閑話 とある女傭兵の過去 3
「また来ちゃった♡」
『......。』
時は遡ること、シスイの身を教会に預けてから六年後のこと。
レベッカは昨年、ここにやってきて、自身が預けた赤子が“シスイ”という名前であることを知り、また信仰心が篤い子であることも知った翌年のことだ。
レベッカはシスイという少女に会うことが密かな楽しみになっていた。
最初こそ、仕事で偶々近くを寄ったから、という理由で立ち寄っては、影からシスイを見ていたが、今はシスイが居る国の近辺で済むような依頼を受けている始末である。
本日もこうして、日中は修道女として勤しむシスイを、近くの物陰で見守るためにやってきた。
正直、ストーカーと言っても過言じゃない。
「あ、シスイを見つけたわ。ベンちゃん、静かにお願いね」
『へいへい』
レベッカは<討神鞭>にそうお願いして、傭兵稼業で培ってきた技術により、気配を完璧に遮断した。こんなことで、プロの実力を発揮しないでほしいと願う<討神鞭>である。
そう、レベッカはシスイのことが気になってしまったのだ。
シスイはそんなレベッカを知らずに、鼻歌交じりに日々の仕事に取り掛かっている。
「はぁ......天使......。また可愛くなっちゃって......」
『......。』
レベッカのうっとりとした様子を見て、<討神鞭>は呆れ果てていた。
度々、シスイに近づいては、こうして陰で観察しているのである。何が面白いのかまったく理解できない<討神鞭>だった。
故に聞いてしまう。
『なんでいつも陰で見てるだけなんだよ』
「え?」
『気になるなら話しかけてこいよ』
「だ、駄目よ。なに馬鹿なこと言ってるの」
『え、ええー』
レベッカは<討神鞭>を手に取って、自分と目を合わせるように、自身の顔の近くへと持ち上げた。
「いい? あの子と私は済む世界が違うの。平気で人を嬲り殺しするような私とは違うの。ほら見て。今もあんなに楽しそうに草むしりをしているわ。私じゃあんなこと絶対にできない」
『そ、そうか』
「それにこの世に神が居ることを心の底から信じているわ。信じて、祈って、人々の幸福を願っている......もうほんっと尊い」
『......。』
<討神鞭>は、レベッカがシスイに向ける視線が、もはや他人に向けるそれとは違う気さえした。
レベッカはシスイが自身とは対極の人生を歩んでいることを、密かに誇りに思っていた。あの時、自身が生かした赤子がこうして立派に、今を生きていることに満足していたのだ。
だからシスイの綺麗な人生を、穢れた自分なんかで汚さないように努めた。
故に陰では見守っていても、会って話そうとは思わなかった。
「それに......私はあの子の両親を殺したわ。会う資格なんて無い」
そう、寂し気に語るレベッカを、<討神鞭>はただただ黙って見ることしかできなかった。
*****
「今なんて?」
「シスイを聖女に推薦しようかと」
とある日、レベッカは優しげな笑みを浮かべるアデルモウスと話していた。
相手は数年前、レベッカがまだ赤子だったシスイを預けた者である。シスイの観察とは別に、近況報告として色々と聞いていたレベッカだった。
神父は相も変わらず、どこまでも穏やかな雰囲気で語った。
「実は私、もう時期、クーリトース大聖堂へ異動することが決まりまして。枢機卿の地位に就きます」
「あらそう」
「それで、シスイには私と一緒に異動してもらおうかと考えています。できれば聖女という職位で」
「......。」
神父の言葉に、レベッカは冷ややかな視線を向けた。
「これは私の偏見だけど、教会って表と裏の顔を持ち合わせているじゃない? 教会の中で地位を上げてしまえば、あの子はそんなドロドロした環境に身を投じてしまうのよね」
「はは。聖職者である私に真っ向からそれを言いますか」
「あの子には幸せになって――」
「違いますね。あなたはシスイに生き方を強要しているだけです」
「っ?! ち、ちがッ――」
「どこがでしょう? こう思っているのでは? 慈善を惜しまず、誰かのために生きて、笑顔で居てほしい。そしてそれを幸福なことであると思ってほしい。そんな“綺麗”な人生を送ってほしい、と」
「わ、私は別に......」
「認めましょう。あなたの仰る通り、教会は表と裏でやっていることが全く違います。しかしシスイには聖女として、“表”の部分の象徴となってもらいたいのです」
「......あなたの方があの子に生き方を強要しているじゃない」
「ええ。しかし同時に、これは運命だと確信致しました」
「は?」
神父アデルモウスはそう言い、外の景色を眺めた。
「あの子の信仰心は本物です。心の底から祈りを捧げ、世の中の平和を望んでいる......。酷く透き通っていて、穢れなんて微塵も無い。教会の光として、これ以上ない適任者です」
「......だから聖女にするのかしら?」
「はい。このまま美しく清らかでいてほしいと思います。故に、教会の醜く悍ましい部分には触れさせない。そのことを誓います」
「......。」
アデルモウスの真剣な眼差しを受けて、レベッカはそっぽを向いた。そして歯噛みしつつ言う。
「あの子が望んだことなら......かまわないわ」
シスイにとって親でもなんでもない自分が、いったい何を言っているのだろうと、レベッカは内心でやり場のない苛立ちを覚えるのであった。
シスイにあそこまで愛情を注いでいた肉親を奪った自分が、シスイの為などと言ってはならないのだ。
レベッカは大人しく引き下がるのであった。
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