第351話 海の上の宴

 『戦いで死なずに勝ったの、初めてじゃね?』


 『たしかに。【固有錬成:闘争罪過】で力尽きて死んだくらいですかね』


 現在、僕は船の上に居た。すっかり夜になっていて、船の周りは真っ暗である。僕らは火の<大魔将>に見事勝利し、船の上で宴を開催していた。


 もちろん、賊どもは全員ボコった。縄で縛って、その辺に固定している。


 ちなみにこの船は<パンドラの仮面>が火の<大魔将>を召喚した際に大破した。そのせいで船は望んだ進行方向へ進まないし、波に従って揺れているだけである。沈まないだけマシな感じだ。


 で、今後のことも含めてどうしようかと、話し合いながら宴を開くことにした。


 「快挙だね」


 『あーしの見せ場は無かったがな!』


 『苗床さんの成長を素直に喜びましょう』


 「マスター、こちらのフライドチキン、美味しいと告げます」


 「マスター、こちらのフルーツタルトも美味しいと告げます」


 などと、僕と魔族姉妹の会話に割って入ってきたのはインヨとヨウイだ。


 インヨはフライドチキンを片手に、それを僕の口元に持ってきている。ヨウイも同じく、フルーツタルトを手にして、僕の口元にそれを持ってきていた。


 僕は気分的にインヨから差し出されたフライドチキンを齧った。


 途端、ヨウイが大声を出す。


 「あー!」


 「ふふ、マスターに選ばれました」


 「なぜフルーツタルトは選ばれなかったのでしょうか?!」


 「で、デザートとして最後にいただくよ」


 などと、マイペースな白と黒の少女たちにされるがままの僕であった。


 ちなみに僕の両手は、主である僕を差し置いて先に食事している。おかげで両手は使えないので、こうしてインヨとヨウイに食べさせてもらっているのだ。


 いや、そもそも頼んでないんだけどね。


 そんな僕らの輪の中で、不機嫌そうに声を上げる者が居た。


 「おい、あんまご主人を困らせるなよ」


 ドラちゃんである。


 ドラちゃんは僕の膝の上にちょこんと座っていた。そこに僕の意思なんてなく、先の戦いの功労者である彼女を拒絶することなんてできなかった。


 故にこうして大人しく座られているのである。


 ロリっ子どもは僕の膝の上に座って何がいいのかね。座り心地悪いでしょ。


 「「パドランはいい加減、マスターの上から退くべきと告げます」」


 「お、オレの特等席はオレが決める!」


 『苗床さんの名言、あっさりとくだらないことに使い回しされましたよ』


 「言わないで。すごく恥ずかしいから」


 などと、毎度のことながら賑やかにしていると、妹者さんが口の中に詰め込んだ料理を咀嚼しながら言った。


 「んぐ......しっかしこんなご馳走にありつけるなんて思わなかったぜ」


 「ね。ドラちゃんには感謝してもし足りないよ」


 「へへ。これくらいお安い御用よ」


 と、僕の膝の上で嬉しそうにするドラちゃん。


 そう、僕らの前に置かれているご馳走は全てドラちゃんが用意した物だ。


 なんでも、簡単な料理ならば、魔法で作れちゃうらしい。それも材料無しで。魔力とレシピがあれば大抵の物は作れちゃうんだとか。


 魔法ってほんとすごいな。


 その魔法については、これまでのドラちゃんと契約した使用者が残した魔法書から得たものらしい。


 いつか絶対にものにしよ。


 「ドラちゃん、その料理が作れちゃう魔法書、僕にも貸してくれない?」


 「っ?! ご、ご主人駄目だ!」


 いじめかな? なんで僕だけ駄目なの。泣いていっすか?


 しかし続くドラちゃんの言葉で、僕は唖然とした。


 「ま、マスターが望んだ時に、オレが作ってやるからよ」


 なにこの子、結婚願望者?


 「温かい家庭を築こうね......」


 「んにゃ?!」


 「「子供は十人欲しいと告げます」」


 『まーた馬鹿言ってんよ』


 『いつものことです』


 とまぁ、しばらく騒がしくしてたら、不意に僕は自身の右手の人差し指に視線を向けてしまった。そこには昨日までは無かった漆黒の指輪があった。


 その指輪の中央にはルビーのような宝石が埋め込まれており、灯りに照らして透かせると、深紅色の輝きを放っていた。


 「これ、やっぱ火の<大魔将>と何か関わっているのかな?」


 と僕が呟くと、魔族姉妹が応じてくれた。


 『でしょうね。魔法具や<三想古代武具>とは違った代物に思えます』


 『火の<大魔将>を倒した証とか?』


 そう、この黒い指輪、火の<大魔将>を倒したら、僕の右手の人差し指にいつの間にか嵌まっていたのである。


 いや、いつの間にかっていうか、力尽きた火の<大魔将>が光の粒子となって、この黒い指輪になったんだけどね。


 僕はドラちゃんに気になったことを聞いた。


 「昔、水の<大魔将>を召喚したとき、すごく強い骸骨野郎が倒してくれたんだよね? その時はこんな風に指輪になったの?」


 「いや、それは無かったな」


 『もしかしたら、ドラちゃんと契約している苗床さんが、召喚された<大魔将>を倒すと得られるのかもしれませんね』


 『見た感じ、召喚するための媒体っぽいけどな』


 「?」


 『その指輪を使って、火の<大魔将>を召喚すんじゃねって話』


 「ふぁ?!」


 妹者さんのとんでもない発言に、僕は驚いてしまった。


 「そ、そんな恐ろしいものを常に指に嵌めてないといけないのか......」


 「いや、たぶんだけど、もう火の<大魔将>はご主人が使役できるぞ」


 「え、使役?」


 僕が聞き返すとドラちゃんが頷いた。


 「基本、何か召喚すると、主従関係を作るために、契約した召喚者と召喚された者が力比べすんだ」


 なるほど。クソ強骸骨ことビスコロラッチさんが水の<大魔将>を倒しても使役できなかったのは、ドラちゃんと契約していなかったからか。


 「力比べで、というのはさっきの戦闘ってこと?」


 「だな」


 『そこは【召喚魔法】と一緒なのか』


 『であれば、次の<大魔将>を倒したら、また使役できる<大魔将>が増えるということですか』


 お、おう。すごいことになってるな。あの強い<大魔将>を使役できるのか。


 というのも、今回は運が良かったからに過ぎない。<大魔将>は単一属性を極めし大悪魔として有名らしく、今回は偶々海上で戦えたから良かったものの、例えば、火山区域で戦闘していたら、僕らには勝ち目が無かったようなのだ。


 なんせ火の<大魔将>は火から魔力と体力を吸収して回復するのだから。


 僕がそんなことを考えていると、ドラちゃんが下から僕の顔を見上げてきた。


 「?」


 「いや、その、また次の<大魔将>とも戦ってくれんのか?」


 と、どこか申し訳無さそうに言う彼女に、僕らは思わず見合ってしまった。


 「当たり前でしょ。すぐに......というのは難しいけど、約束したじゃん」


 「で、でも次はどんな<大魔将>が来るか――」


 『わからなくても、負けても、いつか勝てばいいのです。苗床さんはそう簡単に死なないのですから』


 『そーだぞ。それにあーしらの戦力増強にも繋がるからな』


 「「パドランは何を遠慮しているのでしょうか」」


 という僕らの口々に、ドラちゃんは自身の小さな口をキュッと結んで、僕を見上げるのを止めた。


 僕からじゃ見えないけど、きっと他の四人にはこの少女が今どんな顔をしているのか、はっきりと見えているのだろう。


 ドラちゃんが今までどれだけ辛い思いをしてきたのか、僕にはわからない。長い年月、たった一人で過ごしてきた日々は、寂しいの一言で済まされる孤独感では無いだろう。


 だからこれからは、そんな彼女にとって、僕らが居る所が居場所となるよう願う他ない。


 僕はドラちゃんの頭を撫でながら、短い言葉をかける。


 「これからもよろしくね」


 その言葉に、ドラちゃんは肩を小刻みに震わせ、嗚咽混じりに答えた。


 「......うん」


 そして少女は、その存在を徐々に薄めていき、僕の膝の上から消えるのであった。


 ......もう時間か。これ以上、ドラちゃんがこの場に長居したら、また次の<大魔将>が召喚されるみたいだからね。連戦はさすがにきつい。


 寂しい気持ちに駆られるけど、まぁ、<大魔将>全員ぶっ倒せば、彼女は好きなだけこの世界に居ることができるんだ。


 静けさを取り戻した船の上で、最初に口を開いたのは妹者さんだ。


 『ドラちゃん、おめぇのこと、忘れねぇからな!』


 本当、場を和ませるというか、先陣切って気まずい空気を立て直すのが上手な人である。


 内容はどうかと思うが。


 そしてこれに便乗するのが馬鹿共である。


 「「パドラン、どうか成仏しますように」」


 『天国に居るドラちゃんが寂しくならないよう、今夜は盛り上がっていきましょう』


 『オレは生きてるわッ!!』


 と、この静かな海に、少女の怒声が仮面から響き渡るのであった。

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