閑話 帝国皇女は奮起する
「はぁ。マイケルに会いたい......」
「......。」
帝国皇女、ロトル・ヴィクトリア・ボロンは、執務室にて、机に突っ伏していた。
美しい金色の髪の端をくるくると指で弄りながら、何度目かわからない鬱憤を漏らしている。
窓から見える外の景色は青空一色に染まっているというのに、本日の帝国皇女の気分は雨模様。意中の相手と会いたくて会いたくて仕方が無かった。
が、それでも少女はこの国の頂点である皇帝の娘。弱音なんか吐いている場合ではない。
そう、全ては帝国をより良い国にするため。
鈴木と交わした約束を果たすため。
故に帝国皇女は本日も頑張ろうと執務に勤しんでいた。
「少々休憩されてはいかがでしょうか」
そんな主人を傍らで見守っていた女執事バートは苦笑する。
バートは黒を貴重とした執事服に身を包めるも、女性らしい凹凸に富んだプロポーションをしていた。その女性らしい起伏の何割かを、主人に分けてあげた方がいい程に。
ロトルは軽く伸びをした後、バートの気遣いに甘えた――その時だ。
部屋の扉がノックする音が聞こえ、ロトルは応じる。
『殿下、報告したいことがある』
「シバ? 入って」
珍しくやって来た人物の声を聞いて、ロトルは頭上に疑問符を浮かべた。
執務室に入ってきたのは、一人の少女――ではなく、少年。灰色のショートヘアが特徴で、エメラルド色に輝く瞳はクリっとしており、愛らしい少女にしか見えないが少年だ。
その者の名はシバ。皇族直属の護衛騎士である<
少年だ。
相も変わらず無表情で、何を考えているのかわからないというのが、ロトルとバートの素直な感想である。
「今、大丈夫?」
「ええ。ちょうどお茶しようと思ってたところよ」
「ならよかった」
シバは軽装だが、<
ティーカップの中にはロトルのお気に入りのハーブティーがあり、湯気が立っている。
「それで、報告したいことって?」
ロトルは香りを楽しんだ後、一口飲んでから、シバにそう聞いた。そしてまた一口飲む。
シバはハーブティーを冷ますように、息を吹きかけながら答えた。
「死んだみたい」
「「?」」
「ナエドコが」
「ぶふぉ!!」
「ちょ!!」
ロトルはすぐ傍に居た女執事に、口の中に含んでいた茶をぶっかけてしまった。
あまりの出来事にバートは取り乱してしまったが、執事として、主が汚してしまった部屋の掃除に取り掛かろうとする。
そこに鈴木の訃報による動揺は無い。全く動じていないと言えば嘘になるが、冷静に考えれば、鈴木の死ににくさはそれなりに知っているので、そこまで驚くこともなかった。
むしろ冷静で居られなかったのはその主人、ロトルである。
ロトルはバートにハンカチで口元を拭かれながら、シバを問い質した。
「どういうこと?! マイケルが死んだってどういうこと?!」
「殿下、少し落ち着いて」
「あなたが落ち着き過ぎなのよ?!」
などと、血走った目でシバを睨む帝国皇女。それでもシバは平然と口を開いた。
「まずナエドコがこの国を発ってから、どこに行ったか知ってる?」
「え、ええ。隣国のビーチック国でしょ」
「ん。そこで傭兵稼業を始めたみたい」
「あ、ああー。レベッカもたしかビーチック国に行ったから、あの女の影響かしら?」
「たぶん。それで、ナエドコは護送依頼を受けて、ギワナ聖国に向かったらしい」
「っ?! ぎ、ギワナ聖国って、あの怪しさてんこ盛りの国じゃない!」
鈴木がなぜ、何の為に、ビーチック国からギワナ聖国へ向かったか、帝国が把握しているのは、帝国の諜報員が密かに情報を集めていたからだ。
鈴木に限ったことではないが、周辺国家の情勢を常に把握することは、大国にとって当然である。偶々、というほどではないが、傭兵稼業を始めてから有名になった鈴木の情報が入ってくることは、そこまで意外なことではなかった。
「ナエドコは護送案件を済ませた後、ギワナ聖国で何者かによって殺された、と情報が入った」
「そ、それは確かなの? 実際に戦ったことのあるシバならわかってると思うけど、マイケルはそう簡単に死なないわよ?」
ロトルは半信半疑といった様子で、若干声を震わせながら言った。
「ん。私もナエドコは死んでないと思う」
「じゃ、じゃあ――」
「でもギワナ聖国に忍ばせている諜報員の知らせを疑うのは、帝国の者としてどうかと思う。曖昧だったのが気になるけど......」
「そんな......」
「どうする? 殿下」
「......。」
シバは何かを提案することもせず、ただ未来の女帝に判断を委ねた。
新たな情報が入ってくるまで大人しくしているか、もしくはギワナ聖国内の諜報活動に、更に力を入れるか、それとも――
「......そう、よ」
「「?」」
シバとバートはロトルが呟いた言葉を聞き取れなかった。
ロトルは――帝国皇女は決意を口にした。
「戦争よ!! ギワナ聖国、潰すわ!!」
「「......。」」
少し前、王国との戦争を止めるために必死だった皇女の勇姿はどこへ行ったのやら。
シバたちの説得で止まらなかった皇女は、すぐさま父親に直談判するが、呆気なく追い返されるのであった。
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