第335話 <善なる極光>

 「ナエドコさん、覚悟はいいですね?」


 『『マスター、やはりやめましょう。マスターが死んだら哀しいです』』


 『完全に消滅しちまったら、あーしの【固有錬成】でも治せるかわかんねーぞ』


 『苗床さん、短い間でしたが、お世話になりました』


 全員、そこに並べ。ぶん殴ってやる。


 現在、日の出を迎えた今、僕は聖女シスイさんに連れられ、大聖堂の中のとある部屋にやってきた。


 ここは女神クラトに仕える大天使の石像があるところで、他には何もない殺風景な空間である。その石像の後ろには大きなステンドグラスがあり、陽の光がそれを通して、真っ白な石像を彩っていた。


 今からここで、聖女さんは日課である<善なる極光>を浴びる模様。


 透明人間の僕は、この場に聖女さん以外誰も居ないことを確認した上で口を開いた。


 「あのですね、勝手に人のことを邪悪なる者って決めつけないでくれません? その<善なる極光>を浴びたって問題ありませんよ」


 『フリか?』


 『フリでしょうね』


 フリじゃねぇーよ。


 「も、申し訳ありません。たしかに一般人の方であれば、大した影響はありません。一般人の方であれば」


 なんで二回言った。


 聖女さんは、これ以上何も言うまい、と大天使の石像の前に行き、その場で片膝を着いた。両手を豊満な胸の前で組み、目を瞑って、透き通るような声で言う。


 「大天使ガブリエール様、聖女シスイです。知らず知らずのうちに罪を犯していることを、どうかお赦しください」


 そう言葉を紡いでいると、ステンドグラスによって彩られていた石像が白く光り始めた。その輝きは徐々に強まっていき、僕の視界を白一色で埋め尽くす。


 「うっ」


 『まぶしゃ?!』


 『『目がぁぁぁぁああ!!』』


 『目を閉じてなさい』


 やがて石像から発せられる眩い光は終わりを迎え、何事も無かったかのように、天使像は聖女さんの前にあった。


 いや、違う。


 「ちょっとシスイちゃ〜ん。今日はどうしちゃったのー」


 天使の石像の上に、一人の少女が腰掛けていた。


 少女は腰まである薄緑色の長髪の持ち主で、紺碧色に輝く宝石のような瞳をしている。インヨとヨウイくらいの見た目だろうか。


 服装は古代ローマのトガみたいな代物だ。ただ身体に布を巻き付けているだけって感じで、若干露出が際どい。ロリで良かった。


 特筆すべき点といえば、少女の頭上に浮かぶ光の輪っかと、腰から生えた三対六翼を広げている様だ。


 おそらくアレが、聖女さんの言っていた大天使ガブリエールなんだろう。どこか興味深そうにこちらを見下ろしているのが、如何にも人類より高みに位置する存在と言わんばかりである。


 「が、ガブリエール様?!」


 すると、聖女さんが素っ頓狂な声を上げた。


 石像の上に腰掛けている高慢そうなロリを見上げて驚いている感じだ。


 「こうして姿を見せるのは久しぶりだね〜」


 「え、ええ。前回、ご対面が叶ったのは半年程前のことでしたから......」


 「それで? シスイちゃん、気づいていない訳じゃないよね? 君の近くに居る奴」


 「っ?!」


 ガブリエールが、透明人間の僕をじっと見つめてきた。ば、バレバレか。


 僕は<ギュロスの指輪>の力を解除して、ロリ天使に姿を見せた。僕の姿を目にしたロリ天使は引き気味に言った。


 「うわ、キショ。そんなに呪具を身に着けて平然としているよ......」


 「はじめまして、苗床です」


 「名前も変とか......」


 う、うるさいな。


 ロリ天使は僕を見据えながら言った。


 「ストーカーさんかな? シスイちゃんが可愛いからって、やっていいことと悪いことがあるよ」


 「護衛ですよ。シスイさんが可愛いから、守らないといけないんです」


 「にゃ?!」


 シスイさんが僕の思いを受けて変な声を出した。


 が、僕にそれを気にする余裕は無い。このロリ天使......殺気をこちらに向けてきているな。そりゃあそうか。こんな怪しい奴が聖女の近くに居たらそうなるわ。


 ロリ天使はどこから取り出したのか、真っ白なラッパみたいな物を手にしている。


 「何が目的か知らないけど、今から審判を下すよ?」


 「<善なる極光>ですか? そっちの方が信用してもらうためにも、手っ取り早くて良さそうですね」


 「......まったく。いつの時代も罪の意識の無い人間ほど、面倒な奴は居ないよ」


 そう言って、ガブリエールさんは小さな口にラッパを付けて――吹いた。


 瞬間、そのラッパから出た音が、まるで何かの波動のようになって僕を襲った。


 激しい光が辺り一帯を照らし尽くすと同時に、一際暴風のような激しい風が吹き荒れる。そんな暴風に当てられたかと思えば、それは僕だけのようで、この部屋に掛けられている装飾品や、部屋の隅にある長椅子などには、なんら影響を見せなかった。


 『鈴木ぃぃいい!!』


 『『マスター!! 死なないでください!』』


 んでもって外野がうるせぇのなんの。


 やがて静けさを取り戻したこの空間は、静寂に支配されるのであった。しかしそれも束の間。最初に口を開いたのは聖女さんだ。


 彼女は僕が五体満足に立っている様を目にして驚愕する。


 「う、嘘......」


 本当です。


 どうやら彼女は、本当に僕が<善なる極光>を食らうと何らかのダメージを負うと思っていたらしい。


 驚きの声を漏らしたのは聖女さんだけではなかった。


 『お、おいおい。なんとも無いぞ? もしかして対策でもしたのか?』


 『マスター、これはズルでしょうか?』


 『マスター、どうやって<善なる極光>を受け流したのでしょうか?』


 受け流していないし、ズルしてないし、対策なんてしてないから。


 しかしただ一人、ガブリエールさんだけはこの結果に、早々に納得の言った様子を見せた。


 「ふむ。ラッパを吹いてわかったけど......これは珍しいね」


 その言葉に、聖女さんが声を上げる。


 「が、ガブリエール様、これはどういうことでしょうか? なぜナエドコさんは祓われないのでしょう。消滅してもおかしくない存在と思ってました」


 おい。その言い方だと、この結果に不満があるように聞こえてくるぞ。泣くぞ。


 ロリ天使は聖女さんの問いに答えた。


 「この少年は元から清らか過ぎて浄化されないのかな。呪われているのかって思うくらい清らかな存在と言っていい。......そしてそれとは別に、


 聖女さんも以前言ってたけど、呪われているのかって思うくらい清らかな存在の意味がわからない。


 呪われてんの? 清らかなの? どっち。


 しかしロリ天使の言葉を受けて、どこか思うところがあったらしい聖女さんは、同意するように言った。


 「そ、そういえば、初めてナエドコさんと出会ったときも、彼からは変わったオーラを感じました」


 「おそらくその直感は正しいよ。現に<善なる極光>を受けても無事だった」


 「ということは......」


 「ん。この少年は悪しき者じゃない」


 『こんな変態野郎が悪しき者じゃない......だと?』


 『俄には信じられませんね』


 『『何かの間違いではないのでしょうか......』』


 よし、お前ら表出ろ。相手してやる。


 そんな僕を他所に、聖女さんはこちらを見てから、ロリ天使の方へと視線を移した。


 「ね、念の為、もう一度だけ<善なる極光>をお願い致します」


 「......。」


 僕がそんなことを言う聖女さんを襲おうとしたら、少女姿になって出てきたインヨとヨウイに全力で止められるのであった。

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