第336話 清らかな存在なんだから浄化されるわけない

 「ふーん? そういうことがあったんだ」


 「はい......。ガブリエール様にはなんとお詫びしたらよろしいのか......」


 現在、僕とシスイさんは大聖堂のとある部屋、大天使の石像がある場所に居た。ここで毎朝、聖女さんは<善なる極光>という力で穢れを祓うのだが、その穢れの対象とされていた僕は、こうして五体満足で、この場に立っている。


 一言で言ってしまえば、僕はこれからも聖女さんの護衛として側に居ても、なんら問題無いことが証明されたのである。


 透明人間になって女の子の側に居るとか倫理的にどうなの、って話はさておき、少なくとも大天使的には信用できる存在となった僕であった。


 「シスイちゃんのせいじゃないよ。悪いのは、教会の裏に居る連中だ」


 「しかし......」


 「それにそこに居るが何とかしてくれるんでしょ」


 おい、“性獣さん”ってもしかしなくても僕のことか。せめて“聖獣”って呼んでほしい。


 僕はガブリエールさんをジト目で見つめながら言った。


 「何とかするというか、調べたいことがあるのは僕も一緒です。でも護衛を任されただけですから」


 「女神の片足が本物かどうかは、さすがにシスイちゃんの言葉だけでは信じられないけど、連中は必死なんでしょ? なら否応無しに、敵の対処をしないといけないはず」


 「うっ」


 「あと魔法根絶計画というのも気になるな。人の力でそんなことができるとは思えない」


 ロリ天使は魔法なのかわからないが、宙に浮いたまま、顎に手を当てて考え事をする素振りを見せた。


 僕はそこで気になっていたことを聞くことにした。


 「あの、気になってたんですが、大天使様は女神クラトに仕えるお方ですよね?」


 「一応ね」


 「“一応”?」


 「いや、実際、女神クラトに会ったこと無いから知らないし」


 え、無いの? どういうこと?


 僕のその疑問を察してか、ロリ天使さんは語った。


 「実はさ、この国はギワナ教の確立と共に成り立った国なんだよね。で、私が居る“天界”では、『なんか一箇所に人がすげぇ集まって国作ろうとしてる』とか問題になり始めて、この国の統率を私に任せたわけ」


 “天界”とか聞き捨てならないワードが出てきたけど、まぁ、良しとしよう。


 「でも実際、私がこの国に来た時は、既に人々の信仰心は女神クラトに向けられていて、私が入る余地なんか全く無かった」


 「な、なるほど」


 「そこで、国の統率となる役目を果たすためにも、私は女神クラトに仕える大天使だって謳って、こうして多くの人の信仰の対象になっているんだ」


 言い方はアレだが、要は女神クラトの人気を利用したってことか。


 というか、


 「女神クラトを天界の方たちが知らないとは?」


 「いや、そんな女神居ないんだよ。過去に存在したとか、調べてもそれっぽい記録は出てこなかったし」


 『どういうことだ? どうやって信仰の対象になったんだ、女神クラトはよ』


 『知りませんよ。謎は深まる一方ですね』


 「め、女神様は必ずいらっしゃいます!! 常に私たちを見守ってくださるのです!」


 と、女神クラトを信仰する聖女さんの前で、僕らが不躾な話をしていると、彼女に怒られてしまった。


 ま、まぁ、女神なんて居ないとか言われたら嫌だよね、信仰している人的には。


 するとロリ天使は僕の方へ寄ってきて、後ろへ周り、僕の両肩に手を乗せて囁いた。


 「そこで、私もそろそろ女神クラトについて知りたいと思っていたし、調査を頼むよ」


 「調査自体はかまいませんが――」


 などと、僕が言い掛けた時だ。


 ガブリエールさんが幾分か低い声音で言う。


 「正直、ギワナ教に裏があることは薄々わかっていたことなんだ。でも私はあの石像ぼたいから離れることができない。シスイちゃんが私から離れた所に居ては守れないんだ。......頼むよ」


 「......。」


 まだ会って間もないというのに、こんな怪しい身なりの僕に頼み込むほど、打つ手が無いのか。


 まぁ、きっと調査している途中で、ばったり敵と遭遇しちゃって大事になる可能性は無くはないか。


 「できる限りのことはします」


 「ん。私も完全には君を信用したわけじゃないから、それくらいがちょうどいいかな」


 そう言って、ロリ天使は僕の頬に軽くキスをした。


 キスをした(大切なことなので二回言いました)。


 「っ?!」


 『ちょ!! てめぇ、なにしてくれとんじゃ!!』


 『『ああ!』』


 「ふふ、前払いみたいなものだよ。大天使の口付けなんて一生に一度有るか無いかだね」


 そんな僕らのやり取りを見てたシスイさんは、顔を両手で覆って、指と指の隙間からこちらを覗いていた。また耳まで真っ赤にしている様子も見受けられる。


 「な、ななななんと破廉恥な?! 赤ちゃんデキちゃいますよ?!」


 「『『......。』』」


 「見ての通り、性知識は皆無だ。の知識は豊富なのにね」


 上手くねぇーよ。



*****



 「殺しちった」


 「「「......。」」」


 ここ、クーリトース大聖堂の地下施設にて、ガープンが悪びれた様子も見せずに、謝罪の言葉を述べた。


 これは鈴木二号がガープンによって殺されて間もない時のこと。


 ガープンは鈴木二号の生首だけ手にして、それをバフォメルトを筆頭とした<堕罪教典ホーリー・ギルト>の面々に見せた。


 無論、全員、鈴木二号の首を本物だと思っている。


 「こ、殺しちゃったってあんた......どうするのよ、女神様の御御足は?」


 「しゃーねーだろ。情報吐かせる前に死んじまったんだもん」


 「人選ミスじゃな」


 「はぁ。これは致し方ありませんね」


 ガープンの失態に、一同は深い溜息を吐いた。


 そんな四人の下へ、とある人物が現れる。


 「それは......<口数ノイズ>の生首か?」


 「あ、アデルモウス枢機卿......」


 アデルモウス枢機卿と呼ばれる男は、真っ白な仮面を身に着け、漆黒の外套を纏う怪しげな人物だ。一同は枢機卿の登場に、身を強張らせた。


 枢機卿はガープンの手に握られている鈴木二号について言及すべく、ガープンの下へ歩み寄った。


 「ガープン、たしか貴様に此度の件は任せていたはずだが......しくじったか?」


 「っ?! ち、ちげぇ!――」


 ガープンがそう言い欠けた、その時だ。


 アデルモウス枢機卿がガープンの首を掴んだ。


 「がはッ?!」


 「言い訳か? 女神様の御御足にいったいどれほどの価値があると思っている」


 ガープンの首を握り締める力は徐々に増していき、ガープンは苦しそうに悶えていた。しかしアデルモウスはガープンの首を掴んで釣り上げたままだ。


 「貴様の無意味な戦闘狂よくのせいで我々の計画に狂いが生じたぞ。どうするつもりだ? んん? そこまで戦いたければ、私が今から直々に――」


 「アデルモウス枢機卿、どうかお許しください」


 すると、いつの間にかガープンとアデルモウス枢機卿の間に、バフォメルトが割って入ってきた。バフォメルトはガープンの首を掴む、アデルモウスの腕にそっと自身の腕を当てて言う。


 「必ずや、女神様の御御足は取り返してみせます」


 「......ふッ」


 アデルモウス枢機卿は釣り上げたガープンを、まるでゴミを捨てるかのような素振りで放り投げた。


 「ぐぁッ!!」


 「次は無い」


 「ありがとうございます」


 頭を深く下げるバフォメルトを他所に、アデルモウスは告げる。


 「今日、私がこの場に来た理由は他にある。――来い」


 そう短く言うと、この暗闇にも等しい地下空間に、コツコツとヒールが床に打ち付けられる音が響いた。


 新たにこの場にやって来たのは、一人の女であった。


 ウェーブのかかったブロンドヘアーが特徴的で、女性らしい起伏に富んだ美しい体躯の女性。身体のラインがはっきりするようなタイトドレスに身を包め、腰には真紅色の鞭を携えている。


 その女は――レベッカだ。


 「紹介しよう。傭兵のレベッカだ。<口数ノイズ>とこの国にやってきた。――懲りずに、また聖女の顔を拝みに来た愚か者だ」


 そんなアデルモウス枢機卿のどこまでも見下すような物言いに、レベッカは何も言わなかった。

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