閑話 <パドランの仮面>

 「お、来たか」


 時は遡り、町中に居た鈴木が突如、黒装束の集団に襲われた時のこと。


 少女姿のインヨとヨウイは戦闘開始直前、武具の形態に戻って、鈴木が身につけている仮面――<パドランの仮面>の力で異空間へと収納された。


 武具状態でこの場に放り込まれたインヨとヨウイは、この異空間の中で再び少女の姿へと戻った。


 二人がやってきた異空間は、暗闇そのものだ。しかしそれは束の間。辺りの景色が一変して、どこか城のような内装を思わせる場所へと移り変わった。


 それでも辺りは薄暗く、奥へと連なる石造りの柱に掛けられた灯りが、淡い紫色の炎をゆらゆらと揺らす様が見受けられる。


 そんな薄気味悪い空間には、最奥で鎮座する者が居た。


 少女姿のインヨとヨウイよりもやや幼く、床に着いて広がるほど長い髪の持ち主だ。顔こそはっきりと見えないが、今しがた発せられた言葉は女声である。まるで今までずっとこの場に居たかのように、その者は二人の少女に声をかけた。


 インヨとヨウイは声のする方へ振り返り、その者の名を呼ぶ。


 「「パドラン」」


 「“さん”を付けろよ、クソガキども」


 口調こそ男勝りだが、少女たちの来訪を歓迎する意が感じられる声音であった。


 パドランと呼ばれる者は、言うまでもなく、<パドランの仮面>の本体である。そう、インヨとヨウイ同様、“有魂ソール”持ちの【幻想武具リュー・アーマー】だったのだ。


 インヨとヨウイは初めてこの空間に収納されてから、こうしてパドランと顔を合わせる機会が多くなり、今となっては互いに友人と言えるほど仲が良くなっていった。


 少女たちはパドランの下へ歩を進めた。


 「パドランは私たちより年下に見えます」


 「“さん”付けは不要と伝えます」


 「いや、お前らより長生きしてっから。まぁ、別にいっか」


 パドランは座ったまま、パチンと指を鳴らし、少女たちの目の前にクレープを出現させた。


 それは先程、町中で謎の少女――シスイとぶつかった時に、落してしまったクレープに酷似している代物であった。


 「「クレープ!」」


 「やるよ」


 「「パドランさん大好き!」」


 「はは。お前らのそういう現金なとこ、嫌いじゃねぇぜ」


 「パドランさん、紅茶も所望します」


 「私は水でいいと告げます」


 「やっぱ嫌いだわ」


 と言いつつ、しっかりと紅茶と水を何も無いところから出現させるパドラン。


 パドランは頬杖をつきながら、なんら躊躇いも無くクレープを食べている二人の様を眺めた。危機感の無さが心配になってくるほど勢いがあった。


 パドランは世間話感覚で口を開く。


 「しっかし今回のは変わってんなー」


 パドランの言う、“ご主人”とは鈴木のことである。


 「「はい、マスターはすごく素敵でクレイジーです」」


 「く、クレイジーって......」


 「「私たちの力を知った上で契約したのは、クレイジーと表現する他ありません」」


 パドランもインヨとヨウイの力と代償を知っている。常に鈴木と共に居るため、少女たちの会話を盗み聞きした次第だ。


 “白”の力はともかく、“黒”の力を使ったときの反動は笑えなかった。それでも鈴木は二人の少女と契約し、実際にその力を行使した。


 どんな傷も一瞬で治すことができるとは言え、襲いかかる激痛を躊躇いなく選択することは正気の沙汰ではない。故にパドランも概ね、少女たちと同じ意見であった。


 「そのご主人は、今、変な奴らに絡まれているけどな」


 「「あ」」


 パドランは少女たちの、忘れてた、という間の抜けた声を聞き流し、頭上高く、宙に浮くような映像を出した。まるでSF作品に出てくるような現象に、インヨとヨウイは注目した。


 二人の少女はこの映像の発生を見るのは、今回が初めてではない。


 映し出されたのは、鈴木と黒装束の集団が繰り広げる戦闘シーンである。そんな映像を眺めながら、インヨとヨウイは食べかけのクレープに再び口をつけた。


 「マスター、頑張ってください! もぐもぐ」


 「マスター、右から敵が来てます! もぐもぐ」


 「......。」


 「「ああー! マスターの首に剣がッ!!」」


 「......。」


 「さすがマスター! 悪い人にはグーパンです!」


 「格好良いです! 最高です!」


 「......。」


 うるさい。パドランはそう思うも、言葉にはしなかった。


 宙に映し出された映像の下で、ピョンピョンと跳ねて燥ぐ二人に呆れた視線を向ける。


 やがて戦闘を終え、鈴木が謎の少女を抱き抱えて、人気の無い路地裏に避難したところで、インヨとヨウイはパドランの方へ振り返った。


 「「マスターの勝利に乾杯したいので、ジュースを出してください」」


 「......。」


 なんと図々しい客人だろうか。


 パドランは額に青筋を浮かべるも、指をパチンと指を鳴らして、クレープ同様、何も無い空間から果実を絞ったジュースの入ったコップを出現させた。


 それを受け取り、インヨとヨウイはさっそく飲み始めた。


 パドランは大人として対応するよう心がけているのである。二人の少女は、そんな些細なことを気にしないパドランに聞いた。


 「パドランはなぜマスターに姿を見せないのですか?」


 「ここに一人で居て寂しくないのですか?」


 「あまり人間と関わりたくないからな。ご主人は相当変わってるが、会って話たいと思えるほど興味はねぇー」


 <パドランの仮面>が“有魂ソール”という事実を知る者は居ない。それは<三想古代武具>について多くの知識を有しているサースヴァティーさえも知らないことであった。


 その機密性が保たれていたのは、偏にパドランが外界に出たことが無かったからだ。意思も示さないのであれば、その武具はただの武具である。


 そんなパドランの在り方を理解できない二人の少女は、自身が仕える主人について語った。


 「「マスターはすごく良い人ですよ」」


 「だろうな。ご主人に取り付いてから数日しか経ってねぇが、悪い奴には見えねぇ。でも、すげぇロリコンじゃん。オレのこの見た目に欲情されたら困る」


 「「それは......」」


 「......。」


 「「......。」」


 「いや、そこは否定してやれよ。少しくらい」


 「「嘘を吐くことは良くないと姉者から言われました」」


 「ご主人がそれ聞いたら傷つくぞ......」


 パドランは一つ溜息を吐いた後、インヨとヨウイに告げる。


 「ほら、ご主人の戦闘は終わったみたいだし、外に出たいなら出してやるぞ」


 「「はい、お願いします」」


 そう、鈴木の意思でこの異空間に物を出し入れできるように、またパドランの方からも外界に物を出し入れできるのだ。


 と言っても、何かをここに引き込んだことは、ただの一度も無いが。


 故に鈴木の意思関係無く、パドランはインヨとヨウイを外界へ出すことができる。そしてそれは過去に実践したことだ。トノサマリバイアサン戦で、鈴木の危機を救ったときのことである。


 水中でトノサマリバイアサンに食い殺されそうになった鈴木の側に、二人の少女をこの異空間から出したのは、パドラン本人の意思だ。


 そしてその手助けをする代わりに、パドランは一つだけ約束を交わしていた。


 「いいか? 前も言ったが、オレのことは黙っとけよ」


 「「はい、マスターには言いません」」


 「わかってるならいい。じゃ、送るぞ」


 「「はい」」


 インヨとヨウイは深々と頭を下げた。


 こういう行儀の良いところだけは関心してしまうパドランである。


 二人の少女を送り届けた後、パドランは虚空を見つめながら呟いた。


 「......オレも本当は外に出たいんだけどなぁ」


 そう寂し気に呟き、パドランは地べたに寝そべるのであった。

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