第十一章 伝えなくていいのですか?

第352話 風に導かれた少年

 「楽しい宴はここまでにして、急いで大聖堂に戻らないといけないんだよね、僕」


 『ほんと、なに呑気に宴やってたんだろーな』


 現在、僕は夜の大海原の上に居た。半壊した船の上に居るんだけど、帆船たらしめる帆がぶっ壊れてるから船を進めることができない。


 最悪、僕だけ【烈火魔法:爆炎風】とか【固有錬成:縮地失跡】でギワナ聖国に戻ることはできるが、船には多くの人が乗っている。まぁ、全員賊共なんだけどね。


 放っておいても心は痛まないんだけど、連中があまりにも弱すぎて、一般人のように思えてきたので、このまま放置すると見殺しした感が出て居た堪れない。


 「この船って沈む?」


 『嵐でも来ない限りな。放置して沈むってほど壊れているわけじゃねーし』


 こういうときに、シバさんみたいに風を自在に操れたらなって思う。


 僕がそんなことを考えていると、どこからとなく、ひゅーという一際強い夜風が僕の肌を撫でた。


 「うっ。夜は冷えるな」


 「毛布あるけど、居る?」


 「ああ、ありがとう」


 僕は差し出された毛布を羽織った。


 そして目を瞬かせた。


 なんせ眼の前には、久しぶりに見る顔があったのだから。


 灰色のショートヘアが特徴的な美少女。やや幼く見える容姿は、僕よりも少し若いというくらいだ。船の灯りに照らされながら、エメラルド色に輝く瞳で、僕をじっと見上げている。


 整った顔立ちは美少女に見えて、実は美少年なのである。


 そう、美少年なのである。


 僕の本能が、眼の前の人物は「女じゃないぞ、玉あるぞ」と訴えいているのだ。


 僕は目を擦った。


 「あれ、疲れているのかな。人生初キスの人が眼の前に居るんですけど」


 「ん。アレは初キスじゃなくて、魔力供給」


 「シバさん?!」


 僕は素っ頓狂な声を上げて、思わず尻もちをついてしまった。


 な、なんでシバさんがここに?!


 『おおおお?! なんで居んの?! 怖ッ!』


 『び、びっくりしました......。もう敵は居ないと思って、【探知魔法】切ってましたよ......』


 魔族姉妹も驚いているし。


 「「ま、マスター、この女は誰ですか?!」」


 「私は男」


 『なんだなんだ?! 男と言い張るガキが現れたぞ?!』


 「言い張ってない。事実。あとガキじゃない」


 インヨ、ヨウイが警戒して、ボクシングみたいな構えを取っている。仮面の中に居るドラちゃんは動揺しっぱなしだ。


 僕は少し落ち着きを取り戻してから、眼前の少女に聞いた。


 じゃなくて、少年。


 「シバさん......ですよね?」


 <四法騎士フォーナイツ>の一人、<暴風の化身>の異名を持つシバさん、その人である。


 彼は日が出ていなければ、自在に風を操ることができる【固有錬成】を持っている。おそらくそれで飛行して、ここまでやって来たのだろう。


 そんな彼は帝国の中じゃトップの地位に居る騎士なのだが、今は外套を羽織っていて、垣間見える服装は平民のそれだった。


 シバさんは相も変わらず、無表情を顔に貼り付けるようにして頷いた。


 あ、いや、ちょっと頬が緩んでる感じがする。気のせいかな?


 「ん。ナエドコに会いに来た」


 「え、僕に?」


 「死んだって聞いたから。でもちゃんと生きてた」


 「っ?!」


 その言葉に、僕らは全員驚いてしまった。


 ど、どういうことだ? 僕が......鈴木二号が死んだ日からそこまで時間は経ってないぞ。その情報を掴んで彼はやってきたということ?


 僕の疑問を察したのか、彼は平たい胸を張って答えた。


 鼻をすぴすぴ鳴らしているのが妙に可愛らしい。


 「ふふん。帝国の諜報員は優秀」


 「諜報員? でも情報が出回るの早すぎません?」


 「特殊な魔法具を使っている。さすがに友人でも教えられない。友人でも」


 「は、はぁ」


 そんな魔法具があるのか。


 この世界は技術的に現代の地球より文明が遅れているって思ったけど、魔法があると前居た世界の常識とか当てにならないな。それもそうか。中世ヨーロッパ風の世界観が広がっているからって、文明レベルが同じとは限らないし。


 「というか、友人?」


 思わず、聞き返してしまった僕である。


 以前、帝国軍に喧嘩を売った際の出来事だ。僕はシバさんと死闘を繰り広げた。当時、彼には色々と失礼な言動を取ってしまったため、以前のように仲良くできるとは思っていなかった。


 実際、戦争を未然に防いでから数日間、帝国城でお世話になってた僕は、シバさんと話さなかったし。


 僕の聞き返した言葉を聞いて、シバさんがシュンとして、どこか落ち込んだ表情を見せる。


 「......違う?」


 「い、いえ、そんなことは決して。むしろ友人と思ってくれて光栄です」


 「そう」


 シバさんが一瞬で明るい表情を見せる。別に笑顔というわけじゃない。雰囲気だ。口角とか特に上がってないのに、雰囲気で喜んでいると感じ取れた。


 無表情に見えて、意外とわかりやすい人だな、この人。


 「「マスター」」


 『ご主人』


 と、シバさんとは初対面のロリっ子どもが未だに警戒したままなので、僕は彼を紹介することにした。


 「え、えっと紹介するよ。この人はボロン帝国の騎士で、<四法騎士フォーナイツ>という偉い――」


 「ナエドコの友人、シバ」


 ああもう、じゃあそれでいいよ。武具に地位や肩書を説明してもしょうがないしね。


 僕はシバさんに、ロリっ子どもを紹介することにした。


 「シバさん、彼女たちは僕が契約した武具で――」


 「「未来の妻です」」


 『ご主人は渡さねーから』


 お前らもなんなん。大人しく紹介されてよ。


 ちなみにインヨとヨウイは少女姿だが、ドラちゃんは仮面の中に居る。


 シバさんはそんな武具の彼女らを見て言った。


 「もしかして全て<三想古代武具>?」


 「はい。見ての通り、“有魂ソール”持ちです」


 「へぇ。その仮面はずっと着けたまま? 取らないの?」


 「死ぬまで取れない条件なんですよ」


 『へへ。死ぬまで一緒ってことだ。羨ましーだろ』


 「すごく迷惑な仮面だね」


 『んだとごらぁ!!』


 な、仲良くやってよ......。


 僕はこほんと咳払いをしてから、まだ疑問に思っていることをシバさんに聞くことにした。


 「それで? シバさんはどうやってここに?」


 「ん。風が教えてくれた」


 出た。ミステリアスな発言。それが許されるのは、整った顔立ちの者のみである。平たい顔の黄色人種が言ったら鳥肌もんだ。


 シバさんは続けて語る。


 「少し前、この辺で戦闘があった気配がした。来てみたら、船の灯りが見えた」


 『火の<大魔将>との戦いか』


 「あ、ああ。それは僕が<大魔将>と戦ったからでしょう」


 「え゛」


 僕の返答に、シバさんが珍しくも間の抜けた声を漏らした。


 「<大魔将>って......あの?」


 「あ、知ってます? おそらくシバさんの想像通りですよ」


 「......よく倒せたね。トノサマリバイアサンは仕留め損ねたのに」


 「あ、あはは」


 あれ?


 「トノサマリバイアサン?」


 「ん。ナエドコがギワナ聖国に向かう途中で襲われたと港町で聞いた」


 ああ、それで知ったのか。


 が、続く彼の言葉は衝撃的だった。


 「安心して。私が狩っておいた」


 「『『っ?!』』」


 「友人の尻拭い」


 「お、お怪我をされてたり......」


 「首を切り飛ばして終わった」


 うおう、マジか。てか、友人の尻拭いでSランク指定のモンスターと戦う? 普通。


 でもシバさん、嘘吐くような人じゃないし、実際に狩ったんだろうな......。マジでこの人強すぎて怖いよ......。


 「それで、ナエドコはなんで船に? ビーチック国に戻るの?」


 『おい、鈴木、バカ正直に全部言うなよ』


 『闇組織の人間に関わっていることや、私の足が何に使われているかわからない以上、あまり他の方に知られるのは避けたいです』


 う、うーん。かと言って隠すのもなぁ。


 よし。


 「実は町で美少女が危ない目に合っているところを助けたことがきっかけで、悪い連中に僕も狙われて、戦いに敗れた僕は、縛られてこの船に乗せられた次第です」


 嘘は言ってない。適当だけど。


 シバさんがこれで納得してくれるかわからない。相手の反応を窺っていると、彼はこくりと頷いた。


 「相変わらず変なことに巻き込まれてるね」


 「......。」


 まぁ、うん、そうだけど、その納得のされ方はちょっと......。


 それから僕はシバさんに頼んで風を操ってもらい、この船をギワナ聖国まで運んでもらった。さすがに入国はできなかったので、ある程度近づいたら、僕はシバさんと一緒に不法入国するのであった。


 いや、戻ったと言うべきか。不法入国じゃない。うん。

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