閑話 クーリトース大聖堂の地下深くにて

 「逃がした......と?」


 「申し訳ございません」


 ここ、クーリトース大聖堂の地下にある施設にて、二人の男の声がこの薄暗い空間に響いていた。


 二人が居る場所はただの何も無い空間だ。磨かれた石造りの床に、一定間隔で連なる太い石柱。ここは大勢の人間を集め、演説ができるほど広い。が、先述したように、この場には何も無い。


 何か儀式めいた空間のように思えるが、男たちの近くの柱に灯された一つの篝火だけが、怪しげに辺りを照らしている。一寸先も見えないほど暗く、冷気さえ感じる空間であった。


 「我々の計画には女神様の御御足が必要なのだぞ? 御御足を失っただけではなく、ここから持ち出した犯人すらわからないのか」


 「申し訳ございません」


 平謝りする男は、町中で鈴木と戦闘した者だ。しかしその者に戦闘時に負った怪我は見受けられない。


 名はバフォメルト。紺色の髪をオールバックで整え、銀縁眼鏡をかけた壮年である。整った顔立ちで、先程から頭を深々と下げているが、バフォメルトの顔に恐れや後悔の念といったものは無い。


 ただ事務的に頭を下げている気さえするような顔つきであった。


 そんな男に対する者は、奇妙にも真っ白な仮面を身に着けている。目も鼻も口も見当たらない真っ白な仮面を身に着け、漆黒の外套を纏っていた。


 会話からして、人相すらわからない男がバフォメルトよりも立場が上と見て取れるだろう。


 そんな男に対し、バフォメルトが言う。


 「あと少しでという所で邪魔が入りました」


 「......<口数ノイズ>か。まさか巷で噂の傭兵が関わっているとはな」


 「ご存知でしたか」


 「人伝だが、先程、監視をしていた者から報告を受けた。町中で戦闘を繰り広げてから、どこかへ去っていってしまった、と。......全く、揃いも揃って、対象を逃すとはどういう了見だ」


 「面目ございません」


 どこまでも坦々と謝罪を告げるバフォメルトに、男は呆れた素振りを取った。


 「聞けば、<口数ノイズ>はかなり奇抜な格好をしているようだ。まだこの国を出る前に探し出せ。そして女神様の御御足をここから持ち去った者を吐かせろ」


 「畏まりました」


 そうして純白の仮面を身に着けた男はこの場から立ち去るのであった。一人、この場に残ったバフォメルトは小さく呟いた。


 「<口数ノイズ>......帝国に真正面から喧嘩を売った者ですか。ふむ、興味深い。............三人とも、居ますか」


 「「「ここに」」」


 バフォメルトがそう呼びかけると、どこから現れたのか、三人の影がこの場に現れた。三人は頭を下げた状態で横に並んで登場した。しかし三者はすぐに体勢を崩した。


 そのうち、痩身であるが、鍛え抜かれた肉体で、成人男性の平均を優に超える身長の男が口を開く。


 「あの噂の<口数ノイズ>を殺せってかぁ? バフォメルトさんよぉ」


 名はガープン。その男は獰猛な性格な持ち主で、<口数ノイズ>の鈴木が自分たちに敵対行動を取っていることに歓喜していた。


 純粋にガープンは戦いを楽しむタイプだ。それ故に、帝国に真正面から喧嘩を売った馬鹿者で有名な鈴木に興味津々であった。


 そんなガープンに対し、隣に居る者――老人が口を開く。


 「これこれ。殺すにしてもお主の出番は無いぞ。なんせ殺し方が派手で後処理が面倒じゃからのぉ」


 老人の名はハンデス。小柄でありがなら、纏う雰囲気は不気味の一言に尽きる者だ。長く生やした白い髭を片手で撫でながら、その奥で下卑た笑みを浮かべている。


 そのハンデスの隣に立つ女――アズザエルが口を開いた。


 「私はパス。聞けば、<黒き王冠ブラック・クラウン>の壊滅や、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部を二人も撃退したらしいじゃん。関わりたくないね」


 見るからに嫌そうな顔をする女は、二十代後半と思しき若さだった。栗色の髪を短く切り揃え、髪の端を指先でくりくりといじっている。女性らしい起伏に富んだ容姿は、世の男を魅了する美貌であった。


 そんなアズザエルに、ガープンが煽るような笑みを浮かべて言った。


 「ああ? ビビってんのかよ、情けねぇ」


 「別に。面倒なことには関わりたくないだけ」


 「教会の裏で暗躍する儂らに関わってる時点で面倒じゃろう」


 「まぁまぁ。仲良くしてくださいよ」


 この場に現れた三者に対し、バフォメルトは苦笑しながら話題を戻した。


 「貴方たちを呼んだのは他でもありません。<口数ノイズ>から情報を聞き出してもらいたいと思います」


 「ひゃっほー!」


 「げぇ......」


 「それはかまわぬが、儂ら全員でか?」


 バフォメルトの端的な依頼に喜ぶガープン、嫌そうな顔をするアズザエル、懸念していることを聞くハンデスであった。


 ハンデスの問いに、バフォメルトは顎に手を当てて答えた。


 「いえ、できればあまり人員を割きたくないので、ガープン一人に任せようと考えてます」


 「おっしゃ! 任せとけ!」


 「三人でかかった方が確実ではないかのぉ」


 「だから私はパスだって......」


 「で、お二人には別の依頼を任せたくてですね」


 「「別の依頼?」」


 「はい。調査依頼です。どうにも今回の件、この地下から女神様の御御足を持ち出した者は後ろ盾を持っていそうでして」


 「まぁ、そう思うのも当然じゃな。儂らが留守の隙に実行したんじゃ。もしかしたら教会の裏でも外部に情報を漏らしている奴が居るやもしれん」


 「ふーん? じゃあ、私とハンデスでその調査をすればいいんだね」


 「お願いします」


 バフォメルトがにこやかに言うと、三人の影は早々にこの場を立ち去った。


 再び、ただ一人この場に残された男は、光の届かぬ天井を見上げて呟く。


 「ふむ、そう言えば、聖女が理由も告げずに外出していたと報告を受けてましたね。......探ってみますか」


 神聖な場である教会は、その裏に人知れぬ闇を抱えていた。ギワナ聖国の闇が、鈴木たちを襲おうとしていた。

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