第324話 姉者のナマアシ
『二人とも、この女が落した物は―――私の足です』
姉者さんがそんな信じられない発言をした瞬間であった。
突如、僕と謎の少女に向かって、槍のような物が数本飛んできた。
「っ?!」
「きゃッ」
僕は咄嗟の判断で、【冷血魔法:氷壁】を発動し、それらを全て防いだ。
氷壁から伝わる衝撃音から、相当威力のある攻撃だと察する。こちらを殺す気満々って感じだ。
『【螺旋岩槍】だ! よく防いだ!』
「僕だけ避けてたら、この人まで危なかったからね。インヨ、ヨウイ!」
「「はい!」」
少女姿のインヨとヨウイが武具の形態に戻ったことを確認し、僕は“白”の力で二人を手元に引き寄せた。もちろん、いきなり力加減が難しい“黒”の力を使う気は無い。<パドランの仮面>に収納するためだ。
そしてこの――姉者さんの片足とかいうやつも収納した。
もう頭の中は混乱しっぱなしだ。
『追加来るぞ!!』
「っ?! 失礼!!」
「ひゃう」
僕は謎の少女を抱えて、真横に跳ぶ。
すると、先程まで僕が居た場所にあった氷壁が、何かが突っ込んできた拍子に破壊された。破壊された氷壁の破片が、土埃と共に辺りに散らばる。
幸いにも周囲に居た人はすぐに離れてくれたので、巻き込まれた人は見受けられなかった。続々とこの場から非難する者たちが見受けられる。
『おいおい。町中だぞ』
『苗床さん、端的に言います。まずは先程、あなたが収納した私の片足を遵守してください。次に、その女を守ってください。何か知っているはずです。』
「わかった!!」
「え? え? ええ?!」
僕はそのまま臨戦態勢に入った。
謎の少女は僕に抱えられたまま、驚愕していた。
やがて土埃の中から、氷壁を破壊した者が現れる。それも複数人。全員、同じ真っ黒な外套に身を包んでいる。フードを目深に被っているせいで、イマイチ人相がわからない。
そんな連中が不気味にもゆらゆらと黒装束を靡かせながら、ゆっくりとこちらへ歩んできた。
「誰? あの人たち」
『知るわけないでしょう』
『集中しろ。あっちはマジで来てんぞ』
僕は抱き抱えている少女に言う。
「よくわかりませんが、あなた、あの人たちに狙われているんですか? さっきの攻撃、下手したらあなたも死んでましたよ。お仲間じゃないですよね?」
「は、はい。私が施設から持ち出した女神様の
「それは僕が回収しました。悪いんですけど、荷物はこっちで預かります」
『私の片足をお荷物呼ばわりですか』
などと返す姉者さんだが、彼女もこんなところで、急に自身の肉体喪失の手がかりが見つかるなんて思っても居なかったのだろう。かなり動揺しているのが伝わってくる。
「これはこれは。手荒な真似をして申し訳ございません」
すると、複数人居る黒装束の奥から、同じく黒装束に身を包んでいる者が、代表者かのように前に出てきた。
ただそいつだけは顔を隠そうとせず、毅然とした態度だった。紺色の髪をオールバックにして、銀縁眼鏡をかけた男だ。三十代前半だろうか。整った顔立ちである。
そんな奴が薄気味悪い笑みを浮かべながら口を開いた。
「大変恐縮ですが、あなたが抱えているモノをこちらにお渡しください」
「できません。ちょっとこっちにも事情がありまして」
「......なるほど。その者とグルというわけですか」
グルじゃないけど、姉者さんがこの人に聞きたいことたくさんあると思うから、そんな重要人物をみすみす逃すわけにはいかない。
どっちにしろ、あちらさんとは敵対行動を取っているに違いないが。
「では我々から“御神体”を奪ったこと、後悔させてあげましょう。――行け」
『私の身体なんですが』
という、僕ら以外には聞こえない姉者さんの呟きを他所に、戦いは始まった。
黒装束の者たちが一斉に僕らを襲ってきた。敵の数は今のところ六人。僕は魔族姉妹に聞いた。
「これじゃあ逃げ切れないなぁ。迎え討つか」
『ったりめーよ。誰に喧嘩売ったか思い知らせてやんよ』
『【氷壁】』
僕と敵の間に、姉者さんが生成した氷壁によって、両者共に互いを視認できなくなった。
僕はその隙に、抱き抱えている少女に対して端的に告げた。
「舌噛まないように歯を食いしばっていてください。あと振り落とされないよう、僕にしがみついて」
「え? あ......は、はい!」
謎の少女は僕の首に両腕を回して、ぎゅっと抱きしめてきた。
むにゅり。僕の胸に、美少女の双丘が押し付けられたことを実感する。
異世界最高。
僕は【固有錬成:縮地失跡】を発動させ、黒装束のうち一人の背後に転移した。
「っ?!」
「まずは一人」
黒装束の一人......黒装束Aとしよう。黒装束Aは僕の存在に驚いた様子を見せるも、【力点昇華】で膂力を倍増させた踵落としを食らって、地面に叩きつけられて気絶した。
地面に着地したと同時に、両サイドからショートソードを片手に襲いかかってきた黒装束BとCだが、彼らの頭上にそれぞれ、唐紅色の魔法陣と、薄浅葱色の魔法陣が展開していたことで、その強襲は失敗する。
『【紅焔魔法:螺旋火槍】!』
『【凍結魔法:螺旋氷槍】』
「「っ?!」」
魔法陣からそれぞれ属性の異なる螺旋状の属性槍が発射され、黒装束BとCの片足に刺さった。一応、魔族姉妹は致命傷を避けて攻撃したみたい。
追加で二名、戦闘不能だ。
『次来るぞ!』
「......両手使えないって不便だな」
『両手使わなくても、あなたなら余裕でしょう?』
「え? え?! えぇ?!」
僕に抱えられている謎の少女は驚きっぱなしだ。ただ顔を隠すことだけは続けたいらしく、僕の激しい動きに耐えるよう、片手でフードを掴んで押さえている。
顔を見られたらマズいのかな? 僕はさっき見ちゃったし、この行為は敵に対してか。
そんなことを考えていたら、黒装束DとE、Fがいつの間にか僕に攻撃を仕掛けてきていた。
ショートソードを僕に突き刺そうとしてきた黒装束Dは、
『【紅焔魔法:火球砲】!!』
妹者さんが火球を放って、後方へ吹っ飛ばした。
そして僕に魔法を確実に当てるためか、接近しながら【水月魔法:螺旋水槍】を打ち込んできた黒装束Eには、
『【凍結魔法:氷牙】』
姉者さんが敵の攻撃魔法ごと氷漬けにした。
そして最後、黒装束Fは【雷電魔法:爆閃徹甲】を放ってきた。今までの攻撃の中で一番火力のある一撃だ。辺りをまるで爆破しながら、稲妻が僕ら目掛けて走ってくる。
さすがに避けられなかったので、僕は【固有錬成:闘争罪過】で全身を強化させ、地面を思いっきり踏みつけた。
途端、地面がまるで畳返しされたように、捲れ上がる。捲れ上がった地面の奥で激しい衝突音が響いた。
「【縮地失跡】」
視界も遮られたので、本日二度目の転移スキル。
黒装束Eの死角に転移した僕は、【闘争罪過】の膂力のみで、敵の脇腹に蹴りをお見舞いする。僕の足に敵の骨をバキバキと折った嫌な感触が伝わってくるが、多分死んでないだろう。
盛大に吹っ飛んで建物に突っ込んでいった敵を尻目に、僕は先程、不気味な笑みを浮かべていた銀縁眼鏡の男に言う。
「建物の弁償はそちらでお願いしますね」
「ええ、問題ありません。――あなたの首で賄いますから、<
「っ?!」
僕が銀縁眼鏡野郎の言葉に驚くと、自身の首から鉄剣が生えていることに気づいた。
違う、後ろから何者かによって刺されたんだ。そしてその何者かとは、先程戦っていた黒装束の集団には居なかった者である。黒装束Gと言ったところか。
まさか七人目が居たとは。接近に気づかなかった。いや、ちょっと油断していたのかもしれない。
僕は口から血を吹き出した。
「ごふ」
「ふぇ? 血? あ、ああぁぁあ!」
「あなた、<
などと、愉快そうに言う謎の男。
抱き抱えている少女に至っては、僕が首から血を吹き出していることに気づいて、顔を真っ青にしていた。
必然的に、彼女にそれらの血は浴びせられるんだけど、まぁ、いいや――お返しだ。
「さてと、次はその者を始末――っ?!」
と、言いかけて、銀縁眼鏡野郎が驚愕をあらわにする。
驚くのも無理は無い。なんせ僕の首は元通りになって、代わりに黒装束Gが首から血を撒き散らしながら倒れたのだから。
【固有錬成:害転々】。本当に便利なスキルだ。
『おいおい。他六人は殺さずに倒したのに、最後の最後で殺っちまったよ』
『まぁ、仕方ありませんよ』
「な、どういうことだ?! たしかに仕留めたはず!!」
なんという絵に描いたリアクション。美味である。調子に乗った僕は、気取る感じて言った。
「僕の噂を知っているんですよね。なら、これくらいじゃ僕は死なないこと、わかりません?」
そう言い終えた後、僕は一瞬で銀縁眼鏡野郎との間合いを詰めた。
「狩られるのは僕じゃない――あなただ」
「っ?!」
【闘争罪過】によって底上げされた膂力を活用し、僕は男の腹部に蹴りを放った。男は一直線に後方へ吹っ飛んでいく。
そんなこんなで、謎の集団との戦闘は一先ず僕らの勝利で終わりを迎えた。周辺の被害は半端ないけど、人的被害は無いし、大丈夫だろ。あの謎の男が弁償してくれるはず。
『決め台詞かっけぇ!!』
『早くこの場を立ち去りましょう』
「だね」
【闘争罪過】の力がまだ継続しているうちに、すぐにここから離れないと。
そんなことを考えていると、僕に抱えられている少女が、どこか戸惑った様子で、下から僕を見つめながら呟いた。
「あ、あなたはいったい......」
僕はニコッと笑みを浮かべて答えた。
「僕は美少女の味方です」
『正義の味方って言え』
そんな妹者さんのツッコミがやけに響いた気がしたのであった。
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