第331話 チート無し日本人が異世界に行ったら

 「ははは! なんだこいつ! めっちゃ弱ぇ!」


 「マジで白銀貨一枚の首してんのかよ!!」


 「楽勝すぎだろ!! ぎゃはははは!」


 「『『......。』』」


 現在、僕は人気の無い空き地にて、悲惨な光景を目にしていた。


 僕の目の前では鈴木二号が蹲っている。そんな二号を三人の悪漢が蹴りつけているのだ。


 透明人間になっている僕は、その状況を少し離れたところで眺めている。当初の予定では、少しの間、二号だけ戦わせて、どれくらい戦闘能力があるか測ろうとしていた。


 が、ミーシャさんの言う通り、本当に二号は戦闘力皆無だった。


 ワンチャン、僕が愛用している【固有錬成】まで使えないかなって思ったけど、そもそも二号の身体には、今まで倒してきた敵から得た核が無い。魔族姉妹すら不在の身体だから、魔法なんか全く使えない。


 日本人が何も力を持たずにやってきたら、なんにもできないことがよくわかる光景だ。こんなリアル浦島太郎見たくなかったな......。


 「僕は君らに身体を作り変えられたことに対して、これほどまでに感謝したことないよ」


 『そろそろ助けねぇーと死ぬぞ』


 ということで、僕は二号を助けることにした。


 というか、魔族姉妹に全任せである。


 『【紅焔魔法:火炎龍口】!』


 「「ぐあぁぁぁああ!!」」


 「な、なんだ?! 魔法?!」


 一応、二号が魔法を発動したように、できるだけ二号の近くで魔法陣を展開してもらうよう、魔族姉妹に調整してもらった。


 その甲斐あってか、妹者さんの魔法攻撃を喰らわなかった一人の悪漢が、二号の反撃と見てめちゃくちゃ驚いている。


 他二人は焼かれながら逃げていった。妹者さんの火加減の賜物である。


 「く、くそがッ!」


 と、無事に残った悪漢は、腰に携えていた短剣を手にして、その切っ先を二号の胸に刺した。


 「あ」


 『やば!』


 『【氷牙】』


 「ぐはッ!」


 二号が致命傷を受けたことにより、間の抜けた声を漏らす僕、慌てた様子の妹者さん、冷静に【氷牙】で敵を吹っ飛ばす姉者さんと三者三様だった。


 どうしよ、教会の連中に接触する前に死にかけちゃった。


 「み、ミーシャさんにもっかい造ってもらう?」


 『軽いな、おい!!』


 『落ち着きなさい。おそらく、妹者が【固有錬成:祝福調和】を使えば、傷は癒えますよ』


 「え、なんで?」


 『あ、そうだった! あーしのスキルは対象の情報を知ってりゃあ使えたんだった!』


 あ、ああー! そういえば、そんな発動条件だったな。現状、僕しか治せなかったから、肉体の情報さえあれば、他人も対象にできることを忘れてた。


 つまり、妹者さんは既に“鈴木”という肉体の情報を持っているため、複製体の鈴木二号にも使えるのである。


 妹者さんがスキルを発動させ、二号の傷を完治させる。


 『よし、上手く行ったな!』


 『ふむ。これだったら妹者の【固有錬成】だけ戦闘には活用できそうですね。死ににくい感じを演じられそうです』


 そう姉者さんが言いかけた時だった。


 「お? やっぱ本物の<口数ノイズ>か?」


 「っ?!」


 どこからともなく、一人の男が現れた。


 そいつは先程、姉者さんが【氷牙】によって吹っ飛ばして倒した悪漢の隣に立っていた。


 細マッチョで高身長の男だ。目つきが悪く、獰猛な笑みを浮かべて二号を見つめている。人を見た目で判断するのは良くないが、そいつのギザ歯が印象的で、見るからにガラの悪そうな男だった。


 特筆すべきは男が纏う雰囲気。禍々しい邪悪なものを煮詰めたような雰囲気だ。そいつを見ただけで、思わず身の毛がよだつ程に。


 『教会の連中か?』


 『でしょうね。苗床さん、念の為、口を開いちゃいけませんよ』


 わかってる。


 僕は事前に決めていたことに従った。


 後は魔族姉妹と二号の力だけで、あのヤバそうな奴を相手にする。


 そいつはニタニタと笑いながら、こちらに近寄ってきた。


 「最初はよぉ。あの雑魚どもで様子見してたんだが、全然反撃しねぇーから、偽物と疑っちまったぜ」


 『こいつ、どこかで見てたのかよ』


 「でもそこで寝ている奴の短剣で胸を刺されても、一瞬で怪我を治したのを見て確信したわ。本物だってな」


 そいつはポケットに手を突っ込んだまま構えること無く、こちらに近づいてくる。無防備に見えて、全く隙が無いことくらい、素人目の僕からでも感じ取れた。


 「ああ、べらべら喋っちまって悪ぃな。これじゃあ、どっちが<口数ノイズ>かわからねぇよな!」


 「『『っ?!』』」


 男はそう言い終えると同時に、一瞬で二号の前に現れた。


 は、速いッ!


 二号は反応することなく、男の突き出した拳を顔面に食らって後方へ吹き飛ばされた。


 すぐさま妹者さんが【祝福調和】で、生きてるのか死んでるのかわからない二号の傷を完治させる。


 『身体能力を強化してないであの力かよ。【祝福調和】でコピるか』


 『お願いします』


 「ひゅ〜。良いの入ったのによく立つなぁ! ってもう傷を治したのか! ははは! 最高じゃねぇか、おい!!」


 男は先程と同じく、二号に殴りかかった。しかし今度の二号は敵の身体能力を自身にコピーしている。そのおかげで、二発目を食らっても耐えられた。


 「お? さっきより頑丈になったな――」


 『【紅焔魔法:螺旋火槍】!』


 「――あぶね?!」


 妹者さんが放った魔法を、男は身軽に避けて、二号から距離をあけた。


 「はは! 無詠唱で死角から攻撃たぁ、やるじゃねぇの!」


 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】』


 今度は姉者さんが魔法を発動する。地面から無数の氷の棘が突き出て、男に襲いかかった。


 が、


 「んなもん効くかぁ!!」


 「『『っ?!』』」


 男は地面を思いっきり踏みつけて、その衝撃波で【氷棘】を破壊した。そしてその余波で辺り一帯に爆風にも似た激しい風を巻き起こした。


 『マジかよ?!』


 『......意外と強そうですね』


 「はッ。もっと俺を楽しませてくれよ、<口数ノイズ>さんよぉ」


 「......。」


 「あ? だんまりか? あ、俺ぁガープンってんだ。お察しの通り、教会の者で〜す(笑)」


 ふざけた様子で言う男は、ガープンというらしい。


 ガープンは一切会話に応じない僕に対し、つまらなさそうな顔つきで言った。


 「なんだよ、俺みたいに戦闘中は口数が増すやつじゃねぇのかよ。全然楽しくねぇな。いいか? 戦いってのは、“オーケストラ”なんだよ!!」


 またもガープンは一瞬で二号との距離を縮め、上段蹴りをしようと片足を浮かせた。


 が、姉者さんがそれを逸早く察して、【螺旋氷槍】を放つ――その時だ。


 突如、僕らの視界が何かによって塞がれた。


 「っ?!」


 『ぶあ?!』


 『くッ!!』


 それは何かの液体で、やや温もりのあるものだ。僕は慌てて片腕で目元を拭う。拭った腕を見れば......それは血だった。


 「おらよぉ!!」


 ガープンは上段蹴りで二号を地面に叩き落とすように薙ぎ倒した後、そのまま二号の胸を蹴りつけた。


 そして気づく。ガープンの周囲に、血が円を描くようにして地面を染め上げていたことに。


 その血は、ガープンが握っているモノを見れば、一目瞭然であった。さっき【氷牙】で吹っ飛ばして意識を刈り取った悪漢――そいつのだ。


 ガープンがいつ、その首を刈ったのか知らないが、それを辺りに撒き散らしたのである。それで二号の近くに居た僕らの目にも、生首から流れ落ちる血がかかった。


 ......こいつ、マジか。


 『いつの間に......』


 『ちッ』


 魔族姉妹も唖然とする。


 つい先程、僕を殺す気でかかって来た悪漢を殺したことは、別に怒りを覚えるほどでもないが............やり方が腹立つな。


 二号を踏みつけているガープンは見下ろしながら語る。


 「戦いはオーケストラなんだよ!! いろんな音が流れてくる! 首を切ったら血がブシャーって! 骨を折るとこんな音が鳴る!!」


 そう言って、ガープンは二号の片腕を力強く踏みつけた。その勢いで、何かが折れて、千切れるという不快な音と共に、二号の片腕が鮮血を撒き散らしながら吹っ飛んだ。


 「良い音だろ!! なぁ! 悲鳴を上げてくれよ!! 聞かせてくれよぉぉお!!」


 ガープンはその後も、二号を嬲り殺した。


 二号は一切悲鳴を上げなかった。そりゃあそうだ。ミーシャさんのスキルで造った複製体なんだから。


 でも、


 「......最悪な気分だ」


 『『......。』』


 「ぎゃはははは!!」


 僕は眼前で自分が嬲られる様を、ただただ眺めているだけであった。


 そしてこの鈴木という人物の死は、ギワナ聖国に潜む各国の諜報員、および情報屋を通じて知れ渡るのであった。


 ――偽りの死ということは知られずに。

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