閑話 王国騎士団第一部隊副隊長は信じなかった
「副隊長!! 副隊長ぉぉぉおお!!」
時は遡り、鈴木二号の死から半月後のこと。
ここ、ズルムケ王国の中央都市にある騎士団の詰め所にて、日々の業務に勤しんでいたアーレスの下に、直属の部下であるザックが駆けてきた。
アーレスはザックのただならぬ雰囲気に、思わず手を止めてしまう。
ちなみに本日のアーレスは相も変わらず、全身甲冑姿である。赤毛の美女は、自身の容姿がどれほどのものか、など自覚も興味も無いため、鎧を着用していた。
当然、色気なんて微塵も無い人柄であることは言うまでもない。愛想などバッサリ切り捨てて、今まで歩んできた人生のどこかに置いてきた女騎士だ。
「どうした?」
「大変です! 死にました! 死んだんですよ、あいつ!!」
「は? 人間、誰だって死ぬときは死ぬぞ」
「ナエドコが死んだんです!!」
そう、鈴木二号の死は、帝国のみならず、王国にまで情報が渡ったのだ。
情報の出所は、ギワナ聖国に潜ませている自国の諜報員から。なにぶん両国の距離はかなりあるため、情報が入ってくることに時間はかかったが、最近仕入れた情報の中では、これが一番注目されるだろう。
なにせ王国と帝国の戦争勃発を防いだのは、ナエドコという冒険者の存在が大きかったからだ。
故に当時の関係者でもあるアーレスにもこの情報を知らせるよう、ザックは伝令を受けて馳せ参じたのである。
それからザックは詳細をアーレスに語った。
「......そうか」
「そ、そうかって。よく落ち着いていられますね......」
ザックはアーレスの素っ気ない返答に、若干の不満を抱いた。ザック自身、鈴木とそこまで関係が深かった訳ではない。
任務として鈴木を護衛したり、プライベートな面で多少付き合いがあったくらいなもので、それほど鈴木の訃報が辛いという程でもなかった。
されど知人は知人。辛くはなくとも、悲しいと思うのが人というものだ。
故にザックは、アーレスの素っ気ない態度に引っかかる。
「副隊長はあいつが死んで悲しくないんですか? 帝国でナエドコと長い間一緒に居たんでしょう?」
「一つ、勘違いしているようだから言おう、ザッコ」
「ザックです」
ザックの問いには答えず、アーレスは踵を返した。
そして部下に背を向けて語る。
「ザコ少年君はそう簡単に死なない。今まで幾度となく隣で戦ってきた私だから熟知していることだ」
「っ?!」
「わかったらさっさと仕事に戻れ。なに、諜報員だって誤った情報を報告してしまうこともある」
「そ、そうですよね! 俺らがナエドコを信じなくてどうするんだって話ですよね! はは! 諜報員には困ったもんですよ!」
「だな」
「はははは!」
「はははははははははははは!!」
*****
「少しの間、ギワナ聖国に行こうと思う。有休使って」
「「「......。」」」
所変わって、アーレスは王国騎士団総隊長の執務室へやってきていた。
この場には部屋の主であるタフティスの他に、ルホスとウズメの姿もあった。
ルホスは【種族魔法】について、何か役立ちそうな情報を持っているであろうタフティスに相談するため。ウズメはそのルホスの付き添いだ。
王国騎士団の詰め所は、もはやルホスにとっては顔パスでどこにでも行き来できる場所となってしまった。それでいいのか、と疑問に思ってしまうのは、ウズメだけではない。
そんな三人の所に、アーレスが飛び込んできた状況だ。
タフティスは面倒くさそうな予感がして仕方がなかった。
総隊長はこめかみをひくつかせながら口を開く。
「ねぇ、冗談は休み休み言ってくれない?」
「その休みが欲しい」
「駄目だ、こいつ、話が通じないタイプだったの忘れてた」
呆れるタフティスを他所に、ルホスとウズメがアーレスに聞く。
「どうしたんだ、いったい」
「ぎ、ギワナ聖国って、たしか今スズキさんが居る国ですよね」
「ああ。実はギワナ聖国に忍ばせている王国の諜報部隊がある情報を掴んでな」
「「ある情報?」」
「ザコ少年君の死だ」
「「っ?!」」
アーレスの言葉に、ルホスとウズメは絶句した。
が、
「「......。」」
しばし二人の少女は考え込んだ後、口を開いた。
「なんだ、その嘘の情報」
「す、スズキさんは普通に生きてると思います......」
ルホスとウズメは鈴木の死を信じていなかった。
それどころか、なに言ってんだこいつ、という目でアーレスを見やる。
アーレスよりも鈴木と長く共に生活してきた二人は、鈴木の生態を正しく理解しているのだ。
曰く、スズキはよく死ぬけど、秒で生き返る、と。
なんとも微妙な評価をされる鈴木であった。
アーレスは慌てて二人に言い訳した。
「ち、違う。私の目的は、なぜその情報が発生したのかという事態の確認だ。決して、ザコ少年君を信じていない訳じゃない。うん」
「お、お前なぁ......」
「それに私は配属されてから有給休暇を一度も使ったことが無い。余りに余っていることだろう」
などと言うアーレスに対し、タフティスは深い溜息を吐いてから言った。
「ねぇよ。お前に有休なんて」
「な?!」
タフティスの言葉に、アーレスは驚愕をあらわにした。タフティスはうんざりした様子で説明する。
「当たり前だろ。お前、いったいどれくらい帝国に滞在してたんだよ」
「いや、アレは潜入調査の一環で......」
「調査の一環で、<
「うっ」
「しかもその潜入調査は無断でやったことだろ。国の研究所から<合鍵>を持ち出して」
「......。」
アーレスはぐうの音も出なかった。何も言い返せなかった。故に物言わぬ騎士となってしまう。
無自覚にもヘルムの中で顔を赤くして膨れっ面をするが、その顔は誰にも見られない。ヘルムで頭全体を覆っているから当たり前だ。
またカタカタと震える女騎士の鎧が悔しさを示しているようであった。
そのせいか、この場に居る他の三人は、黙り込んだアーレスがいじけたように見えてしまった。
あんまヘルムで表情が見えないとか関係無かった。
居た堪れなくなったウズメが、物腰を柔らかくして言い聞かせた――年が十も上の大人に。
「あ、アーレスさん、心配要りませんよ。もう少ししたら、スズキさんはこの国に戻ってきますから」
「......。」
ウズメに続いて、ルホスも若干引き気味に言う――年が十以上離れた大人に。
「そ、そうだぞ。もしかしたら私た――じゃなくて、我らが居ない生活が寂しくて、予定より早く帰ってくるかもしれないしな。うん。その時が来たら、一緒にご飯を食べよう。うん」
「......。」
そんな少女たちの気遣いに、タフティスは恥ずかしくなってしまった。
こんなのが王国騎士団第一部隊副隊長なのか、と恥ずかしくて恥ずかしくて仕方が無かった。
自分を棚に上げて何を言っているのだろうか。
きっと彼の補佐役であるローガンは、そんなタフティスの思いを知ったら、ぶん殴って頭をかち割ってくるに違いないが、その補佐役はこの場には居ない。
アーレスは踵を返した。
「......わかった。我慢する」
「「「......。」」」
もはや誰も言葉を発することができなかった。
――――――――――――――――
ども、おてんと です。
毎度、ご愛読いただきありがとうございます。
次回から新章です。
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