第345話 そして出会う

 「死にてぇ」


 パドランは何度目かわからない呟きを口にした。いつものように、仰向けになって寝っ転がっていた。


 あの日――この仮面の異空間から外界に出たパドランは、再びこの薄暗い空間へと戻ってきていた。


 長い年月が経ち、この仮面は遂に呪具として見なされ、ギワナ聖国へ運ばれることになった。そしてそこで封印か破壊というかたちで廃棄処分されることを、パドランは知った。


 そうなってしまっては、もう二度と外に出ることは叶わず、使用者と共に外界を見て回ることもできない。


 「はッ。災厄の塊みたいなオレには打って付けの未来だな」


 そうやけくそに言って、パドランは不貞腐れるのであった。


 そんな時だ。


 『お、この仮面、中二心擽られるな』


 「?」


 どういう訳か、目の前に少年が現れたことにパドランは驚いた。外界から聞こえてきた声に、少女は眉をひそめた。


 「あれ、オレが置かれている倉庫って、立入禁止じゃなかったか? こいつ、管理人って感じじゃねーぞ」


 パドランは寝そべっていた自身の身体を起こし、胡坐をかいて、外界の光景を目にする。


 パッとしない印象の黒髪の少年だった。


 身なり的に、まず平民であろうその少年は、<パドランの仮面>をまじまじと観察している。


 そして少年は、その倉庫内に居るであろう近くに居る仲間に聞いた。


 『すみません、ここにあるマスクって触っても大丈夫ですか?』


 「お、おいおい。マジかよ。こいつ、この仮面がなんなのかわかってねぇーのか」


 そうパドランが思うも、少年は早々に仮面を身に着けてしまった。


 『一度着けたら死ぬまで外せないから、たしか』


 『え゛』


 「馬鹿かよ......」


 前者はパドランのように少女を思わせる高い声、後者は今しがた仮面を身に着けた少年の間の抜けた声だ。


 パドランは呆れて何も言えなかった。


 が、パドランは過去に一度、この武具に意思があることは伝えないと決めたことを思い出し、少年に声を掛けることはしなかった。


 長くて数十年、また外界に連れ回されるのか、とパドランはやるせない気持ちに駆られるのであった。



*****



 「え?」


 「「え?」」


 パドランは間の抜けた声を漏らした。


 鈴木という少年が自身の使用者になってから、数日が経った頃合いの出来事だ。


 この異空間に二人の愛らしい少女が現れたのだ。


 そしてパドランはその少女たちを知っている。なんせこの異空間から外界の様子をずっと眺めていたのだから。


 「「だ、誰ですか?」」


 「......。」


 が、対する少女二人はパドランのことを知らない。


 警戒した様子で、一歩、二歩、三歩と徐々に後退していく。


 パドランはなんだか、自身が犯罪者のような扱いを受けているような気がしてならなかった。


 だから慌てて口を開いてしまった。


 「お、オレはパドランってんだ」


 「「パドラン? この仮面の?」」


 「そ、そうだ。お前らと同じ、“有魂ソール”持ちなんだよ」


 そう、パドランが端的に言うと、二人の少女は後退を止め、一歩、二歩、三歩と前に進み、その歩はやがてパドランの目と鼻の先まで距離を縮めていった。


 そんな奇妙な行動に、パドランは冷や汗をかいた。


 「な、なんだよ?」


 「最初、この髪の長さに、少女ということに気づけませんでした」


 「そ、そうか」


 「なぜパドランはと問います」


 「え、あ、ああ、この場にはオレしかいないし、別にいっかなって」


 そう、実はパドラン、色々とやけくそになった時期に、服を着ないという訳のわからない行動に出た。


 そしてそれは習慣となり、服を着るという概念を忘れてしまった。


 故にこうして、インヨとヨウイの間で全裸を晒しているのだが、全く羞恥心が刺激されない少女であった。


 そんなパドランに対し、白と黒の少女たちは険しい顔になって結論付ける。


 「「へ、変態?」」


 「変態じゃねぇーよ!!」


 この時より、パドランの居る異空間に若干の騒がしさが生まれたのであった。



*****



 「しっかし今回のご主人は変態だな~」


 「「ブーメランでしょうか?」」


 「ぶん殴るぞ」


 パドランがインヨとヨウイの二人と仲良くなるのに、そこまで時間は要さなかった。


 具体的には餌付けという手段で。


 この白と黒の少女は、武具のくせに食いしん坊らしく、目につく料理や食材を何でも食べたがる性格の持ち主であった。


 今も、パドランが何も無いところからクッキーを出現させたら、二人はなんら躊躇いもなく食べ始めたところである。


 そこに警戒心など欠片も無かったが、その食べっぷりにパドランはホッコリしてしまっていた。


 「そういえば、このクッキーはどこから取り出したのでしょうか?」


 すると、インヨがそんな不思議に思ったことをパドランに聞いた。


 パドランはなんとなしで答える。


 「魔法で生成したんだよ」


 「「なんと?! クッキーを作り出す魔法があるのですか?!」」


 「いや? クッキーに限った話じゃねぇな。材料に拘らなければ、簡単な料理くらい作れるぜ? 魔力があればの話だけど」


 「「おおー!」」


 パドラン、少女二人から羨望の眼差しを受けて、満更でもなさそうに口角を吊り上げる。


 魔力は魔族姉妹のを勝手に使っているのだが、それはインヨとヨウイも同じことが言えるので、不問に付された。


 「すごいです! どうやったらその魔法は身に着きますか?!」


 「ああ、この魔法書を読めばできるぜ?」


 魔法書。その名の通り、その書物に記載されているのは特定の魔法に関してだ。原則、それを読み込み、実践することを繰り返せば、誰にでもその魔法が使えると言われている。


 またここには、今しがたパドランが取り出した魔法書だけではなく、他にも山ほど魔法書があった。


 そしてそれらは全て、過去の使用者たちが、<パドランの仮面>の中に置いていった物だ。


 「このような物が!! 初めて知りました!」


 「他にはどのような魔法書がありますか?!」


 「そうだな~。エールの泡立ちが倍増する魔法なんてどうだ?」


 「「凄くくだらないと告げます」」


 「くだらないって言うな!」


 「それより問答無用で、男性に性的興奮を与える魔法は無いのでしょうか?」


 「もしくは射〇しないと死んでしまう魔法は無いのでしょうか?」


 「んなくッだらねぇ魔法あるかー!!」


 「「くだらなくないと告げます!」」


 などと、三人の少女は異空間で馬鹿騒ぎするのであった。

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