閑話 <幻の牡牛> 4

 「よかった、ズッキーは無事、聖女さんの護衛をできそうだね」


 「うん」


 夜更けに宿へ戻ってきたミーシャは、サースヴァティーと状況報告を交わしていた。


 サースヴァティーはミーシャが来るまで、ベッドの上で書物の山を漁っていたのだが、それも単独で調査していたミーシャが帰ってきたことにより中断された。


 ミーシャは湯を沸かし、茶を淹れる準備をしながら状況報告を続けた。


 「それで? ズッキーに接触してきた敵の情報は?」


 「<堕罪教典ホーリー・ギルト>が直々に動いたみたい」


 「......。」


 サースヴァティーの言葉に、ミーシャはつい動きを止めてしまった。


 <堕罪教典ホーリー・ギルト>。それがギワナ教の裏で暗躍する者たちの総称だと発覚したのは、そこまで古くない情報であった。


 無論、その存在を知る者は極僅か。情報収集の面で長けている<幻の牡牛ファントム・ブル>が知ったのもつい最近のことである。


 先日、鈴木と聖女シスイを襲った黒装束の集団が、<堕罪教典ホーリー・ギルト>に属していた確認も取れている。


 しかしミーシャが気にした点は、<堕罪教典ホーリー・ギルト>の幹部が動いたということ。


 「幹部のうち、誰がズッキーを?」


 「<愛憎の悪魔>だね」


 「ガープンか」


 ミーシャの言葉に、サースヴァティーは首肯する。


 「運が良かった部類だろうね。ガープンは頭が悪いって情報入ってたし」


 「ね。実際、ズキズキから女神の片足の情報を吐かせないといけないのに、つい熱くなって殺しちゃったらしいよ」


 「はは、馬鹿で助かる」


 ミーシャは淹れた二人分のコーヒーをサースヴァティーが座っているベッドの下に持っていき、うち一つを彼女に手渡す。


 「砂糖は?」


 「これでもかってくらい入れてるよ」


 「よろしい! コーヒーは甘くないと!」


 「で? さっそく今日から透明人間になって、聖女の下に居るのかな?」


 「うん。でも本当は今日、レベッカとデートするつもりだったらしいよ」


 「で、デート? それは初耳だな。というか、日頃、隙あらばワタシの胸や尻を触ろうとするくせに、平気で他の女とデートするとは......なんて節操のない男なんだ」


 「なに、嫉妬ぉ?」


 「ぶふッ」


 ミーシャ、サースヴァティーの思わぬ口撃に、口に含んでいたコーヒーを軽く吹いてしまった。


 滅多なことを言うもんじゃない、と返したくなったが、先程の自身の発言も聞かれ様によっては嫉妬していると思われても仕方ないので、責めることができなかった。


 そんな動揺を禁じ得ないミーシャを、サースヴァティーは面白そうにニヤニヤしながら見つめた。


 「ほうほう。よっぽどズキズキが気に入ったみたいだね、うちのボスは」


 「うっ。あ、外でボスっていうの禁止って言ったよね」


 「逃げた〜」


 「はっ倒すよ?」


 こほん、と軽く咳払いしてから、ミーシャは話題を戻した。


 「ズッキーが聖女の護衛をこのままできそうなのはいいとして、ちゃんとアレを渡したんだよね?」


 「“アレ”?」


 「え゛」


 サースヴァティーが思わず聞き返してきたことに対し、ミーシャは間の抜けた声を漏らしてしまった。


 そんなミーシャの冗談を言っている場合じゃないと言わんばかりの顔を見て、サースヴァティーは思い出す。


 聖女の護衛にあたって、鈴木に渡しておかなければならなかった魔法具を。


 「さ、サースヴァティー......君、もしかして......」


 「......。」


 齢六百年のドラゴン、沈黙する。


 サースヴァティーは懐のポケットから、話題に上がった魔法具と思しきアクセサリーを取り出した。


 これはミーシャから事前に渡されていた魔法具だ。


曰く、この魔法具を身に着けていれば、自身が罪深き邪悪な者でも、聖なる裁きを受けることは無い、という今回の件では、なんとも都合の良い代物である。


 その魔法具は真紅に輝く宝石が埋め込まれたネックレスだ。


 そしてそれは、少女の小さな手のひらにあった。


 「わ、忘れてた......」


 「サースヴァティー!!」


 ミーシャ、今までに見せたことが無いほど、動揺を隠せずに声を荒らげる。


 「ど、どうするのさ?! それが無いとズッキー、<善なる極光>で焼かれるよ?!」


 「ど、どどどどどどうしよ! 完全に忘れてた! ミーシャ、【転移魔法】で渡してきて!!」


 「大聖堂内部は無理だよ! 近隣周辺もあの一件で厳重に警備されているし、そう簡単には侵入できない!」


 「<幻の牡牛ファントム・ブル>のボスなのに?!」


 「人には向き不向きがある! あと組織名とボスを言わないで!」


 ミーシャ、今年一と言っても過言じゃないほど慌てふためく。


 もう数時間で朝を迎える。そして日の出と共に、聖女は<善なる極光>を浴び、穢れを祓われる。


 その時が鈴木の最期だ。最悪、鈴木の存在が邪悪過ぎて、消滅する可能性だってある。ミーシャたちが何をするにしたって、あまりにも時間が足らない。


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部二人は、せっかく見つけたお気に入りの人物が数時間後に処刑されることに嘆いた。そこに悪の組織に属する者の矜持は無い。必死そのものだ。


 サースヴァティーは部屋の窓辺へ向かい、窓を開け、その場に片足を乗っけた。


 「え、ええい! こうなったら私が龍の姿になって、ズキズキを攫うしか!!」


 「ストップ! ストップ!」


 「止めないでくれ、ミーシャ! この国を滅ぼしてでも、私はズキズキを助けねば!!」


 「落ち着いて! そう軽々しく大国を敵に回さないでくれるかな?!」


 やや二人でああだこうだ言い合い、時間と共に、若干の冷静さを取り戻す。


 「ど、どうしよ......ズキズキが死んじゃう......」


 「こ、これは可能性の話なんだけど、もしかしたらその魔法具が無くても、ズッキーならなんとかなるかもしれない」


 「え?」


 「<善なる極光>は邪悪な者にしか有効じゃない。ワタシや君みたいにね」


 「う、うん。そうだけど」


 「そしてその“聖”や“邪”という判定は、<善なる極光>を放つ聖者に委ねられている」


 「ま、まさかズッキーは<善なる極光>を食らっても無事だと思ってるの?!」


 ミーシャの言葉に、サースヴァティーは信じられないと言わんばかりに驚愕した。


 魔族姉妹やインヨ、ヨウイもそうだったが、どうやら<幻の牡牛ファントム・ブル>の二人も鈴木が邪悪な者であると信じて止まないようだ。


 ミーシャは続けた。


 「その可能性に賭けるしか......ない」


 「そ、そんなぁ......」


 場に重たい沈黙が訪れる。


 二人は何も言わないまま、鈴木という少年を信じようと頑張った。


 具体的には、過去の鈴木とのやり取りを思い出して、本当に鈴木は邪悪な者なのか、再び考え直すことである。


 二人は過去の鈴木の言動を思い出した。


 『ミーシャさんの裸を見たい』


 「「......。」」


 『レベッカさんが湯浴みや着替えをしないで寝ちゃったので、透明人間になれるタイミングが無かっただけですよ』


 「「.........。」」


 『今は僕が<ヴリーディン>の力で奴隷ですけど、ミーシャさんと立場が入れ替わったら、ドエロい仕打ちをしますから。覚悟しといてください』


 「「............。」」


 『くっ。僕の上に座っていただき......ありがとうございます』


 「駄目だ、あの少年が犯罪予備軍にしか見えない」


 「禿同」


 などと、鈴木が聞いたら泣くであろう会話をする二人であった。

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