第344話 空っぽのモノ

 『ホう。これはまた珍しイ者が現れたもんじゃ』


 「っ?!」


 パドランは、夜空から聞こえる声に肩を震わせた。


 山賊たちとは違う、どこか年寄りのような掠れた声で、その声を発する者は宙に浮かんでいた。


 パドランと異形の化け物を見下ろす者は――骸骨だった。


 しかしその骸骨は上等な漆黒色の外套を纏い、身体のあちこちに装飾品を身に着けていた。肉など纏わりついていない真っ白な骨だけの身体だが、纏う雰囲気は重圧感で満ちていた。


 そんな骸骨の頭部には、金色に輝く王冠がある。まるでどこかの王のような佇まいに、パドランは見上げることしかできなかった。


 そしてその骸骨は、両の瞳に淡い深紅色の炎を灯し、地上を見下ろしていた。


 「だ、誰だ、お前」


 パドランはそんな存在に対し、冷や汗を浮かべながら聞いた。


 骸骨の見た目はリッチに近い。が、そんな矮小な存在には思えないほど存在感のある者だ。


 骸骨は答えた。


 『ビスコロラッチ。しガない<屍の地の覇王リッチ・ロード>よ』



*****



 『オオォォォオオ!!』


 異形の怪物が動き出した。


 宙に浮かぶビスコロラッチに向けて、手にしていた水の剣を下段から振るう。


 その振り上げによる一撃のみで、辺りの木々は割かれ、大地は捲れ上がり、深い爪痕を残しながら、ビスコロラッチを穿とうとした。


 が、


 『ホッホッホッ』


 ビスコロラッチは自身の周囲に【魔法結界】を発動させて、その一撃を弾く。


 『ッ?!』


 『少し大人しくしてテね』


 そして異形の怪物に次の一手を許すことなく、怪物の全身を漆黒の影で縛り上げた。それにより、異形の怪物は身動きが取れなくなった。


 【束縛魔法:羈束影】。無詠唱でありながらも、正確に対象を捕らえた魔法に、パドランは驚愕する。


 そんな少女の前に、ビスコロラッチはゆっくりと舞い降りた。


 『で、アレをここに召喚しタの、お主?』


 「っ?!」


 そう問われたパドランは身を震わせて、怯えた様子を見せながら答える。


 「わ、わからねぇ」


 『え、わからなイの?』


 「オレが外に出たいって強く願ったら、外に出れて、そしたらあの化け物も近くに居て......」


 『ヘぇー』


 ビスコロラッチは髭を擦るように、自身の白い顎を撫でた。


 『お主、<三想古代武具>の一種ジャな?』


 「え、あ、うん」


 『フむ......器はアの男の側に落ちている仮面か?』


 「お、おう、そうだ」


 先程までこの場に居なかったビスコロラッチに、次々と言い当てられて、パドランは複雑な気持ちになった。


 (な、なんだこいつ。いきなり現れて......)


 『お主、もシや“枷”か』


 「かせ?」


 パドランがそう聞き返すと、ビスコロラッチは頷いた。


 『アレはお主と同様、その仮面から出てキたものだな』


 「?!」


 『おソらくそこに死体になって転がっている者と、何かしら条件を満たして、お主は外に出ることができた。そして、一緒にアレも出デきた』


 「お、オレはあんな化け物は知らねぇぞ?!」


 『いやだって、そこの仮面から出てきたの感じるんダもん』


 パドランはビスコロラッチの言っていることが理解できなかった。


 しかし使用者――死体となる前の山賊の男も似たようなことを言っていた。少女と化け物が仮面から出てきた、と。


 それがもし本当のことだったら......。パドランは胸が張り裂けそうな思いに駆られた。


 「ここに居る連中は......オレが殺したのか? オレが外に出たいって願ったから」


 『ソうだね』


 「そんなぁ......」


 パドランはその場に崩れ落ちるようにして、腰を落としてしまった。


 「なんなんだよ、アレ......。あんなの、オレが居た仮面の中には居なかったぞ」


 『仮面の中がドうなのか知らんけど、アレは召喚された感じに近いナ』


 「召喚?」


 『うむ。【召喚魔法】ニよって、精霊やモンスター、天使とか悪魔を召喚するんヨ。で、アレは......悪魔に近いかのォ』


 「オレは召喚した覚えは無いぞ?!」


 しかしビスコロラッチの言葉は終わらなかった。


 『だからお主は“枷”だっテ。魔法じゃなクて、


 「ど、どういうことだ?」


 『仮面の中にお主が居る間、“枷”のような役割を果たしていたンだろうよ。そんなお主が外に出たら、“枷”は外れて、アレも出てくる』


 その言葉に、パドランは絶望した。


 そして思い至る。


 (オレは......外に出ちゃいけないのか)


 そんなことを考え込む少女に、ビスコロラッチは問う。


 『して、儂が抑え込んデいるアレはどうする?』


 「......初対面でこんなことを頼むのは悪いが、始末できるか?」


 『ええヨ』


 そう言って、ビスコロラッチがパチンと指を鳴らすと、異形の化け物を抑え込んでいる影は、その根元へと化け物を瞬く間に沈めていった。やがて辺りは一気に静けさを取り戻したのであった。


 そんな様子を尻目に、パドランはお礼を口にする。


 「.....ありがと」


 『うム。それにまだ終わりでハないな?』


 「え?」


 『二体目も出ルぞ』


 「っ?!」


 パドランは地面に落ちている仮面を見やった。


 見たところ、特に変わった様子は見受けられない。が、パドランは直感で察した。


 (たしかに......まだ仮面の中に何か居る感じがする......)


 またあの異形の化け物と同じ存在が出てくるのだろうか。パドランの胸中は不安や焦燥感で溢れていた。


 『ま、しばらくは出てこないと思うけドね』


 「な、なんでそんなことわかるんだ」


 『なんトなく?』


 「......。」


 どこまでも軽い調子で語るビスコロラッチに、パドランは複雑な気持ちに駆られた。


 『まぁ、そレも時間の問題だな。もって半日かノう』


 「......。」


 『それにしても面白い仕掛けがあったモんよ。“枷”が無くなレば、災厄を撒き散ラす悪魔を召喚し、時間経過でその数も増えていくトは......』


 「......オレはどうすればいい?」


 『知らン。どのみち、あの死んだ使用者が元々込めテいた魔力が尽きれば、お主は直に仮面の中へと戻るダろう』


 「......今すぐ戻れないのか?」


 そう静かに問う少女に、ビスコロラッチは首を傾げた。


 『戻りたイの? 外に出たかっタんじゃなくて?』


 「......もういい。もう何も......期待しねぇから」


 そう呟く少女の瞳は、奈落の底を宿したように暗かった。パドランは仮面の下まで向かい、その器を手に取る。


 そして実感した。


 「なん......だよ。戻れんじゃん......簡単に、さ」


 『......。』


 少女の声は震えていた。


 次第にしゃくり上げが忽ち増えていき、やがてパドランは子供のように泣きじゃくった。


 「あんなに......外に出たかったのに、願ったのにッ! 戻ることはすぐにできんのかよ!!」


 何年、何十年、何百年、自由になりたいと願い、外界に憧れたことか。少女は絶望に打ちひしがれた。まるでこの世界には、自分という存在は不必要と言わんばかりの現実に、ただただ絶望するしかなかった。


 自分はただの枷に過ぎなかったと、そう言われているような気がして仕方がなかった。


 異形の化け物の消滅と共に、静寂を取り戻した山奥に、少女の悲痛な泣きじゃくる声が響くのであった。

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