第346話 この世界に魅入られて
『オレだって......自由に生きてぇ』
<パドランの仮面>の中に居る少女が、悲痛そうに告げた言葉に、僕は理解が追いつかなかった。
現在、首から下が石化した状態の僕は、仮面の主であるパドランと初の会話を試みたのだが、先方は話の途中で泣きそうな声を発してきた。
僕が、訳がわからずに戸惑っていると、インヨとヨウイが優しく諭すように、パドランに告げた。
「パドラン、事情は把握できていませんが、仮面から出てこれませんか?」
「パドラン、マスターは今までの使用者とは違うと告げます」
『......それくらい、オレもわかってる』
「「でしたら」」
『でも、できねぇ......。オレが外に出ると、皆死んじまう』
死ぬ? 僕らが? どういうこと?
「えっと......」
『......実は――』
パドランさんはどこか諦めがついたように、僕に事情を話すのであった。
<パドランの仮面>とは、異空間に物をほぼ際限なく収納できる能力だけに止まらないとのこと。曰く、とんでもない化け物を複数体、封印している......らしい。
その封印の役目を担っているのが、パドランさん本人と聞いた。そしてその化け物を、パドランさんは過去に一度だけ外に出してしまったみたい。
当時は、偶然通りかかったリッチみたいな骸骨が、場を治めてくれたって聞いたけど、そのクソつよリッチ、たぶんビスコロラッチさんだ。ルホスちゃんのお爺ちゃん。
他にそんな骸骨居たら困るし。まぁ、今はどうでもいいや。
そのクソつよリッチさんによれば、<パドランの仮面>には各属性の魔法を極めし悪魔――<大魔将>が封印されているとのこと。
なんだ、<大魔将>って。
現に、パドランさんが外に出してしまった化け物は、水属性を得意とする<大魔将>のようだった。
だからそんな災害みたいな化け物を外界に出さないためにも、パドランさんは仮面の中に閉じ籠っていると主張している。
なるほどね......。
ちなみにパドランさんと<大魔将>が外界に出てこれたのは、“
【
その時の山賊すげぇな。<大魔将>に即殺されたみたいだけど。
「じゃあ、一度でも仮面を着けたら、死ぬまで外れないっていう条件は、パドランさんの寂しがり屋なところから来てるのかな?」
『......悪いか?』
おっと。ちょっと不機嫌な返答が来たぞ。可愛いから怖くないけどね。
「さて、色々と話を聞かせてくれてありがとう」
僕がそうお礼を告げると、彼女はどこか寂し気に口を開いた。
『......わかったら、もうオレに話しかけんなよ。オレは何もしてやれねぇから』
「え? 嫌です」
『は?』
「あの、なんか勘違いしてません? このまま引き籠れると思ってません?」
『ひ、引き籠って何が悪いんだよ』
などと、若干気圧された感じで返答するパドランさん。
僕は再び確認することにした。
「あれ、パドランさん、話の途中で、自分の夢を語ってませんでした?」
『っ?! だ、だから、それができねぇから――』
「だから、できる、できないは聞いてないんですって」
『は、は?』
何やら戸惑った様子のパドランさんは、こちらの意図を全く理解していない様子が、その声から感じられた。
だから僕はもう一度確認することにした。
「パドランさん、あなたは何がしたいんですか?」
『お、オレは......』
少女は言い淀んだ。
それでも言葉を紡ごうと、彼女は続けた。
『オレが......オレが外に出ると......化け物まで一緒に......』
震える声で、怯えた様子で、言い訳するように、答えにならない言葉を紡いだ。
だから僕は、もう一度確認した。
今度はその意図がちゃんと伝わるように、僕自身の夢も添えて。
「パドランさん、僕の夢はさっきも言ったように、この世界を楽しむことです」
『っ?!』
「あなたの夢は何ですか?」
『お、オレは......』
彼女はきっと葛藤しているはずだ。
今から言おうとしている言葉を口にすれば、文字通り、災いに繋がると確信しているから。
もう自分のせいで、誰かが命を落とす光景を見たくないから。
自分が諦めれば、悲劇は起きないと信じているから。
だから彼女は言えない。言おうとしない。
我儘なんかじゃ済まされない願いを――夢を口にすることができない。
口にしてはいけないと思い込んでいる。
......僕はそういうのが、一番嫌いだ。
『オレ、は......もう......ずっとここで――』
「もっかい言うよ、パドラン」
自分の声が少し苛立ったものになってしまったけど、ご愛敬だ。
僕は彼女からイエスかノーの二択を聞くために言及した。
「この世界には魔法がある。気に入らない奴らを一掃できるすげぇ火力の魔法や、辺り一面を花々で埋め尽くす魔法......そんなロマン溢れる魔法を使いたいとは思わない?」
その問いの答えは決まってる。
だって彼女は、異空間にある魔法書を読み漁るほど魔法が大好きだから。
「この世界には絶景がある。雲より高い山が足を生やして歩き出したり、まるで流星群のように水面下で発光しながら踊る魚たち......嘘か本当か、その目で確かめてみたいとは思わない?」
その問いの答えは決まってる。
だって彼女は、使用者が死ぬ間際まで、見る景色を共にしたいと願っているのだから。
「この世界には未知がある。誰も攻略できないダンジョン、数百年生きた処女の龍、そして意思のある武具......躍起になって探したいとは思わない?」
その問いの答えは決まってる。
だって彼女は、この世のありとあらゆる物に興味が絶えないほど、好奇心が強いのだから。
「だから僕は死ぬまで、この世界で生きることを楽しむつもりだ」
すると視界の端で、インヨとヨウイが僕の話を聞いて、どこか誇らし気に胸を張り、力強く頷いている様子を目にした。
たぶん、僕が言いたいことは、あの二人には伝わっているのだろう。
なんか二人揃ってグッと親指を立ててるし。
僕はそんな二人を苦笑しながら見やり、パドランに最後の確認を取った。
「パドラン、君はどうしたい?」
『っ?! お、オレは......』
「誰も君を拒絶しないよ」
今にも泣き出しそうな彼女は、思いを力強く示した。
『オレも――!!』
パドランが紡いだ答えは、聞くまでもない当たり前のことだった。
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