第十章 大切なモノはどこですか?

閑話 女騎士アーレスはスズキレスにかかった!

 「戻ったぞ、ババア」


 「ババア言うんじゃないよ」


 無事、王国に戻ってこれたルホスは、その翌日、ウズメを連れて王国騎士団の屯所に向かった。


 少女たちがやってきた場所は、王国騎士団第三部隊隊長のエマ・リーバンガルという初老の女騎士がいる部屋だ。


 静かに執務に取り掛かっていた女は、浅い溜息を吐きつつ、どこか軽やかな足取りで棚から茶菓子を取り出した。


 そう、エマは前日、門番からの報告でルホスがこの都市に戻ってきたことを知っていたのだ。その翌日にこうして顔を見せてくれたことに、エマの胸は温かいもので満たされていた。


 (歳かね。涙脆くなった気がするよ......)


 いっちばん美味しい茶菓子を出そう。そのためにわざわざ贔屓している店に赴いて買ってきたのだから。そう思ったエマであった。


 ちなみにルホスはこの場に久しく来ていなかったが、ほぼ顔パスでここまで通ってこれた。


 王国騎士たちは黒髪のこの少女のことを決して忘れなかったのである。なにせ自由奔放で喧しいし、平気で額に角を生やして歩いてるしで、忘れようにも忘れられなかったのだ。


 「あ、あの、は、はじめまして。う、ウズメと言います」


 「? ああ、これは丁寧にありがとう。私はこの騎士団の隊長のエマだ」


 エマが優しく微笑むと、ウズメはどこか緊張した様子を少し和らげた。ウズメは直感的に「この人優しそう」と感じたのである。


 そう、ウズメは基本、“スズキレベル”の優しさに近い人に好感を抱きやすいのだ。


 ウズメは数歩前に出て、手にしていた紙袋をエマに渡す。


 「これは......」


 「お、お土産です。レッドボアの肉。ルホスさんが、“ババア”......さん?も喜ぶだろう、と言って狩った肉です」


 「......。」


 嬉しいけど、“ババア”さんと呼ばれるのは癪である。先程の自己紹介はなんだったのだろうか、と言いたくなるエマであった。


 ババア隊長は渋々それを受け取ることにした。


 ルホスが茶菓子に早速手を付けていると、話題はこれまでどんなことがあったかをエマに聞かせる展開になっていた。ほぼウズメが話すことは無かったが、偶に話を振られると耳をピコピコと揺らしながら応えるエルフである。


 そしてエマはそんな話の途中で涙を何回か流した。


 曰く、旅先で友達を作ってきちゃってまぁ、と。もう完全にお祖母ちゃんのそれにしか思えない。


 そんな仲睦まじい空間であったが、


 「ルホスとウズメが帰ってきたとは本当かッ!!」


 赤髪の美女がドアをノックもせずに、この場に現れた。頭から足先まで鎧に身を包んだ全身甲冑姿だが、ルホスとウズメはその人物に見覚えがあった。


 王国騎士団第一部隊副隊長、<狂乱の騎士>の異名を持つ者、アーレスその人である。


 ヘルム越しでもわかる興奮気味なところが少し怖い。


 「あ、アーレス。久しぶり」


 「あ、アーレスさん?!」


 が、少女たちはそんなアーレスに対しても普通に対応した。ルホスはまるで数日ぶりにあった友人と道端でばったり会った感じで。ウズメは急にドアを開けられたことに驚いて。


 エマが溜息混じりに言う。


 「アーレス、抜け出してきたのかい? 仕事の途中だろう?」


 「エマもだろう。いつから騎士団の仕事に子供の対応が含まれるようになったんだ。あとその茶菓子、私にもくれ」


 「ったく」


 エマは渋々対応した。


 アーレスはエマが茶菓子を用意している間、久方ぶりに再会した少女たちに聞く。


 いや、問い質す。


 「で、ザコ少年君はどこに?」


 「え、スズキ? あいつはなんか港町に行ったぞ」


 「は? 港町?」


 「お、お仕事です。スズキさん、帝国を出てから冒険者として活動できなかったので、傭兵になって稼いでいるところです」


 「な?!」


 その言葉に、アーレスが珍しくも驚愕の声を漏らした。


 エマがそんな意外な光景に、思わず動かしていた手を止めてしまった。


 (あのアーレスがここまで動揺するなんて......いったいどんな子なんだい、そのスズキという少年は)


 「よ、傭兵だと.........騎士になればいいだろう」


 「よくわからんが、たぶんスズキは騎士にならないと思うぞ」


 「......なぜだ?」


 「いや、スズキの性格的に無理だろ。騎士なんてかったい職業」


 (か、かったい職業......)


 エマ、思わぬところでダメージを喰らう。


 「......別に騎士だけではない。剣の腕前を磨くことはさておき、私の補佐官として働くこともできるぞ」


 「な、なんでそこまでスズキに拘るんだ。スズキは頭悪くないと思うけど、特別切れるって感じじゃないだろ」


 「別に私は拘ってなど......」


 どこかバツの悪そうに呟くアーレス。この光景から色々と察するエマは、若いっていいねぇ、という感想しか出なかった。


 アーレスが話題を戻した。


 「それより、傭兵になったと言うことは、レベッカが絡んでいるのか?」


 「うん」


 「れ、レベッカさんのお誘いですごく稼げているようです」


 「くッ。傭兵など将来性の無い職についてどうする、馬鹿者め......」


 「ちなみに今はレベッカと一緒に仕事をしているぞ」


 「やはりレベッカくらいの距離感が好まれるのか......」


 「一応、予定では仕事が終わったら、この国に戻ってくるみたいです」


 「......それはいつだ?」


 「たぶん再来月くらい」


 「に、二ヶ月も......」


 アーレスがヘルムを片手で覆って嘆いていた。


 エマはそんな女騎士を、これはかなり重症さね、とジト目で見ていた。実際、かなり重症だから間違ってなどいない。


 アーレスは拳を固く握り締め、やり場のない怒りをあらわにする。


 「私の散らかった部屋は......乱れた食生活は......どうすればいいッ」


 「自分でどうにかしろ。いい年した大人だろ」


 「あ、あはは......」


 (アーレス、齢十かそこらの少女たちに呆れられてるよ......)


 本日、何度目かわからない溜息が、エマの口から漏れるのであった。

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