂から少し離れた丘の上に行き、そこにある女神クラトの石像の清掃と祈願をする。僕はその付添だ。


 で、その丘の上にやってきたんだけど、既にそこには一人の男が居た。


 後ろ姿からして、格好は首から足首まである長い真っ黒な外衣を纏っている。襟にはお偉いさんを思わせる記章のような物が見受けられた。ひと目見て教会の者だとわかる身形である。


 そんな人を目にして、シスイさんが力なく名前を呼んだ。


 「アデルモウスさん......」


 この人が......。


 アデルモウス枢機卿はこちらへ振り返ることなく、眼前の女神像を見つめながら応じた。


 「清掃は終わってます。あなたはお祈りを」


 その声は初老を思わせる声で、男の白髪を見れば年相応の人だとわかった。そしてその声はどこまでも優しく聞こえる。


 「......はい」


 静かに答えたシスイさんが、枢機卿さんの下へと向かう。


 それと入れ替わるように、彼は振り返って僕の方へと近づいてきた。


 今の僕は透明人間だから、物音立てずに、接触さえしなければバレないだろう。


 彼は何の偶然か、僕の真横に並ぶようにして立ち止まり、僕と一緒に聖女さんを見ていた――その時だ。


 「いやはや。まさかシスイに姿を消してまで付き纏う者が居るとは」


 「『『......。』』」


 バレバレな僕であった。


 あの、異世界じゃ透明人間になってもあまり得しないんですかね......。

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