閑話 しばの はじめての たび 2

 「勢いで来たけど......トノサマリバイアサンはどこ?」


 シバ、夜間の海上にて、顎に手を当てて考え込む。


 港町ビラビラアーワビを発って、月明りを頼りにしばらく海原を飛行していたシバは、トノサマリバイアサンをどう見つけ出そうか迷っていた。


 目的は友人である鈴木の尻拭い。


 トノサマリバイアサンの撃退に関しては、別に鈴木の不始末でもなんでもないのだが、港町の人が困っているから尻拭い扱いするシバである。


 が、いざこうして海に出てみたはいいものの、肝心のトノサマリバイアサンが見当たらない。


 「困った。これじゃあ友人の尻拭いができない」


 ここまで知り合いの尻拭いを嬉々としてやりたがる人物は居るだろうか。


 「あ、そうだ」


 すると、ここでシバは妙案でも思いついたかのように、ぽんっと手を叩いた。


 「見つけるんじゃなくて、誘き寄せよう」


 そう言って、シバは頭上に片手を差し伸ばした。


 そして一気に、かざしたその手を振り下ろす。


 瞬間、シバを中心に巨大な竜巻が発生した。


 それも一つや二つではない。十、二十、三十と次々に数を増やしていき、その勢力も徐々に拡大していった。


 言うなれば――災害。突如、静かな海原に発生した災害に、海は荒れに荒れ果てていた。たった一人の力で、造作も無く。


 シバがこの行為を選んだのには理由がある。


 「相手は海の支配者......なわばりを荒らされて、黙っているわけがない」


 そう、トノサマリバイアサンは海の支配者だ。これだけ大規模に自身の縄張りを荒らされて黙っていられる訳が無い。


 そしてその読みは――正しかった。


 『ガァァァァアアアアア!!』


 「......来た」


 ズバンッ。激しい水柱を上げて、そこから一体の巨大なモンスターが現れた。


 深みのある青い鱗。大蛇のように滑らかな体躯。頭部には龍たらしめる牙や鋭い眼光が宿っていた。


 シバはこの時気づけなかったが、トノサマリバイアサンの牙は一部欠けている。鈴木との戦闘で折れた牙が、まだ新しく生えてきていないのだろう。


 そんなトノサマリバイアサンは、この海をなんの断りも無く荒らす者――シバを睨みつける。


 今、まさに自分よりも小柄で華奢な少年を呑み込まんと、トノサマリバイアサンは口を大きく開けた。


 そして――


 「じゃあね」


 ――断頭された。


 『ッ?!』


 何が起こったのか理解できないトノサマリバイアサンは、自身の視界が上下逆転しつつ、どこか身軽にも落下する思いをしながら絶命するのであった。


 言うまでもなく、シバの【固有錬成:北ノ風雲】による、不可視の斬撃である。


 海の支配者は、シバという小さな狩人に容易く殺されたのだ。なんとも呆気ない結末である。


 そしてこの過程から気づくべきは、苦戦を強いられた鈴木の戦闘との差だろうか。人には向き不向きがあるとはいえ、ここまで差があるのも考え物である。


 「......一応、港町に戻って報告だけしよう」


 シバは水面に浮かぶ、トノサマリバイアサンの頭を見下ろしながら、そう呟くのであった。



*****



 「狩ってきた」


 シバ、宙に断頭されたトノサマリバイアサンの頭をぷかぷかと浮遊させながら、短く告げる。


 シバの前には先程、港町でお邪魔した店があり、店員と客が揃って、外に居るシバを目の当たりにした。


 シバと宙に浮くモンスターの頭部に視線を行ったり来たりさせた周囲の人間は、皆一様に絶叫した。


 「「「「「え゛ーーーー?!!」」」」」


 シバは耳を押さえた。


 「ええ?! ちょ、ええ?!」


 「トノサマリバイアサンの頭ぁ?! あたまぁぁあ?!」


 「マジで嬢ちゃん一人でやったのか?!」


 「私は男」


 「天使か?! 天使が我々を救ってくださったぞ!!」


 「おいおい、マジかよ?! Sランク指定だぞ?!」


 「すげぇぇぇぇえええええ!!!」


 「「「か゛わ゛い゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛!!」」」


 一部、シバのファンになってしまった者も出始めた。


 大体の者は寝静まる頃合いというのに、シバのせいで大騒動が起こってしまった。


 そしてしばらくああだこうだと言及されたシバであったが、不意に誰かが振り絞るようにして叫ぶ。


 「う、宴だぁぁぁぁあああ!!」


 それに釣られ、周囲の者たちも便乗する。


 「宴を開くぞぉぉおお!!」


 「酒持ってこーい!!」


 「シバちゃん! あんたすごいよ!!」


 「結婚してくれぇぇえええ!!」


 「超絶最強美少女の誕生だぁぁぁあ!!」


 「私はおと――」


 「ほらほら! シバちゃん、エール持って!」


 シバは半ば強引に、近くに居た給仕服を着た中年の女性に、エールの入った木樽ジョッキを持たされた。


少し前、どっかの飲食店では、子供には良くないと言われて、注文を却下されたエールである。


 そんなことを考えていたシバは、不意に、その横に立っていた大柄な男に担ぎ上げられて驚く。シバは思わず、ビクッと身を震わせた。


 「っ?!」


 「ちょっとあんた! レディーはもうちょっと優しく扱いなさいよ!!」


 「だ、だから私はお――」


 「がははは! 細けぇこと言うな! おら嬢ちゃん! 皆の下に酒が回ったぜ!!」


 そう言われて、シバは辺りを見渡した。


 全員がシバに注目し、明るい笑みを浮かべている。


 こんなどこの馬の骨ともわからない自分に、期待と歓喜に満ちた視線を向けていたのだ。


 それがシバの胸を、温かいもので満たしていく。


 (こういうの......嫌いじゃないかも)


 そう、シバは思うのであった。


 大男の肩に腰かけた小さな少年は、勢いよくジョッキを掲げて叫ぶ。


 「今日は私の驕りッ!!!」


 少年の笑みは、真夜中だというのに、まるで太陽のように明るかった。


 「乾杯ッ!」


 「「「「「乾杯ッ!!」」」」」


 斯くして、シバの旅に少しばかりの寄り道という思い出ができたのであった。


 余談だが、エール二杯で酔ったシバは、調子に乗ってスキルを使い、港町にある船をお手玉感覚で空中浮遊させ、何隻か撃沈させるという伝説を残した。


 無論、その伝説はシバの港町出禁へと繋がった。

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