第334話 ストーカーじゃないですよ、護衛です

 「シスイさん」


 「っ?!」


 僕が聖女さんの背後から声を掛けると、彼女は驚いてビクッと肩を震わせた。


 現在、クーリトース大聖堂に侵入した僕は、聖女シスイが一人になったところを見計らって、声を掛けることにした。


 彼女をストーカー行為――じゃなくて、陰から護衛することが目的だったけど、聖女さんの嘘が下手なせいで、それどころじゃなくなったのである。


 場所は大聖堂から少し離れたところにある丘の上だ。そこには腰の辺りから翼の生えた女性の石像があった。おそらく女神クラトの石像だろう。


 目に映る全てのものを夕日がオレンジ色に染める中、彼女はこの場へやってきたのである。聖女さんの手には、水の入った木製のバケツと布切れが握られていた。


 聖女さんは辺りをキョロキョロしながら問う。


 「だ、誰ですか?! 隠れてないで出てきなさい!」


 などと、気高く声を張る聖女さん。


 僕は周囲に人が居ないことを確認してから、<ギュロスの指輪>の力を解除して、姿を現す。


 「な、ナエドコさん?!」


 「鈴木です」


 『自己紹介のときにナエドコって言ったろーが』


 あ、そうだった。


 「え、え? す、スズキさん?」


 「あ、いや、えっと、どっちでもいいです。どっちも僕の名前みたいなものなので......」


 「で、ではナエドコさん」


 ナエドコか......。


 「な、なぜここに?」


 「実は少し前からシスイさんの跡を付けてまして」


 「な?!」


 僕の返答に、聖女さんは驚愕をあらわにした。


 「さ、最低です! まさかそこまで見境ないとは思っていませんでした!」


 「ご、誤解です! 僕はただあなたを護衛するために、透明人間になって近くにいたんです!」


 「透明人間?! ということは、私が身を清めていたときも?!」


 「、その時は居ませんでした!」


 『誤解を解いて安心させろよ。なんで不安を募らせること言ってんだ』

 

 という、妹者さんの尤もなツッコミを食らいつつ、僕は聖女さんに頭を下げた。


 「黙ってこんなことをしてごめんなさい! ただシスイさんのことが心配で、見守らせていただきました!」


 「っ?!」


 「できれば、これからもしばらくの間、護衛をさせてください!」


 誠心誠意謝罪と懇願の意を示すと、彼女からの反応が全くないことに気づき、僕はそっと頭を上げることにした。


 すると聖女さんの顔が真っ赤に染まっていることに気づく。


 ゆ、夕日のせいじゃないよね?


 「わ、私のことを心配して......そ、そうですか。でしたら、こうして正直に話されたことに免じて、不問に付します」


 『なんだこのチョロい奴』


 だ、大丈夫か、この人。僕が言うのもなんだけど、そうホイホイとストーカー行為を許して。ちょっと心配だ。


 「しかし私を護衛とは......その、あの日、私が地下から女神様の御御足を持ち出したことはバレていないのですよね?」


 「いや、シスイさんの嘘が、その、下手で......バレる可能性があります」


 「?!」


 僕の言葉に、聖女さんは酷く驚いていた。


 それからなぜこういう話になったのか、事情を聖女さんに説明すると、彼女は再び顔を赤くしていった。


 ふ、沸点低いな......。


 「も、もしかして、聖女である私が、好んでゲテモノ料理を食すことも知られてしまったのですか......」


 『気にする所そこ?』


 「え、ええ。まぁ、はい」


 「そ、そんなぁ......。アバロウ教皇しか知らなかったのに......」


 『こ、この危機感の無さは少し注意せねばなりませんね』


 禿同。でも聖女さんがゲテモノ料理を食べていたって、僕は普通にその口にキスできるね。


 だってシスイさんは美少女だから。Dキスとか余裕だわ。なんなら唾液かもんってとこよ。


 ああ、そうか。それが聖水ってやつか。なるほど。


 「はぁ。もう過ぎたことを気にしても仕方ありませんし、これからのことを話し合いましょう」


 そう言って、聖女さんはここへ持ってきたバケツの中に、布切れを入れた。


 布切れはまだあり、僕はそのうちの一枚を手に取って、彼女に倣うように先程と同じく水気を絞って、石像の前に立った。


 「で、こちらの石像を水拭きするんですか」


 「はい。......えっと、よろしいのでしょうか。手伝っていただいて」


 「大したことじゃありませんし」


 「ありがとうございます」


 「では分担しましょうか。僕は胸部と臀部をやりますので」


 「すみません、やはり石像に触れないでください」


 『罰当たりが』


 『『マスター、石像にセクハラするほど切羽詰まっているのでしょうか』』


 はは、冗談だよ。あと切羽詰まってるとか言うな。哀しくなるだろ。


 布切れで石像を拭きながら、今後のことについて話すことにした。


 「シスイさん、先程も言いましたが、あなたが狙われている可能性があります」


 「うっ。護衛していただけるのは、嬉しいのですが、その......近くに姿の見えない方が居るのは少し......」


 『やっぱ落ち着かねーよな』


 『ストレスですよね、こんなのが常に近くに居ると思うと』


 その言い方はなんか傷つくな。


 しかしシスイさんは魔族姉妹とは違った受け答えをした。


 「その、男性女性関係無く、私は清く正しいお方であれば、是が非でも護っていただきたいです。まだ聖女を続けたいので......」


 彼女の言う、清く正しい人、というのがどこか意味深だ。なぜそこまで“在り方”に拘るのだろうか。


 僕がそんな疑問を抱いていると、彼女は続けて言った。


 「えっとですね......そもそも護衛が難しいと思います」


 「護衛が難しい?」


 「はい。実は、私は毎朝、大聖堂の中にある天使像の前で礼拝しておりまして......」


 「それが?」


 「その際、聖女である私に向けて、邪気や穢れを祓う光――<善なる極光>をお放ちになります。その力で、この身を日々守ってくださるのです」


 なんだ、<善なる極光>って。


 詳しい話を聞けば、聖女という職は、邪気を集めやすい体質らしい。その邪気とは、人の怒りや嫉妬、苦しみ、呪い、将又、人の死による霊魂の依存であったりと様々だ。それらの邪気は、聖女であるシスイさんに向けられるようで、それを浄化して国の安寧に繋げているのだとか。


 シスイさん、ちゃんと聖女しているんだな......。


 聖女さんはそれからどこか言いにくそうに、歯切れが悪い様子で言った。


 「つ、つまりですね、えっと......邪悪な者ほど、その効果が強くなります。ナエドコさんが常に私の側に居ると......その光を私が浴びた瞬間、おそらくあなたの身は焼かれます」


 「......。」


 『マジかよ......』


 『今回の任務、無理じゃないですか......』


 『『マスター......』』


 「最悪、消滅という可能性も......」


 皆して嘆いているところ悪いけど、一つ言わせてもらおうか。


 勝手に人を“邪悪な者”って決めつけんな。

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