閑話 とある女傭兵の過去 2
「まさか中央都市までこの子を連れてくる羽目になるとは......」
『だーから言ったろ。見殺せばよかったんだ』
とある貴族の殺害依頼をこなしたレベッカは、その依頼を受けた傭兵ギルドのある国にまで、報酬を受け取るため戻ってきていた。
この往復にかかった期間は約半月。戻ってきた時間帯は入国時間ギリギリの夜間帯であった。
大通りを歩くレベッカの足取りはどこか重たい。行き交う人々にぶつからないように気を付けている。
レベッカは疲労から顔色を悪くしていたのだ。
もちろん、仕事によるものではない。
育児のせいである。
「『......。』」
依頼先で屋敷の人間諸共惨殺したレベッカだったが、ひょんなことから殺害対象の領主から赤子を預ってしまった。
道中、村や小さな町に立ち寄ったレベッカだが、どこも赤子を任せられるようなところではなかった。領主の屋敷から近い村以外の村は、モンスターか賊にでも襲撃されたのか、地図から消え去っていたのである。
赤子を置き去りにできる最適な場所が見つからず、こうして中央都市にまで連れてきてしまったレベッカだった。
そんなレベッカの苦労を知らず、赤子は何度も何度も泣いた。
大声で泣く赤子のあやし方など知らないレベッカはその度に苦労した。特に食事や排泄はストレスの極みであった。何度、その辺に捨てようと迷ったことか。
が、それでもレベッカは赤子を捨てることができなかった。
「......まぁ、もうここまで来たのだから、地獄みたいな育児も終りね」
『ほんっと何で赤ん坊の面倒なんか見てんだか』
「もう、また小言ぉ?」
レベッカは<討神鞭>とそんな会話をしながら、傭兵ギルドへ向かう前に、この中央都市の教会へと向かった。
まさか赤子を、酒やら煙草やらで汚染された場所に連れていく訳にはいかない。教会なら適当な理由で身寄りの無い子を引き取ってくれるだろう。
最悪、教会周辺の目立つ所に置き去りにしてもいい。
やってきた教会はとてもじゃないが、大きい場所ではなかった。今が夜間帯ということもあってか、人気の無さに、レベッカはどこか切なさを感じながらも、赤子を抱きかかえて教会の人間を探した。
そして教会の中に入ると、この空間の最奥、祭壇付近に立っている男と出会った。
男は神父の恰好をしていた。年は二十手前だろうか。やけに若々しい男である。整った容姿に、見るからに清楚な雰囲気を纏っている。教会の者だろう。神父は口を開く。
「おや? こんな夜遅くにお祈りですか?」
「こんばんは。生憎と神は信じてないの」
神父は目をぱちくりとさせていたが、それも束の間。苦笑しつつ、不躾なレベッカに応じる。
「ふふ。神を信じていないのに、このような場に来るとは面白いですね。何か御用でも?」
「ええ。悪いけど、この子を引き取ってくれないかしら?」
「この子?」
そうしてようやく、神父はレベッカが抱きかかえている赤子の存在に気付いた。
「ここは孤児院も併設している教会なので、預ることは可能ですが......あなたの子ならご自身で育てなさい。向ける愛情は大きくなくていいですから」
「私の子じゃないわよ。知り合い......というわけじゃないけど、そいつが死ぬ前に、この子を私に押し付けたの」
「それはまた......」
「私は職業柄、子育てなんてできないわ。どこか適当な所で捨てるか、誰かに押し付けるか、の二択よ」
神父はレベッカの言葉を疑うことなく、なにやら顎に手を当てて考える素振りを見せた。
そして提案する。
「わかりました。そういうことであれば、こちらで預かります」
「そう、助かるわ」
レベッカは神父に赤子を預けた。神父は大人しい赤子を優しく抱きかかえた。
短い間だったが、赤子と過ごした日々に未練は無い。故にあっさりと引き渡すかたちとなった。
そんなレベッカの素っ気なさに、神父は思わず言ってしまった。
「よろしければ、またこの国を訪れた際には、この教会に寄ってください」
「え?」
「あなたは旅人......この国に留まるお人ではないのでしょう?」
「ええ、まぁ、そうね」
「この子とあなたにどのような縁があるかわかりませんが、この子の命を今日まで繋いだのは紛れもなく、あなたです」
「私は別に......」
「きっと子の成長を見れば、親ではなかろうと感動しますよ」
「......。」
レベッカは神父に抱きかかえられている赤子を見つめた。赤子は神父のことをじっと見つめている。
なんとなく、だ。そう、なんとなくで、レベッカは返事をしてしまった。
「そう......ね。気が向いたら、またここに来るわ」
「はい。お待ちしております」
そう言い残し、レベッカは来た道を戻るのであった。
******
「なんとなく来ちゃったわ」
『......。』
レベッカが再び教会にやってきたのは、最初に訪れてから約五年後の月日が流れたときのことだ。
偶々、仕事で近くを寄ったので、神父の言葉を思い出し、そういえばあの赤子はどうなったのかしら、と気になった次第である。
そんなレベッカに対し、<討神鞭>は呆れて何も言えなかった。
「あれからかなり経つけど、元気にしているかしら?」
『知らん。てか、顔わかんのか?』
「う、うーん。神父に聞く?」
『はぁ......』
興味本位で教会にやってきたレベッカは、辛うじて神父の顔は覚えていたため、そこでまた近況を聞こうかと思っていた。
教会に足を運んだ時間帯が昼間ということも手伝って、人伝いに神父がどこに居るのかを聞くことができた。神父は客人が来た知らせを受けて、レベッカと対面する。
あれから月日が大分経ったというのに、神父の纏う雰囲気は全くと言っていいほど変わっていなかった。
「久しぶりね」
「えーと......あ、ああ! もしや五年前、この教会にシスイを預けた方ですか?」
そういえば名乗ってなかったかも、と反省するレベッカは、神父の言葉に応じた。
「レベッカよ。傭兵をやっているわ」
「レベッカさんですね。私はアデルモウスと申します」
「それで? “シスイ”って? もしかして......」
「ええ。あなたが連れてきた子の名前です」
レベッカはあの日、拾った赤子のことについて何も知らなかった。知ろうともしなかった。故に教会が赤子に名前を付けたのだろう。
「シスイ......良い名前ね」
「ええ。シスイはとても良い子にしていますよ」
そう言って、神父はレベッカについてくるよう促した。神父に連れられれてやってきた場所は、教会から離れた丘だ。
そこには翼の生えた女の石像――女神のような神秘さが感じられるものがあった。所々欠けている箇所があるものの、手入れが施されているのが見受けられる。
そんな石像の前に、一人の少女が両膝を着いて、手を組んでいた。
橙色の美しい長髪を風に靡かせ、微動だにせず祈りを捧げている様を見て、レベッカは思わず立ち止まってしまった。
神父はレベッカに告げる。
「あの子がシスイです。毎日この時間はああやって、熱心にお祈りしています。まだ若いというのに、あそこまで信仰心のある子はそういませんよ」
「......そう」
レベッカはシスイのことを何も知らない。しかしひと目見て感じてしまった。
この子は自分と違って綺麗だ、と思ってしまった。
ただそれだけだ。それだけの感想を抱いたレベッカであった。
少女の纏う雰囲気が、今まで大切に育てられたという身なりが、神に祈る信仰心が――そのどれもが、レベッカの今までの人生に無かった。
一言で言ってしまえば、住む世界が違う。
シスイの親が過去に汚職で罪を犯したとしても、少女にはなんら関係の無いことであったと思えるほど、酷く澄んだ存在であった。
この子なら真っ当に生きることができる。そう思ったレベッカだ。
「せっかくですので、シスイとお話しでも――」
「いえ、結構よ」
「え?」
「......失礼するわ。あの子をこれからもお願い」
そう言い残し、レベッカは踵を返すのであった。
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