第332話 動く死体? いいえ、鈴木です

 「サースヴァティーさん」


 「うふぉう?!」


 後ろから声をかけたら、美少女が出しちゃいけない声を口から出した。


 現在、ガープンと二号の戦闘を終えてから、僕はサースヴァティーさんの下へ来ていた。場所はギワナ聖国の中でも有名なカフェ店。日中の今、店内は人で賑わっていた。


 そんな中、彼女は優雅に読書しながらお茶していた。まったく、僕は少し前まで教会の刺客と戦っていたというのに。


 彼女は僕が居ることに気づいていなかった

らしく、変な声を出してしまったようだ。まぁ、透明人間のままだったから、そりゃあ驚くか。


 サースヴァティーさんは背後に居る僕の方へと振り返った。僕が声をかけたことで、気配で感じたのか、透明人間である僕と目を合わせるように、こちらを見やる。


 「ず、ズキズキか。びっくりさせないでよ」


 「すみません」


 「まぁ、後ろから胸を揉んでこなかったことは褒めてあげる」


 「フリですか?」


 「ごめんなさい」


 ロリババアが素直に謝ってきたので、僕はこれ以上言わず、彼女の向かいの席に座った。サースヴァティーさんは、そんな僕を目で追いながら言う。


 「私たちに接触してきたってことは、教会の連中への工作は上手くいったのかな?」


 「ええ、まぁ、一応」


 「? やけに元気無いね。どうしたの?」


 サースヴァティーさんは僕の顔が見えていないというのに、まるで目にしたかのように察した口調で言ってきた。


 僕はなんとなしで答える。


 「別に大したことじゃないです。ただ自分が目の前で、嬲り殺される様を見るのは初めての体験でしたので」


 「あ、ああ~。それはその......辛い思いをさせちゃったね」


 「「......。」」


 「む、胸でも揉む? 私のでよければだけど......」


 どんな慰め方だよ。


 「サースヴァティーさんのはいいです。本題に入りましょう」


 「すごい傷ついたんだけど。勇気振り絞ったのに、言葉のナイフで切りつけられたんだけど」


 サースヴァティーさんが僕をジト目で睨んでくるが、気にせずに話を続けた。


 「この後、僕はどうすればいいのでしょう? 実は予定があることを思い出しまして」


 「予定?」


 「はい。護送依頼で同伴してくれたレベッカさんとデートします」


 『こいつ、マジで頭イカれてんな』


 『先程までの落ち込み具合はどこに行ったのでしょうか』


 うるせぇんすよ。


 しかし僕の言葉に反論したのは魔族姉妹だけではない。サースヴァティーさんもだ。


 「デート?! ズキズキは仕事より自分のことを優先するの?! 私たちがやっていることは世のため人のためなんだよ!!」


 闇組織の人間がなんか言ってる。


 「声大きいですよ。誰かに聞かれたらどうするんですか」


 『安心してください。このロリババア、会話を始めてから周囲に防音結界を張ってます』


 「大丈夫、さり気なく対策してるから」


 「あ、さいですか」


 「で?! 責任感足りてないよ?!」


 「いや、僕は真っ当な人間ですし、あなたたちと一緒にしないでください」


 「どこが真っ当な人間なの!! 股間で物事を考えているくせに!」


 「それは関係無いでしょう」


 『まずは否定しなさい』


 ああ、そうだった。


 僕の前で御年六百年のロリババアが可愛らしくぷんすか怒っているが、全然怖く見えないのは気のせいか。


 が、そんなサースヴァティーさんの意見に同意したのが魔族姉妹であった。


 『しかし苗床さん、このロリババアの言う通り、できれば早いとこ、私の足について調査しておきたいのも事実です』


 「うっ」


 『まぁ、あんな連中のことだ。姉者の足で何してたか知らねぇが、人様に言えねぇーってことくらいは確実だろうしな』


 う、うーん。魔族姉妹が僕の身体に寄生してまで成し遂げたい目標の一端が見えたんだ。やっぱり優先度上げないといけないよなぁ。


 仕方ない。レベッカさんとのデートは諦めよう。僕は潔く諦めることにした。


 「はぁ。わかりました。とりあえず、レベッカさんにはドタキャンすることを伝えて、それからサースヴァティーさんたちの依頼に協力します」


 「“どたきゃん”?」


 「土壇場でキャンセルする、という意味です。で、ミーシャさんはどちらに?」


 「ミーシャは情報集めしてる」


 「サースヴァティーさんはサボってるんですか」


 「いやいや。私はズキズキと合流して打ち合わせするという大切な仕事があるんだよ。というか、私は調査に向いていないタチだから、単独で情報集めすることを許可されてない」


 まぁ、闇組織の人間とは思えないくらい単純そうな人という印象はあるな。


 「今、失礼なこと考えなかった?」


 「いえ、全く。ちなみに僕の役目ってなんでしょ」


 「ああ、ちょっと護衛を任せたくてね」


 「透明人間の僕に?」


 「うん」


 護衛? 誰のだろ。


 そんな疑問符を頭上に浮かばせていると、サースヴァティーさんは護衛対象の名を挙げた。


 「シスイだよ。聖女シスイ」


 「な?! 合法ストーカー行為ですか!!」


 『すげぇパワーワード出た』


 『どう足掻いたって犯罪行為ですからね』


 「い、一応、透明人間のまま護衛してもらうから、犯罪には変わりないんだけどね」


 「はい、透明人間だから、何をしてもバレないと思います」


 「いや、最低限の道徳は持ち合わせてよ」


 「ああ、聖女さんの生着替えシーンとか、身を清めるシーンを間近で拝めるなんて......」


 「駄目だ、全然人の話を聞いてくれない」


 『安心しろ、あーしらがそんなことさせねぇーから』


 などと、妹者さんが冷静にツッコミを入れるが、もちろんサースヴァティーさんには彼女の声は聞こえていない。


 こうして僕はギワナ聖国でも護衛依頼をすることになったのであった。帝国では皇女さんを護衛したけど、まさかこの国でもするとはな。


 余談だが、この後、レベッカさんと予定していた待ち合わせ場所に向かった僕であったが、いつまで経っても彼女が現れなかったので、致し方なく、そのまま護衛をすることになった。


 レベッカさん、約束をすっぽかす人じゃないのに、どうしたんだろ。

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