第340話 鈴木の攻略方法
『苗床さんッ! 右に避けてください!』
「くッ!」
現在、僕は人気の無い海岸沿いで、レベッカさんと戦闘を繰り広げていた。夜間帯で静かな場所なのに、さっきから互いに繰り出す魔法でドンパチやっているから騒音がすごいのなんの。
『【紅焔魔法:火球砲】!!』
「ふッ!!」
妹者さんが放った火球は、レベッカさんが鞭を無造作に振るっただけで、呆気なく霧散した。
『マジでバケモンだな!!』
「でもやるっきゃないでしょ!! 姉者さん!」
僕の合図で、姉者さんが口から鉄鎖を短く吐き出した。
僕はそれを握って、抜刀の構えを取る。そして魔族姉妹と息を合わせて、一気に引き抜いた。
「『【多重烈火魔法:
【烈火魔法:
付与効果で、触れるだけで爆発する一線は、悠然と立っているレベッカさんを捉えた――その時だ。
「甘いわ」
「『『っ?!』』」
レベッカさんは目にも止まらぬ速さで鞭を振るった。彼女の鞭を媒体にして、【雷電魔法:爆閃徹甲】が繰り出される。
互いの攻撃が魔法が衝突し、辺り一帯に激しい爆風が巻き起こり、耳を劈く轟音が響く。
僕らの合わせ技を、彼女は多重魔法でもない単一の属性魔法で相殺したのだ。
マジで笑えん。
土埃が落ち着いた後、コツコツと彼女のヒールが地面を打つ音が聞こえてきた。
「ねぇ、スー君、本気でやってる?」
レベッカさんは、視線を鋭くして僕を見つめた。
その視線は普段の穏やかなものではない。完全に僕を獲物と捉える獰猛な目つきだ。
「はは。マジでやってます」
「それで本気なら、すぐに死んじゃうかもね」
「僕が死んだら、異空間で管理している女神の片足は奪えませんよ」
「......そう。片足の在り処を知っているのではなくて、スー君が持っているの」
『馬鹿が』
『阿呆ですか』
あ、やべ。
瞬間、レベッカさんが爆ぜるようにして、その場を跳ぶ。一瞬で距離を詰められた僕は、すぐさま【紅焔魔法:双炎刃】を生成して、レベッカさんの鞭による攻撃を受けきった。
が、威力が殺しきれず、体勢を崩されてしまう。
「ぐッ!!」
「私が本気にさせてあげる!!」
その隙に、レベッカさんは僕の腹部に鞭を当てた。
「かはッ!!」
『【凍結魔法:氷牙】!!』
姉者さんが間髪入れずに魔法を放つも、レベッカさんは全身に青白い稲妻を纏って、軽快なステップでそれらを避けた。
そして僕は腹部から中心に、激痛が始まる。
「あ、がぁ、あぁあぁぁああ!!」
全身に焼けるような痛みと、口や鼻、耳からと全身の穴という穴から血を撒き散らす僕。堪えきれず、片膝を着いてしまった。
『【固有錬成:祝福調和】!』
すぐさま妹者さんがスキルを発動させて、状態異常を食らった僕を全回復させる。
痛みは治まったが、ただ後味が残るような思いだ。状態異常攻撃、ほんと苦手。
そんな僕を見て、レベッカさんは低い声音で口を開いた。
「もう何度目かわからないけど、聞くわね。女神の片足を渡してちょうだい」
「はぁはぁ......です、から......こっち......も......渡せない理由があるんですって!」
僕は<ギュロスの指輪>を使って透明人間になった瞬間、【固有錬成:縮地失跡】でレベッカさんの背後に転移した。
そしてほぼノータイムで、妹者さんが発動した【紅焔魔法:天焼拳】がレベッカさんの脇腹を狙う――その時だ。
「もう......いいわ」
「『『っ?!』』」
レベッカさんが悲しげにそう呟いたと同時に、彼女は炎を纏った僕の拳を受け止めていたのだ。
――素手で。
ジュウゥというレベッカさんの手のひらを焼く様を見て、僕はすぐさま妹者さんの魔法を解除させた。
「もういい」
再度、繰り返された言葉と同時に、僕は掴まれた腕を取られて、地面に勢いよく倒される。
「がはッ」
仰向けになった僕に、レベッカさんが胸を踏みつけてきた。
レベッカさんは僕を見下ろしながら言う。
「真面目にやれないなら、そのまま死ねばいい」
その顔はどこか辛そうで、戦闘中はいつも嗜虐的な笑みを浮かべる彼女とは別人のようだった。
僕はそんな彼女を見上げながら言った。
「黒......ですか」
「......。」
レベッカさんはどこまでも不真面目な僕を蹴飛ばした。僕はその勢いで、遠くの壁に背を強く打ち付けた。
『なんでそこまで馬鹿なん?』
『苗床さん、少しは真面目にやらないと、精神が持ちませんよ』
わかってるって。状態異常攻撃を何度も食らってたら、肉体は回復しても精神的にヤバいもんね。
僕は重たい腰を持ち上げるようにして、起き上がった。
こちらにゆっくりと近づく彼女は、まるで奈落の底を宿したような瞳で僕を見据える。
「レベッカさん、そろそろ聞かせてくれませんか?」
「......。」
「黙ってれば、教会の裏と関係を持ってるレベッカさんに、僕が心の底から敵対心を抱くと思ってるんですか」
僕のその言葉に、レベッカさんは静かに答えた。
「大した理由じゃないわ」
「なら、なんでそんな辛そうにするんですか」
「......本当、スー君のそういう見透かしたような態度、好きじゃないわ。......何も知らないくせに」
「だったら教えてください」
彼女はどこか観念したように溜息を吐いた。
「昔、とある貧しい少女が居たわ」
そうしてレベッカさんは語り始めた。
「その少女は物心つく前から両親と生き別れして、日々、死なないために生きるような人生を送っていた。スラム街じゃあ、どこにでも居るような子よ」
「......。」
「別に大人しく死んでも誰の迷惑にもならない子だったわ。でもそうしなかったのは、たった一つの幸福を味わってしまったから」
「“幸福”?」
「そ。ひょんなことから、パン屋さんで買えるパンを貰ったの。ちゃんと銅貨を払って食べられるようなパンを。カビなんか生えていなくて、柔らかくて、ほのかに甘いパン」
レベッカさんは何も無い自身の手を見つめた。
「それが堪らなく美味しかった。その子は感動のあまり、思わず泣いちゃった」
そして、と彼女は続けた。
「同時に嘆いたわ。この不公平極まりない現実に、ね」
「......。」
「どこかの国では、その少女と同じくらいの子が温かな家庭に恵まれて、当然のように美味しいパンを噛ってるの。そしてお腹が満たされたら、平気でそれを捨てるのよ」
レベッカさんは懐から硬貨を取り出して、それを指で弾いた。その弾かれた硬貨は銅貨だ。空中でひゅんひゅんと回転しながら、レベッカさんの手元に落ちる。
「何が言いたいのかって言われると......そうね。所詮、この世は金が全てって話かしら?」
「......そうですか」
「うん。だからその少女は必死になって稼いだ。人には言えないようなことをたくさんしてきたし、傭兵になったら金の為になんでもやった。......どう? 幻滅した?」
「いえ、逞しいなって思います」
「ふふ、他人事ね」
「他人事ですから」
レベッカさんは少し表情を柔らかくして言った。
「なのにね......。ちゃんとそのまま汚く、醜い人生を送っていればよかったのに......途中で挫折してしまったわ」
「挫折?」
「とても美しくて、尊いものを目にしてしまったのよ。自分とは対極のような場所に居て、その道を自分で考えて、自らの足で真っ直ぐ進めるような存在を」
「もしかして......」
レベッカさんは苦笑した。
僕が察した人物を、彼女は悟ったみたいだ。そんな人物、おそらく一人しかいない。
聖女シスイ......なぜ、今の話で彼女が出てくるんだ。ということは、シスイさんを教会に預けたのはレベッカさん? しかしそんな僕の疑問を他所に、レベッカさんは淡々と語った。
「実はあの子の両親を殺したのは、その
「っ?!」
『『......。』』
レベッカさんは続けた。
「私情なんて無かったわ。傭兵の依頼で殺しただけ。両親と同じく、赤子だったあの子を殺せば、きっとこんな事態にはならなかったんでしょうけど」
「......なぜシスイさんだけを見逃したんですか」
「さぁ? なぜかしらね。......ただの気まぐれのはずだったのに、本当、どうしてかしら......」
レベッカさんはそう言っているが、きっとその理由は明確になっているはずだ。
でもそれは彼女にしかわからなくて、他人の僕じゃわからないから、言ってもしょうがないことで......。そして言語化することが難しい、感情の根っこの部分の話なんだろう。
「さてと......お話はここまでにしましょ」
「レベッカさん」
「?」
たぶん、今から僕が紡ぐ言葉は、レベッカさんの生い立ちや、これまでに抱いた感情すら理解していない、上っ面だけの言葉だ。
「自分が、どうあるべきか、なんて考えたって仕方ないですよ」
「っ?!」
僕のその言葉に、ビクッと肩を震わせた彼女は、すぐさま落ち着きを取り戻した。
そして――僕が反応できない速さで鞭を振るった。
「『『っ?!』』」
気づいた時には何もかも遅かった。
圧倒的な速度で鞭を打ち付けられた僕の胸は、そこから中心に、石のような鈍色へと変色して、瞬く間に全身を覆った。
な、なんだこれ。あ、あれ? 身体が動かないぞ。というか、身体が石になったように重たいんだが。
でもなんでだ。首から上は普通だ。首から下だけが、石になった感じ。
妹者さん、早くなんとかして。そう思った僕であったが、
「い、妹者さん?」
妹者さんから反応は無かった。
代わりに、レベッカさんから声が上がる。
「前から思ってたの」
「?」
「スー君の両手には魔族が寄生していて、その口があるのよね? じゃあ、その口を塞ぐように――
石化?! 状態異常攻撃の一種か?!
待って待って!! 僕のポテンシャルである即回復を封じたってこと?!
いつも騒がしい魔族姉妹が静かになってんですけど!!
石になってんですけど!!
「スー君を殺すことって、案外簡単なのね」
「......。」
そんな美女からの自分の攻略法を受けて、僕は何も言えなかった。
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