第327話 聖女シスイ

 「普段、クーリトース大聖堂に居る私は、いつものように女神様に祈りを捧げてました。しかし昨晩、祈りの最中に天啓を受けたのです」


 『姉者サマよぉ。この女はこう言ってるが、昨晩何してた?』


 『昨日はあなたたちと一緒に、寝ている苗床さんで、“鼻摘みゲーム”をしてました(笑)』


 「「あれは楽しかったと告げます」」


 待って。シスイさんの話の途中で悪いんだけど、こいつらの言う“鼻摘みゲーム”が気になって仕方がない。寝ている僕に何してんの。


 現在、人気の無い路地裏にて、僕、インヨ、ヨウイと闇組織に属しているミーシャさん、サースヴァティーさん、そしてこのギワナ教の聖女であるシスイさんは話し合っていた。


 内容は、姉者さんの肉体を取り戻すことに繋がる大切な話なのに、姉者さんが言った“鼻摘まみゲーム”という謎ワードのせいで、またも話が進まなくなった。


 “鼻摘まみゲーム”ってなんだ。もしかしなくても、寝ている僕の鼻を四人が順番に摘んで、誰が一番長く起こさずに鼻を摘めたか競ってたのか。全くルール知らないけど、名前からゲームルールが察せちゃうよ。


 なにしてんの、こいつら。


 というか、


 「インヨとヨウイはなんでここに居るの? 僕が<パドランの仮面>で異空間に送ったよね?」


 「「自由に異空間から出られることが判明しました」」


 え、ええー。そういう重要なことは先に言ってよ......。


 そういえばトノサマリバイアサン戦の時も、僕の許可無く異空間から出てきたな。あの時は助かったけど。


 「「マスター、私たちからも聞きたいことがあります」」


 「?」


 と、インヨとヨウイが僕にそんなことを聞いてきた。


 僕が続きを促すと、彼女たちは僕を見下ろしながら言った。


 「「なぜマスターは四つん這いになって、そちらの人に座られているのでしょうか」」


 ああ、このことか。


 そう、僕は今四つん這いになって、ミーシャさんの椅子になっている。ミーシャのスレンダーながらも程よい肉つきのあるお尻に敷かれているのだ。


 控えめに言って最高である。


 僕は二人に事情を話した。


 「これは<ヴリーディン>という呪具のせいでね。一定期間、ミーシャさんの言うことには逆らえないんだ。だから彼女が僕に椅子になれと命令したら、僕は椅子になるしか無いんだ」


 「いや、一回目は命令したけど、二回目の今は何も言ってないよ。自ら進んで四つん這いになったよね。『長話になりそうですし、どうぞ僕の上に』って言ったよね」


 「言いましたっけ?」


 『言ってたな』


 『言ってましたね』


 言ってたのか。


 僕は話を戻すべく、シスイさんに続きを促した。


 ちなみに彼女は突然この場に現れたインヨとヨウイの姿にびっくりしていたが、彼女は一度、少女たちが武具になるところ見ている。だから僕と少女たちの関係性については、ある程度察しているのだろう。


 「え、えっと、天啓の内容はこうです。『この大聖堂の地下にて、邪悪なる者たちが良からぬことを企てています。あなたはその計画を阻止するために、とあるモノを奪いなさい』と」


 「それが姉者さんの――じゃなくて、この片足?」


 「は、はい」


 僕はミーシャさんが手にしている片足を指して、シスイさんに確認を取った。ミーシャさんは姉者さんの片足を興味深そうに観察している。


 「ふむ。これが女神クラトの御御足か」


 「ちなみにその天啓とやらで、これが女神クラトの足と自分で言ったのですか?」


 「はい。当初、私も女神様の御御足が地下にあるとは思っていませんでした」


 「なるほど。あまりこういうのもなんですが、そもそも女神クラトの天啓とやらは本物ですか?」


 女神クラトの片足が、姉者さんの片足なら、必然とその女神クラトとは姉者さんを指すことになる。


 が、当の本人は全く記憶が無いとのこと。それはネームロスの呪いという、自分たちの名前を何者かによって失うことに伴い、記憶まで欠如してしまったことが起因している。


 そんな根本的な疑問があるのだが、話を聞けば聞くほど謎は深まる一方である。


 今までだんまりだったサースヴァティーさんが口を開いた。


 「本物......だろうね。まず、ギワナ教は歴史の浅い宗教だ。約百年前に勃発した第二次種族戦争が終結したすぐ後にできたんだっけ? それから今日まで、この国がここまで発展したのは、やはり多くの人間たちの信仰心を集めたからだろう。そしてその信仰心の核は、聖女の存在だ」


 「というと?」


 「女神の天啓を受けることができるのは聖女のみと言われている。現に聖女が天啓を受け、人々に提示したことで行動に変わり、実現され、発展してきた。全てはその天啓が導いた結果だよ」


 「ではその天啓ってしょっちゅうあるんですか?」


 「偶に......です。無い時は数年間無かったりと定かではありません」


 へぇ。その天啓って、本当誰のことなんだろ。姉者さんがこの片足を自分のと主張する限り、どうしても矛盾が発生するんだよな。


 シスイさんは話を続けた。


 「しかし現に私が大聖堂の地下にある施設に向かったところ、女神様のお告げ通り、本当に御御足があったのです」


 『大聖堂なんて神聖な場所の地下に、なんでそんな物騒な連中がいたんですかね』


 『知らん』


 「まぁ、あの黒装束の集団が追ってきたことを考えれば、ただの足じゃないってことはわかりますが......。そんなヤバい所からよく奪ってこれましたね」


 「は、はい。なぜか警備が手薄で......」


 謎だ。謎すぎる。でもシスイさんは嘘を吐いているようには思えないし。


 考えられるのは、何者かがシスイさんの行動を手助けしたくらいか?


 「あの、私からもよろしいでしょうか?」


 するとシスイさんが僕らに対して、そう聞いてきた。


 一応、彼女との質疑応答はキャッチボール方式のため、今度はシスイさんが僕たちに質問をしても問題無い。全て答えられるかは別だが。


 ミーシャさんが首肯して、シスイさんに続きを促した。


 「や、闇組織の方たちはいったい何を企んでいるのですか?」


 「あ、それを直接聞いちゃう?」


 「サースヴァティー、元々私たちの目的はシスイさんに伝える予定だったんだ。聞かれても何ら問題無いよ」


 「私に......伝える?」


 「ん。私たちの目的はね、ギワナ教の裏の顔――魔法の根絶を思想とする実態を知ることだよ」


 ミーシャさんは不気味な笑みを浮かべて、聖女を見つめた。


 彼女の瞳はどこまでも暗く、深い闇を感じさせる。そんな目で見られてない僕でも、思わず冷や汗をかいてしまいそうだった。


 魔法の根絶を思想とする思想......言葉通りの意味なら、ギワナ教は何か宗教的な考えで、魔法をこの世から根絶させおうと企んでいるのか。そんなの......異世界ラブな僕からしたら絶対に阻止しなくてはならない事件だ。


 今はこの場に、ギワナ教の中でもトップに位置する人――聖女さんが居るから、彼女ならその思想について聞き出せるかもしれない。


 聖女シスイはミーシャさんをじっと見つめ返した。その眼差しは力強く、たとえ眼前に悪が立ちはだかろうとも屈しない心意気を感じさせるほどに。


 そして彼女は口を開いた。


 「魔法の根絶計画...................................」


 「「「......。」」」


 真剣な面持ちに尋常じゃない量の汗を浮かばせて。


 「............とは、何でしょうか?」


 「「「知らないんかい」」」


 息ぴったりな僕らであった。

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