第325話 美少女に事情聴取

 「ここまで来れば大丈夫かな?」


 『だな。護送依頼終えてからの監視の野郎もまけた』


 現在、僕は人気の無い路地裏に居た。日中でも日の当たらない場所だからか、ジメッとした空気が肌から感じられる。特に通行人も居ない場所だし、ここなら気にせず話せるだろう。


 この場に居るのは僕と外套を纏った謎の少女だ。


 「さてと、あなたには色々と聞きたいことがあるんだ」


 「......。」


 フードを目深に被った少女は、躊躇いを見せつつも、そのフードをそっと捲った。


 美しい橙色の髪はショートヘアで、横髪だけが肩まである。透き通った青色の瞳が僕をじっと見つめてきた。


 さっきは一瞬しか顔を見れなかったけど、本当に美少女がゴロゴロいる世界だな。


 彼女は静かに口を開いた。


 「さ、先程は助けていただき、ありがとうございました」


 「どういたしまして。お怪我はありませんか?」


 「私は大丈夫です。あ、あなたは......その、えっと、首は......」


 僕の首をマジマジと見る謎の少女。僕の首に剣が突き刺さっていた場面を目にしたんだ。不思議で仕方ないのだろう。


 「ああ、まぁ、【固有錬成】で跳ね返した......みたいな? なんともありませんよ」


 「な、なるほど。そのような【固有錬成】があるのですね」


 「それより、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 「......答えられる範囲であれば」


 と、葛藤しながらも応じてくれる模様なので、さっそく聞くことにした。


 「僕は苗床と言います。あなたのお名前は?」


 「シスイといいます」


 「年齢は?」


 「え? あ、こ、今年で十四です」


 「スリーサイズもお聞きしたい――ぐはッ!!」


 右手が僕の右頬を殴りつけたことで、最後まで言い切れなかった。


 『真面目にやれや』


 「大丈夫ですか?!」


 急に自身の頬を殴った変人にも、彼女は心配して駆け寄ってきてくれた。なんていい人なんだろう。スリーサイズを聞き出そうとした男を心配してくれるなんて。


 僕は気を取り直して聞くことにした。


 「なぜあの連中から逃げてたんです?」


 「私があの者たちから......女神様の御御足を奪ったからです」


 「女神様の御御足ってこれのことかな」


 僕は<パドランの仮面>から布に包まれた肉の塊を取り出した。いや、肉の塊というか、姉者さんの片足らしいんけど。


 僕が取り出した姉者さんの片足を目にして、シスイさんがぎょっと目を見開いた。何も無かったところから急に現れたんだ。そりゃあ驚くか。


 「これが女神様の御御足?」


 「は、はい」


 『なんだよ、女神様の御御足って(笑)』


 『わかりません。生前、他者から、そのように呼ばれた記憶はありませんね』


 「色々と聞きたいことがあるんだけど。まず女神様って?」


 「え゛」


 僕の言葉に、シスイさんが間の抜けた声を漏らした。彼女は目をパチクリとさせながら言う。


 「こ、この国に来て、その発言は危ういと思われますので、お気をつけください」


 「?」


 「この国は宗教国家です。ギワナ教は女神クラトを唯一神とする教えで、我が国の民のほとんどはギワナ教を信仰しています」


 「えっと、その女神クラトの足が......」


 「そちらになります」


 「『『......。』』」


 僕と魔族姉妹は揃って黙り込んでしまった。


 え、ちょ、姉者さんの片足、崇め奉られてるんですけど......。どんな宗教だよ......。ちょっとドン引きだわ。


 『というか、姉者はなんでこれが自分の足だってわかんの』


 という、妹者さんの尤もな疑問。僕も気になってた。さすがに姉者さんが冗談で言っているようには思えなかったので、確信に至った理由を知りたい。


 『なんとなく......ですかね? ただ自分の左足だ、と感じた次第です』


 『勘かよ?』


 『きっとあなたも自分の肉体の一部を見たら直感でわかりますよ』


 布に包まれているから微妙に分かりづらいけど、たしかによく見たら左足っぽいな。そんなこと、触れただけでわかるのか。


 「で、なんでギワナ教は生足に祈りを捧げているんですか?」


 「そ、その言い方は少し語弊があるというか......」


 「はい?」


 「いえ、元々は女神クラトに祈りを捧げていたのであって、御御足を対象にしていたわけではありません」


 「じゃあ、この生足はなんなんです?」


 「あの、先程から女神様の御御足を“生足”というのはお辞めください」


 失礼。


 「それで?」


 「えっと......ここからお話しする内容に関しては、他言しないと誓っていただけますか?」


 「え、あ、はい。女神クラトに誓って」


 「......適当な方ですね」


 適当ですよ。すみません、よく知りもしない女神に誓って。


 僕がそんなことを考えていると、シスイさんが訝しげな顔つきになって僕をまじまじと見てきた。まるで普段、眼鏡をかけている人が、裸眼で何かを見つめているときのような目つきである。


 「ただ......あなたからは妙なオーラを感じます」


 宗教的なお誘いだろうか。


 「あなたは特別な存在です」からの「うちの宗教に入りません?」的な。勧誘はお断りしたい。壺とか出されたら、即叩き割る自信があるわ。


 しかしシスイさんは僕が考えていたこととは違った話をした。


 「その、......というのでしょうか。差し支えなければ教えていただきたいのですが、ナエドコさんは神職に携わっていらっしゃいますか? もしくは常日頃、礼拝などは?」


 「してませんよ。何も」


 『アレじゃねぇか?』 


 『アレでしょうね』


 なんだよ、アレって。


 とりあえず、話題を戻すことにした。


 「それで話の続きですが」


 そう、僕が言いかけた時だ。


 「おや? そこに居るのはズッキーかな?」


 「ズキズキかな〜」


 後ろから僕に声をかけてくる者たちが居た。


 振り返らずともわかる。薄桃色の長髪が特徴のスレンダー美女と、天色のボサ頭が特徴のロリババアだ。


 でも僕は振り返った。人違いです、と言える相手ということを願って振り返った。


 現実は甘くなかった。


 「ミーシャさんとサースヴァティーさんじゃないですか......」


 「十分前行動を心がけて集合場所に既に居るとは、裏社会人の鏡だね!」


 「関心するよ。なんて頼りがいのある闇組織の人間なんだい」


 「......。」


 なんだよ、裏社会人の鏡って。僕は闇組織の人間になった覚えはないぞ。

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