閑話 しばの はじめての なかまあつめ

 「シバ、あなただけが頼りよ。他の<四法騎士フォーナイツ>も、なんならオーディーも連れてっていいから、ギワナ聖国で調査してきて!」


 「それは流石に無理」


 シバは泣きついてきたロトルを、若干面倒くさそうに思いつつも、命令されたことに対して忠実に従うことにした。


 帝国皇女の命令はこう。


 ギワナ聖国に行って、マイケルの生死を確認すること。


 以上であった。


 シバは皇女の執務室を出た後、独り静かに呟く。


 「ギワナ聖国までは長い旅になる。一人は寂しい」


 <暴風の化身>、地味に寂しがり屋さん。


 「よし。他の人を誘ってみよ」


 シバは、流石に<四法騎士フォーナイツ>全員を動かせるとは思っていなかったが、もう一人くらいはいけそうな気がしたので、声をかけることにした。


 まず一人目、育ての親であるミルに聞く。


 シバは、ミルが昼過ぎから日が暮れるまで、訓令兵に指導していることを知っていた。ちょうど今がその頃合いなので、訓練場に向かった。


 「む? ギワナ聖国に......調査しに行くだと?」


 「ん。殿下の勅命」


 ミルはヘルムを被っていないが、重装備で訓令兵たちに指導をしている最中だった。


 相も変わらず巨体の持ち主で、ただその場に居るだけでも重圧感が漂うが、男は全身甲冑姿ということもあって、その存在感は一入であった。


 ミルは頬を指先で掻きながら、苦笑いを浮かべる。


 「アレか......ナエドコの死についての調査か」


 「そ」


 「確かに気にはなるが、さすがに私も日々の職務で忙しいからな......」


 「......駄目?」


 「うっ」


 シバ、渾身の上目遣いで、育ての親に請う。エメラルド色の瞳を潤ませて、ミルを見つめた。


 そう、シバは鈴木との戦い以降、自身が置かれている状況を正しく理解し始めていた。


 きっかけはシバに対する鈴木の言動の数々。ムムンからは、利用者の少ない深夜帯に大浴場を使用すること、と義務付けられ、マリからは、あまりナエドコさんにべたべたしないで、と妬まれて、ようやく気づいたのだ。


 私、もしかしたら美男子?と。


 どちらかと言えば、限りなく美少女の方が近い。


 が、現にこうして今まで持ち合わせていなかった愛嬌を振りまけば、相手の心は揺らいでしまう。それくらい、シバは魅力的な少年であった。


 <陽炎の化身>のマリ、顔負けかもしれない。


 「そ、そんな目で私を見るな。私は行かないぞ」


 「......。」


 しかしミルは鋼の精神をもって耐えきった。育ての親は誰よりも自分に厳しかったのである。


 「それよりシバ。ムムンから最近、お前が訓練をサボっていることを聞いたぞ」


 「......気のせい」


 それどころか、カウンターまで狙ってきた父親だ。さすが帝国騎士随一の実力者。


 シバはジト目になって、そんな父を見上げた後、回れ右をした。


 「あ、こら! まだ話は終わってないぞ!」


 「用事を思い出した」


 「嘘吐け!!」


 シバは訓練場を立ち去った。



******



 「マリ。一緒にナエドコに会いに行こう」


 シバは帝国城にあるマリの部屋を訪れて、扉をノックした後、部屋の主に声をかけた。


 帝国内で名実共に最上位に位置する<四法騎士フォーナイツ>には、それぞれ城内に部屋が割り当てられている。


 そしてマリは自室に籠もっていた。


 『推しが死んだんだよ。ほっといて......』


 「......。」


 引き籠もっていた、という表現が正しい。


 そう、マリは鈴木の訃報を受けてから、数日間、自室に引き籠もっている。


 帝国が誇る諜報員の実力は確かだ。死ににくい体質の鈴木が死んだという情報は、マリにとっては信じ難いものであった。


 が、同時に、マリは鈴木と協力して、<黒き王冠ブラック・クラウン>の親玉であるオムパウレと<4th>を相手に戦った。


 その過程で鈴木の体内には魔族の核があり、それが無いと致命傷を治すことができないという事実も、マリは理解していた。


 故に鈴木の死は決してあり得なくなかった。


 「その死が本当かを確かめに行く」


 『......でも無理。マリはギワナ聖国には行けない』


 「なぜ?」


 『宗派が違うから』


 「?」


 シバ、ここで疑問符を頭上に浮かべる。


 マリが何かを信仰していることを知らなかったからだ。普段の様子からも、特に敬虔にしている感じは見受けられなかったので意外だった。


 「知らなかった。マリは信仰心があったんだね」


 『うん。“ナエドコ教”のね』


 「え゛」


 シバの口から間の抜けた声が漏れる。


 しかしマリは何かを閃いたかのように、大声を上げた。


 『そうだ! ナエドコさんは死んだんじゃない! ちゃんとマリの心の中で生きてる! 死ぬはずがなかったわ!』


 「......。」


 それでもって、やべぇ発言をし始めた。


 部屋の中に居るマリが、なにやらドタバタと物音を立てながら、部屋の外、シバの居る下へと近づいてくる気配が感じられた。


 そして部屋の扉は勢いよく開かれ、目の下に出来たクマが目立つマリが出てくる。


 「シバも一緒にナエドコさんを崇拝――ってあれ? 居ない?」


 己の危機を察知したシバは、いつの間にか立ち去っていた。



******



 「ん? ナエドコの死が本当かどうか調査しに行くって?」


 「そ」


 シバが次に向かったのは、帝国城内にある中庭だ。


 そこには帝国騎士団総隊長であるオーディーがベンチの上に寝そべって、仕事をサボっていたようなので、声をかけた次第である。


 最初は<四法騎士フォーナイツ>の誰かを同伴者に選んでいたシバであったが、ミル、マリに断られたので手詰まりだった。あと一人、ムムンを誘おうか考えたシバだが、ものの数秒でその考えに諦めがついた。


 ムムンは鈴木の名前を口にしただけで、眉間にシワを寄せる人物である。誘う以前の話だ。


 オーディーは相も変わらず、飄々とした様子で答えた。


 「遠慮しとこうかな〜」


 「なぜ?」


 シバが小首を傾げて聞くと、オーディーは苦笑しつつ答えた。


 「行く意味が無いからね」


 「どういうこと?」


 「シバはギワナ聖国にナエドコが死んでないか、調査しに行くんだろう?」


 「ん」


 「俺は調査せずとも大体見当ついてるからさ〜」


 シバは目をぱちくりさせて、驚いた様子を見せた。


 <隻眼>のオーディーは聡明な騎士であった。鈴木の生死の件については、他の情報と照らし合わせて色々と察することができたらしい。


 シバはオーディーの意見を聞こうと口を開きかけたが、オーディーが口元に人差し指を当てて遮った。


 「あのワガママ殿下から命令されたんでしょ〜。なら俺の意見なんかどうでもいいよ。ま、俺から言えることは、長期休暇と思ってゆっくりしてきたら?」


 そう言い終えると同時に、オーディーは立ち上がってその場を後にした。


 その後、シバは皇帝の執務室に向かった。入室の許可を得てから、現皇帝バーダン・フェイル・ボロンに姿を見せると、何用かと聞かれたシバである。


 シバは皇帝の近くに控えているムムンに向かって聞いてみた。


 「ダメ元で聞くけど、私と一緒にギワナ聖国に行って、ナエドコの生死を確認しよ」


 「死んでいてほしいと願っている」


 「「......。」」


 ダメ元はやはり駄目であった。


 そんなムムンの答えにならない答えを受けて、シバは一人でギワナ聖国に行くことを決意した。

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