第322話 ギワナ聖国、到着

 「マスター、人がたくさん居ます」


 「マスター、あそこに居る人は何を食べているのでしょうか?」


 「「マスター、マスター」」


 う、うるせぇ。


 現在、ギワナ聖国の港に着いた僕は、護送を無事に果たしたので、巨船から下りてバルク船長と別れの挨拶をしていた。


 海上の正門を通ってから、ここに来る途中で霧は晴れ、燦々と降り注ぐ陽を浴びているせいか、心地良い。気持ちの良い朝を迎えた感じだ。


 そんな中、ミニスカ浴衣姿のインヨとヨウイが、人と話している僕に纏わり付いてくる様を見て、バルク船長が大きな声で笑い出した。


 「がははは! まるで父親じゃねぇーか!」


 『父親どころか、童貞ですけどね』


 「あ、あはは」


 「トノサマリバイアサンに追っかけられたときは終わりかと思ったが、<口数ノイズ>のお陰でなんとか生きてこれた。あんがとよ。......これでまた上さんと娘に会える」


 と、バルクさんは二カッと明るい笑みを僕に見せた。


 そんな彼と最後に力強く握手して、僕らは別れた。少し離れた先、僕より先に船を下りたレベッカさんが、マジマジと港を見ている様子を目にする。彼女の下へ向かい、声をかけた。


 「お待たせしました。これからどうします?」


 「そうねぇ......。私は少し用事があるから、スー君とは一緒に居れないけど、終わったらお姉さんとデートでもする?」


 「是非。宿ホテルは予約しておきます」


 「ふふ。そこはレストランと言いなさいな」


 ということで、レベッカさんとも別れることになった。彼女とは一週間後、傭兵ギルドを待ち合わせ場所にする話だけして別れた。


 レベッカさんの言う用事がなんなのか気になるけど、そこまで聞いて良いのかわからない僕は、深くは知ろうとしないことにした。これも傭兵の教えの一つに従ったことにしよう。


 さて、まずは宿でも探そうか。その後、ギワナ聖国の傭兵ギルドに行って成功報酬を受け取り、のんびりしよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に周囲の視線が僕に向けられていることに気づいた。


 「......。」


 「「マスター?」」


 まぁ、この鈍色のマスクはともかく、首に錆びついた首輪があるからね。アクセサリーじゃあ通らない見た目だから仕方無いが。


 すると魔族姉妹が僕に話しかけてきた。


 『やはり苗床さんもお気づきですか?』


 『へッ。さすがだな』


 「え?」


 『あの闇組織の女......ミーシャさんが言ってた通り、私たちを監視する者が居ますね』


 『ああ。上手く尾行しているつもりだが、あーしらにはバレバレだ』


 「「さすがです、マスター!」」


 あ、ああ〜。そういえばそんな話してたな。全然気付けなかったよ。僕が考えていたのって、自分の身なりだからさ......。どこに居るのかすら見当がつかない。


 だからインヨとヨウイのキラッキラした眼差しが地味に痛い。


 「とりあえず、気付かないフリして過ごそうか」


 『ですね。無難に監視対象から外れるまで、観光を楽しむとしましょう』


 『警戒されてっと調査なんかろくにできねぇーしな』


 願わくば、その調査もしたくないんだけど。



*****



 「いらっしゃ――い?!」


 現在、僕はギワナ聖国のとある宿にやってきた。さっき行った傭兵ギルドでどこかおすすめな宿が無いか聞いたら、金はそこそこかかるが、衛生面がしっかりとしているここを紹介された。


 決して大きくはない宿だが、雰囲気からして清潔に保たれている感じがする。今の僕は日本円にして三千六百万ほど有しているお金持ちだからね。贅沢しちゃうよ。


 ということで、感じの良さそうな宿にやって来たのだが、そこで受付をしていた店主と思しき中年男性に、変な目で見られてしまった。


 「?」


 「し、失礼。あまり見ない人だから。その身なり......旅人か」


 「そんなとこです」


 「で、部屋は一つでいいかい?」


 「はい」


 苦笑する店主。ああ、僕の首の錆びついた首輪を見て気にしてんのか。ちゃんと払えるのかって疑われているのかもしれない。


 それにインヨとヨウイの今の姿は少女だ。そんな二人を連れていたら、控えめに言っても僕はやべぇ奴に認定されているのかもしれない。


 妹者さんが気になったことでもあったのか、口を開いた。


 『てかさ、<ギュロスの指輪>って一度使うと代償が生じるんだろ。周囲の人間に無条件に忌み嫌われるっていう』


 『みたいですね』


 『でもこの国に来てから、周囲の反応は普通だったぞ』


 『おそらくギワナ教の教えの一つに、“他者を憎まず、罪人を憎みましょう”があります。かなり熱心な信者が多いようで、その教えを守っているようです』


 『あん? じゃあ、鈴木を気味悪く思わないってことか?』


 『少し違いますね。例えば......蜘蛛みたいなものです』


 『鈴木が?』


 「「マスターは蜘蛛ではありません。童貞です」」


 うん、蜘蛛じゃないね、童貞だね。ぶっ飛ばすぞ。


 『蜘蛛はその見た目から、一般的に多くの人に嫌われています。その状態が今の苗床さんです。そんなのが近くに居たら嫌でしょう?』


 『まぁ、そうだな』


 『ですが、その蜘蛛が実は益虫で、自分たちに害をもたらすことのない存在だとわかっていたら、そこまで不必要に嫌わないでしょう。進んで駆除しに行こうとはしませんし、放置か、せいぜいどこかへ追いやるくらい』


 『は〜。そういった行為が、“教義”っちゅー意味になるわけか』


 『ええ。蜘蛛に対して、過剰に怖がらず、気味悪がらない。むしろ見て見ぬふりや、逃がすといった親切心を抱くことこそが、国教なんでしょう』


 ふーん? じゃあ、僕はこの国に居れば、そこまで周囲の目を気にしなくていいのか。もちろん、この国の住人全員がギワナ教の信者じゃないと知っているが。


 「え、えーっと、お客さん?」


 あ、やべ。魔族姉妹の話を聞いてたら、店主とのやり取りを疎かにしてしまった。僕は慌てて対応した。


 「す、すみません。一週間分、先払いでお願いします」


 「わかった。えっと、ベッドはキングサイズ一つあれば、と思うが」


 この店主、なんちゅー誤解してんの。インヨとヨウイの三人でハッスルするわけないだろ。


 辛うじて僕らの間柄が兄妹に見えないのかね。なんで真っ先にペド野郎と思われるのかな。


 「あの、僕はこの子たちとそういった関係ではないので」


 「安心してくれ。旅人さんは知らないかもしれないが、ギワナ教の教えの一つに、“互いに愛を抱けば、年は関係無い”がある」


 「いや、その誤解が安心できないんです」


 「ちなみに、“互いに愛を抱けば、血縁は関係無い”があるから、兄妹だろうと問題無い」


 ギワナ教の教示がアウトのように思えてくるのは僕だけだろうか。


 「「マスター、私たちは吝かではありません」」


 「ちょっと黙ってようか」


 『苗床さん、駄目ですからね』


 『ベッドは人数分にしろ』


 言われなくてもそうするから。僕は店主に一週間分の料金の支払いをして、四階にある部屋に向かった。


 部屋の広さは中々だった。水回りの完備......風呂だけは、一階に共有の大浴場があるので、それを使えば問題無し。テーブルも椅子もちゃんとある。壁際には、三つのシングルサイズのベッドが連なっているから、世間体は何も問題は無い。


 正直、インヨとヨウイには武具の形態に戻ってほしかった。そしたら比較的安価な一人用の部屋を借りれたのに。


 でもロリっ子どもは拒否しやがった。


 曰く、ケチなマスターは関心しません、と。


 曰く、女の子として扱ってください、と。


 曰く、だからマスターは童貞なのです、と。


 僕は二人をサンドバッグにしたい衝動に駆られた。主従関係ってなんなのかね。振り回されてばっかなんだけど。


 「マスター! ふかふかのベッドです!」


 「マスター! すごく跳ねます!」


 「......。」


 僕の気なんか知らずに、ロリっ子どもはベッドの上でぴょんぴょん跳ねてるよ。これなら、まだルホスちゃんとウズメちゃんの二人の方が大人しかったな。


 今だってほら、ベッドの上で跳ねてるから、ミニスカ浴衣がはだけ始めてるし。


 一頻りベッドを楽しめたからか、二人は衣装がはだけたままベッドの上に寝っ転がった。そして艶っぽく息を漏らしながら、口を開く。


 「「ハァハァ......ますたぁ、気持ち......よかったです」」


 「......。」


 その事後っぽい雰囲気出すのやめてくれない? セリフのチョイスも最悪だよ。僕はなんもしてないのに、犯罪感がパないんだけど。


 二人にはそれぞれ赤と緑の単色ジャージを着させようかな。


 そんなこんなで、ギワナ聖国に到着した僕らの生活は始まりを迎えるのであった。

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