第343話 仮面の中の少女と災厄

 「外に出てぇ」


 もう何度目かわからない呟きを、仰向けになった少女は口にした。


 少女は床に着いて広がるほど長い髪の持ち主である。髪の色は砂色。ろくに手入れがされておらず、ぼさぼさな印象を受けるが、よく見ればそれは寝癖のようなもので、髪質は絹のように美しかった。


 外見は少女のそれであり、未発達な体躯はパドランが【幻想武具リュー・アーマー】として自我を持ち始めてから変わっていない。


 そんな少女は、ただ一人、この薄暗い異空間に居た。


 そして、その少女は常に願っていた。


 「冒険......したいなぁ」


 こんな寂しい空間に居るのではなく、外界に出て、自由に行きたい場所に行く生活を送りたかった。


 しかしそれは叶わなかった。


 なぜならパドランは武具だから。


 使用者が居ないと何もできない武具だからだ。


 だからか、少しでも長く使用者と一緒に居て、外界を楽しみたいというパドランの願いは、“使用条件”へと変わった。


 ――死ぬまで仮面を外すことができない――


 そんな制約が、使用者を苦しめた。



******



 「は?! なんだこれ、外れねぇぞ!!」


 『っ?!』


 遠い過去の記憶だ。パドランは初めて使用者と出会った。使用者は出来心か、自身が着けた仮面が【幻想武具リュー・アーマー】とは知らなかったようだ。


 そして、一度付けたら外れないという条件も知らなかった。


 『よ、よぉ! オレはパドランってんだ!』


 パドランはこれ幸いにと、弾む声を押し殺して使用者に声を掛ける。


 「?! 仮面から声が聞こえてきたぞ?!」


 『この仮面は“有魂ソール”だからな!』


 「はぁ?! レアアイテムだったのかよ?!」


 『おう。すげぇ貴重だと――』


 「よっしゃ! 売り飛ばして金にできる! 俺はついてるぜ!」


 『......。』


 使用者はパドランの話を聞かずに、有頂天だった。意気揚々と明るい口調でパドランに言う。


 「とりあえず外してくれ。なんか取れねぇんだわ」


 『......外れねぇよ』


 「は?」


 『この仮面は一度着けたら死ぬまで外れねぇ。そういう武具だ』


 使用者は、パドランの言っていることを理解できず、沈黙した。しかしそれも束の間。次の瞬間にはパドランに怒鳴りつけた。


 騙したな、と。


 こんな薄気味悪いもの一生着けてないといけないのか、と。


 この呪具が、と。


 数々の罵詈雑言を浴びせられ、パドランは酷く傷ついた。そして同時に思った。


 (......ハズレだな、こりゃ)


 使用者とは気が合わない。そう、パドランは自分に言い聞かせるのであった。


 それから月日は経って、パドランにとっての初めての使用者は死を迎えた。死因は、使用者は冒険者故に、その冒険途中でモンスターとの激闘の末、命を落とした。


 使用者の死と同時に、使用者の顔から離れたパドランは、時を経て、二人目の使用者と出会った。


 二人目も一人目と似たような反応だった。


 やれ最悪だの、やれ人生終わりだの、好き勝手言う人物であった。しかしその後、諦めのついた使用者は、仕方ないと言った様子で、<パドランの仮面>を受け入れた。


 受け入れて――ものの数十年で死を迎えた。


 再び孤独を迎えたパドランであった。


 それからも使用者は次々と変わっていった。


 変わって、死んで、変わって、死んで、変わって、死んで、変わって、死んで、変わって、死んで、を繰り返す。


 死因は様々。何か外的要因で死ぬ者、病死で死ぬ者、寿命で死ぬ者......。


 全員が全員、等しく死を迎えて、パドランを置き去りにした。


 寿命なんて概念が存在しない武具は、そんな使用者たちの死にうんざりした。


 使用者が死ぬまで外せないという制約があれば、この退屈な日々が何か変わると思った。


 しかし現実は甘くはなかった。


 結局は、死の間際まで共に同じ景色を見て――別れる。その繰り返しだった。


 故にパドランはいつしか意思を示さなくなった。


 仮面を着けた者は皆、外せないという事実を知ると嘆き、自身を物のように扱い、最期には後味の悪い死の景色を見せる。


 特に使用者が最期に見せる死の景色は、パドランにとっては苦痛でしかなかった。


 モンスターに食い殺される最期、人に殺される最期、寝台の上で大勢の人に囲まれて命の灯火が消えるのを待つ最期。


 そんな使用者たちの“死”のみを見せる景色ばかりではなかった。


 モンスターを殺し、家畜を殺し、同族を殺す景色。時には、同じ死を与えるものでも、苦痛を伴う殺傷もあった。


 苦痛に顔を歪める者の顔は、パドランに最悪な過去を植え付けるのに充分だったのだ。


 そしてパドランに寿命は存在しない。存在しないが故の繰り返される死の景色が嫌で堪らなかった。


 だからか、いつしかパドランは物言わぬ武具と化したのであった。


 「いつかオレの夢を叶えてくれる誰かに会いたい」


 そう、最後に言い残して。



*****



 「出れ......た?」


 パドランは目をぱちくりとさせて、自身の両手を見た。


 そして辺りを見渡した。


 ここはどこかの山奥で、パドランの周囲には多くの人間が居た。夜更けらしく、その人間たちは焚火を囲んで、騒がしく食事をしていた様子が見受けられる。


 今回の使用者は山賊の男であった。ひょんなことから<パドランの仮面>を得て、今までの使用者の中でも特筆すべきような点も無い、大差無い暮らしを送っていた男である。


 そんな中、パドランは外界に出たのだ。


 念願の自由の身を手に入れたのだ。


 「や、やったぁぁぁあ!!」


 パドランは山賊たち前でぴょんぴょんと跳ねた。嬉しくて嬉しくて仕方が無かったのだ。


 どういう理由で外界に出れたかわからないが、パドランは歓喜の念しか抱かなかった。


 突然、この場に現れた少女を目にした山賊たちは、皆一様に開いた口が塞がらないと言った様子だった。


 そしてパドランは気づく。


 全員の視線はパドランに向いていないことを。


 パドランの後ろを、ただじっと見つめているのであった。


 パドランは後ろを振り返る。


 そこには――一体のモンスターが居た。


 『っ?!』


 否、モンスターと見なしていいのか、判断が難しい存在だ。


 ソレは宙に浮いた大きな水溜まりだった。


 辛うじて人型をした何か。いや、それすら怪しい。なにせその水溜まりの下部は、蛇のように軟体を思わせる形状で、その先端が人型のように、頭や腕といった輪郭が見受けられたからだ。


 そんな異形の怪物が、パドランたちの前に出現したのだ。


 「なんだ......アレ」


 そう、パドランが呟いた瞬間であった。


 パドランの真横を何かが過ぎ去った。


 それは勢いよくパドランの後方へ向かい、そこに居る一部の山賊たちを――切断した。


 「は?」


 パドランが振り返った先、数名の山賊たちは身体を両断され、辺りに臓物を撒き散らす死体と化していたのだ。


 再度、パドランは振り返り、異形の怪物を見た。


 怪物はその腕のような見た目を、振り下ろしたような構えを取っていた。まるで剣を持った人間が、その剣を上段から振り下ろしたかのような構えだ。


 そして山賊たちは、仲間の死に発狂する。


 「も、モンスターだぁぁぁああ!!」


 「仲間が殺されたぞ!! 戦うか?!」


 「馬鹿野郎! あんな化け物に敵うか!!」


 男たちは口々にそう言って逃げ出した。


 しかし異形の怪物はそれを許さなかった。蜘蛛の子を散らすように逃げ回る山賊たちを、その圧倒的な力で惨殺していく。


 「あぁぁぁあああ!!」


 「誰かぁ! 誰か助けてくれぇぇええ!!」


 「死にたくねぇ! 死にたくねぇ! まだ死に――ぎゃ」


 「足がぁぁあ! 俺の足がぁぁぁああ!」


 パドランは目の前に広がる残酷な光景を目にして、唖然としていた。


 そんな少女の傍らに、一人の男が詰め寄ってきた。


 パドランの使用者だ。


 「お前ぇ! なんなんだよ、あの怪物はぁぁぁあ!!」


 「っ?! お、オレはあんなの知らな――」


 「しらばっくれるな!! お前が現れたのと同時に、あの化け物も出てきたんだろ!」


 「ち、ちが――」


 「違わねぇよ!! この目でちゃんと見たんだからな!!」


 男はパドランの長髪を乱暴に掴み上げ、化け物の方へ振り向かした。


 そんな乱暴な扱いに、パドランは痛みで顔を歪めた――その時だ。


 「いッ!!」


 「早くあの化け物をどうにか――じゅ」


 パドランの髪を掴んでいた男の言葉が途切れた。


 男の方を見やれば、その者は肩から斜めに斬られたようで、そこから下は存在しなかった。


 「ひッ」


 ベチャッと生々しい音と共に、パドランは使用者だった肉塊を見て、顔を真っ青にした。


 そして気づく。辺りを見渡せば、死体、死体、死体、死体の山で、生存者など一人も存在していなかった。


 ただ一人、その場に残されたパドランは、ただ茫然と立ち尽くすだけだ。


 パドランは眼前の怪物を見上げる。


 人間を狩りつくした怪物は、今までの静けさが嘘のように叫んだ。


 『オォォォオオオ!!』


 「......なんなんだよ、お前」


 パドランは絶望するのであった。

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