第328話 キャッチボールじゃなくて壁当て
「では私はここで。送ってくださり、ありがとうございました」
「はい。また」
「気をつけてね」
「じゃあね〜」
現在、夕陽が沈みゆく中、僕、ミーシャさん、サースヴァティーさんはクーリトース大聖堂の近くの人気の無い場所に来ていた。インヨとヨウイは武具形態に戻ってもらって、<パドランの仮面>の力で異空間に収納させてもらった。
クーリトース大聖堂は一言で表現すれば、白亜の宮殿のような印象のある神聖な場所だった。ギワナ教の布教に伴い、建てられた聖堂のためか、そこまで築年数が経っておらず、真っ白な外観である。
そして驚くべきはデカさ。この大きさは地球に居た頃、ヨーロッパ地域にある大聖堂くらいデカい。近くで天辺を見上げていると首が痛くなるほどだ。また、ただデカいだけじゃなく、魔族姉妹によれば、様々な魔法結界が施されているとのこと。
例えば、ミーシャさんが得意とする【転移魔法】は、この大聖堂の中では発動することができない。転移の目印とする座標の取得も無理らしい。なんでも、相当高度な術式が組み込まれているそうで無理だとか。
だから大聖堂付近まで転移し、シスイさんを送り届けることにしたのだ。
「ナエドコさん、まだ完全にあなたを信用した訳ではありませんが、どうか女神様の御御足を悪い者たちから守ってください」
「はい」
「決して、その、せ、せい、せぃ......よくの捌け口にはしないように」
「わ、わかってますよ」
僕を何だと思ってんだ。姉者さんの片足でシコるとか、そこまで歪んでないわ。
で、ここに来た目的はミーシャさんを無事に教会に返すため。
この大聖堂の地下施設から女神クラト――姉者さんの片足を持ち出した後、彼女は外套に身を包んで、正体がバレないよう謎の連中から逃げていた。
しかし天啓に従ったとはいえ、聖女という役目を蔑ろにするわけにもいかない。そんな聖女という役柄、そんなものをいつまでも隠しておけるわけがないのだ。
そこで、女神の片足とやらは僕が預かることになった。
曰く、自分の直感を信じるとのこと。
どういう訳か、聖女さんは僕のことを、呪われていると思えるくらい清らかな存在と見ているようで、上手く説明できないみたいが、女神の片足を預けるくらいは信用できるみたい。
なんだよ、呪われていると思えるくらい清らかな存在って。こびりついた童貞臭のことか?
そんな勘より、危ないところを救った僕を評価しろよ。
「あの、もし何かお手伝いできることがあれば、是非頼ってください。未熟者ですが、聖女としてそれなりに顔は広いので」
するとシスイさんが僕に向かって、真剣な面持ちでそう言ってきた。
その、なんだ。ここに来る前、僕らは色々と話し合っていたのだが、この聖女さんからは女神様の天啓以外、有力な情報を得られなかったのである。
ミーシャさんが言っていた、ギワナ教の裏の顔――魔法を根絶しようとする思想について、聖女という立場の彼女は何も知らなかった。教会的にトップの立場の人間である彼女が、だ。
せっかくミーシャさんが彼女から信頼を得るために、質疑応答のキャッチボールを提案したのに、あちらに渡ったボールがちゃんと返ってこないとは、空しいことこの上ない。
だから彼女からもう聞けることは無いと判断し、教会へ送り届けることにした僕らであった。
で、その聖女さんは僕の力になると言ってくれてるし、お世辞でも返さねば。
「はい、その時は頼らせてもらいます」
僕がそう返すと、彼女は優しげな笑みを浮かべて、胸の前に両手を組んだ。
聖女に対してこう思うのはどうかと思うが、敬虔な祈りを捧げる様は本当に見惚れるほど美しい。
「女神様の御加護があらんことを」
その後、軽くお辞儀をした聖女さんは、僕らの下を去った。
僕はミーシャさんたちに振り返って聞いた。
「それで? なんでシスイさんが女神の足を持ち出せるように手助けしたんです?」
僕のその質問に、サースヴァティーさんはビクッと肩を揺らしたが、ミーシャさんは平然とした様子で答えた。
「はは。バレてたか」
「まぁ、話の途中で気づいた感じですかね。ミーシャさんたちは、ギワナ教の思惑を知りたかったようですが、大聖堂の地下については何も言及してなかったので」
「これは迂闊だった」
黙っていたことを見抜かれたのに、ミーシャさんはどこか愉快そうだ。
聖女の行動を手伝っていれば、必然と大聖堂の地下がどういった状態なのかを把握していなければならない。彼女たちは既にそれを知っているから、わざわざあの場で聞かなかったのだ。
聖女さんには気づかれないように、ね。
手助け自体は、結果的に姉者さんの片足発見に繋がったから別にいい。問題は別だ。
「どうやって、聖女さんの天啓を知ったんですか?」
「......。」
「黙秘権を行使する!」
僕の言葉に、ミーシャさんは笑みを作ったまま崩さなかった。サースヴァティーさんは......たぶん、龍種という誇り高い生物だから、嘘を吐けないということで、黙秘する気みたい。
そんな少女が下手に口を出さないよう、ミーシャさんが先んじて答えた。
「天啓は聖女のみ受けることができるからね。そんな彼女の手助けをしていたなんて、タイミングが良すぎると?」
「はい。それに教会から監視の目もあるから、しばらく大人しくするって言ってましたよね?」
「言ったね」
そんなミーシャさんの素気ない態度に、僕は密かに臨戦態勢へと入った。
殺気......を放っているつもりはないが、剣呑な雰囲気になったのは肌でわかる。そんな雰囲気を察してか、魔族姉妹も、いつでも対応できるように構えている感じがした。
僕は普段より幾分か低い声音で問う。
「何が目的ですか」
「怖い怖い。安心してよ。ズッキーと敵対するつもりは無いから。それに......その首輪がある限り、ワタシには勝てないよ?」
「他にやりようはあります」
これは賭けだが、決してハッタリなんかじゃない。
<ヴリーディン>が僕の肉体ではなく、精神に作用するものならば、魔族姉妹が僕の代わりに、この身体を使って戦ってくれればいい。
が、それでも二人の戦闘能力は未知数。サースヴァティーさんに至っては、魔族姉妹からしたら勝率は低いと以前言ってたし、真正面から戦うのは無謀だろう。
ミーシャさんは......正直わからない。
僕がそう考えていると、どこか観念したように、ミーシャさんが指を鳴らした。
「わかった。降参だ。ちゃんと説明するよ」
「『『っ?!』』」
突如、ミーシャさんが立っている横に、ある者が現れた。その者は――二人目のミーシャさんだった。
美しい薄桃色の長髪、線の細い華奢な身体、女性らしい凹凸は控えめだが、どことなく清楚な感じがあるミーシャそのものだ。
なんでミーシャさんが二人居るんだ......。
『そ、そっくりさんだ。もしかして......双子?』
『なに馬鹿なこと言ってんですか』
「これはワタシの【固有錬成】だよ。対象の人物を複数作り出すことができる」
「ズキズキと別れた後、ミーシャのスキルで私たちはギワナ教の監視役を撒いたんだ。連中が監視しているのは、私たちの複製体だね」
「で、ワタシたちがさっそく大聖堂の地下を調査していたら、聖女がやってきたのを発見してね。動向を監視していたら、そのまま成り行きで、陰から色々と手助けしちゃったってわけさ」
「あのシスイって子、意外とドジで、見てるこっちがハラハラしたよ〜」
なるほど。船の護送が終わった日にさっそく忍び込んだのか。それなら偶然、天啓を受けた聖女さんと鉢合わせするのも無理ないか。シスイさんは二人の存在に気づいていなかったみたいだけど。
そしてあの黒装束の集団の対処は、二人じゃ対応しきれなかったってことかな。
まぁ、事情はわかった。一応、話してくれた二人はまだ信じれる。
だから――。
僕はミーシャさんに向かって土下座した。
「お一人、
「「......。」」
『こいつ、どこまで腐ってんの』
『全然清らかな存在じゃありませんよ』
ミーシャさんが酷く冷めた目つきで僕を見下ろすのであった。
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