閑話 しばの はじめての たび 1
「ここが、港町ラビラビアーワビ」
外套に身を包んだシバがそう呟いた。
ここ、ビーチック国南方に位置する港町にやってきたシバは、夜闇の中で明りが点在する港町を上空から見下ろしていた。
シバが帝国からここまでやってきた手段は至ってシンプルだ。
【固有錬成:北ノ風雲】。陽の光が自身に当たっていなければ使用可能で、風を意のままに操るというぶっ壊れスキルである。
特に誰かを運ぶことなく、単身のみの移動となったため、その速さは陸路を辿るそれとは比較にならないほど速い。故にシバは帝国からビーチック国まで一晩でやって来れたのである。
シバは持ってきた地図を広げた。
「今日はここで一泊して、明日の夜にまた飛んでギワナ聖国に向かおう」
そう予定を立てて、シバは港町へと下りた。
「すごい活気......」
シバは港町の路地に居る人の多さに驚いた。夜にも拘わらず、どこもかしこも人で賑わっている。どうやらここは飲食店や露店が多いらしい。
突如、空から舞い降りた見た目美少女の少年を目にした周囲の人々は、その様に皆等しく驚いた。
「な、なんだ、空から......落ちてきたのか?」
「ま、魔法でしょ」
「はぁ~。あの若さで【飛行魔法】を使いこなすのか」
などと、周囲のざわつきを他所に、シバは近くの飲食店に入った。
店内は人、人、人で埋め尽くされている。多くの人が片手にエールなど酒の入った器を手にして、飲み食いしていた。
シバはそんな周囲の人間を気にせず、カウンターの空いている席へと向かう。
そのタイミングで、エプロンを付けた恰幅の良い男性がシバに近寄ってきた。見た目からして、この店の料理人か店主だろう。
「嬢ちゃん、一人か? 何が食いたい?」
「私は男」
「がはははは! 一人だもんな! 何されるかわかんねーし、男ってことにしといてやるよ!」
「......。」
シバはジト目で店主を見やった。
どうやら中年男は、夜遅くに女の子が一人でこの店にやってきたと思い込んだらしい。シバの見た目は美少女のそれだから、男と謡う気持ちを汲み取ったのだろう。
が、一方のシバは不服で仕方が無い。
なんならこの場で男である証明を見せてやろうか、と自身の下半身に手を掛けた少年である。
しかし同時に、飲食店でそんな下品なことはしちゃいけないと考え直し、自身のイチモツを晒すことを控えた。
飲食店に限らず、外でイチモツを出すのはやめた方がいいのだが。
そんなシバの気も知らず、中年男は明るい様子で聞いた。
「注文は?」
「お勧めの料理。あとエール」
「おいおい。子供はお酒を飲んじゃいけねーぞ?」
「......。」
シバは再度、ジト目になって男を睨んだ。
性別と違い、年齢を証明するものを持ち合わせていないのだ。
ちなみに帝国では年齢が十を過ぎれば、あとは自己責任で酒を飲んでいいため、その価値観でシバは注文した次第である。ビーチック国はさらに緩く、酒に関しては年齢制限が無いのだ。
が、中年男は大人の良識として、シバの未発達な身体にはよろしくないだろうと思い、料理だけ注文を受けることにした。
「はぁ。それにしてもトノサマリバイアサン、どうにかして俺らの海から追い出せねぇかな~」
すると、隣の席に座っている漁師と思しき中年男性が、その隣の男と会話していることにシバは気づく。
料理が出るまで特にすることのないシバは、その話に耳を傾けた。
「?」
「本当だよな。なんでSランク指定のモンスターがこっちの海域に居んだよ」
「俺が聞きてーわ。おかげで漁もままならねーし」
「困ったよなー」
聞けば、どうやらこの港町の近くに、トノサマリバイアサンが出たらしい。被害は漁に止まらず、他国との貿易や輸送にも影響が出ているのだとか。
シバは金貨を一枚取り出して、そんな男たちの前に置いた。
「お?」
「金貨?」
「その話、詳しく」
二人はシバの存在に気づき、遠慮なく金貨を受け取ってから話した。男たちは酒が入っているからか、意気揚々と答える。
「嬢ちゃん、もしかしてこの港町から他国に向かう気か?」
「私は男」
「残念だが、しばらくは無理だな。よくわかんねーが、トノサマリバイアサンっちゅーSランク指定のモンスターがこの辺に居るんだよ」
「たしか、少し前にここを発ったギワナ聖国行きの船を狙ったらしいな」
「あの船は呪具のような<三想古代武具>を積んでたからな~。何か引き寄せる物があったのかもしれねぇ」
「ま、その船もこの港町に戻ってこれてねぇから、どうなってるかわかんねーけど」
シバはここで思い出す。そういえば、ナエドコはギワナ聖国行きの船を護送していたっけ、と。傭兵として依頼を受け、その船に鈴木が乗っていることをシバは知っていた。
鈴木の死については、トノサマリバイアサンは関与していない。ギワナ聖国に忍ばせている諜報員からは、そのような話は出てこなかったからだ。
シバは疑問に思ったことを聞く。
「その船はトノサマリバイアサンから逃げ切ったの?」
「いいや? 詳しい話は知らねぇが、トノサマリバイアサンを撃退したってのは、どっかで聞いたな」
「撃退じゃなくて討伐してほしかったわ」
「それな~。ま、相手がSランクならしゃーないか」
「......。」
シバは熟考した。鈴木の実力であれば、トノサマリバイアサンといい勝負ができるだろう。現に同じくSランク指定の<屍龍>ドラゴンゾンビを討伐したのは、紛れもなく鈴木なのだから。
トノサマリバイアサンを撃退したということは、何かしら鈴木が活躍したはずである。そう判断したシバは、ガタッと急に席を立った。
そのシバの行動に驚いた二人は、美少女みたいな少年を見やった。
「ど、どうした急に」
「私がトノサマリバイアサンを狩ってくる」
「「はぁああ?!」」
男二人の素っ頓狂な声が、賑やかな店内に響く。
途端、騒がしかった空間がしーんと静まり返り、周囲の者はシバたちに注目する。
男たちはそんな周りの視線を気にせずに言った。
「じょ、冗談はよせって。冗談だよな?」
「じょ、冗談に決まってんだろ。ガキの言うことだぞ」
「本気と書いて“マジ”」
そんな三人の輪の中に、料理を運んできた中年が、その料理をシバの席に置いた。
「ほいよ、オムライスだ! 旗を付けてやってぜ?」
「それにこれはナエドコの友人として見過ごせない。友人として」
「な、ナエドコ?」
「巷で噂の<
シバは中年男を無視し、話をしてくれた二人も無視し、店の出口へと向かった。その際、ピンっと指で銀貨を弾いて、中年料理人へ投げ渡した。
店内に居る者たちは、そんなシバの目立つ行動に釘付けである。
「ぎ、銀貨?」
「友人の後始末......ワクワクしてきた」
「あ、ちょ、嬢ちゃん!」
「な、なんだったんだ、あの子......」
斯くして、シバの一人旅はもう少しだけ続くのであった。
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