第321話 海の上の長旅は淡い期待と共に終わる
「「マスター、何か見えてきました」」
「ん? なにあれ? 壁?」
インヨとヨウイが僕の服の裾をクイッと引っ張ってきて、そんなことを言ってきた。
まだ霧の濃い時間帯、もう少しすれば日が出て多少は視界が良好となりそうな頃合いで、僕は甲板の上でボーっとしていた。
トノサマリバイアサンと戦って数日が経った。身体はどこも怪我なんてしていないのに、やけに怠い。疲れが取れきっていないって感じ。こんなこと初めてだよ。
船長であるバルクさんも、今回の護送で一番活躍した僕に対して、しばらく休んでくれていいと言ってくれたのだが、ずっと部屋の中に居るのもアレだったので、こうして外に出た次第だ。
あと白と黒のロリっ子どもが喧しかったし。
トノサマリバイアサン戦以降、めっちゃ図々しくなったんだよね。お洒落したいだの、外に遊び行きたいだの、泳ぎたいだの。
休日に、公園に子供たちを連れて行く親の気分が少しわかった気がする。
『壁っつーより門だな、ありゃ』
『ということは、ギワナ聖国に着いたみたいですね』
霧が濃いからまだはっきりしないが、魔族姉妹の言う通り、この船の前方に巨大な壁が連なっていた。真っ白な壁だ。それに高さもそれなりにある。少なくとも、門であると視認できる距離まで近づくと、その奥の景色が見えないくらい。
『これで護衛任務も終わりだなー』
「「マスター、ギワナ聖国を観光したいと提案します」」
『せっかく来たんですし、数日滞在してはいかがです?』
「「姉者の言う通りです」」
などと、一刻も早くギワナ聖国から抜け出したい僕は、そんな彼女たちの意見に賛成できなかった。
ちなみにだが、トノサマリバイアサン戦以降、魔族姉妹はインヨとヨウイに正体をバラした。この先、長い付き合いになるということで、早々に打ち明けたのである。
で、当時の会話はこう。
「インヨ、ヨウイ。驚かないで聞いてほしんだけど、僕の両手には魔族が寄生していて......」
「マスター、たとえマスターの頭がちょっとアレになっても、私たちはずっと一緒です」
「マスター、今まで辛い思いをしてきたのですね......」
「いや、そういう頭がおかしくなったとかじゃないから」
「「マスター、私たちはずっと一緒です」」
「だから――」
『鈴木に任せてっと埒が明かねぇーな。あーしから説明しよ』
『もはやなめ腐ってますね(笑)』
とまぁ、こんな経緯である。
最初、二人は僕の両手を見て、目を見開いていたな。すごく恐ろしいものでも見たかのように、顔を真っ青にしていたっけ。まぁ、それが常人の反応なんだよね。
意外にも、ロリっ子どもはホラーが苦手らしい。武具なのにな。武具関係無いか。......無いのか?
「マスター、ギワナ聖国の門まで、そこまで距離は無いと思われます」
「マスター、あの門まで泳ぎたいと告げます」
「駄目だから。君たち、この前溺れたでしょ。泳げないじゃん」
「「マスター、練習しなければ泳げません」」
なんなん、こいつら。ちょっとは大人しくできないんか。
この前も泳ぎたいって言って聞かないから、姉者さんの鉄鎖を二人の胴体に巻き付けて海に放り込んだら、溺れかけてたし。
いや、僕も最初はどうかと思ったよ? 武具とは言え、見た目十代前半の子を海に投げ落とすなんてどうかしてる。
でもトノサマリバイアサン戦で疲れ果てて、横になっていた僕の両隣で、めっちゃおねだりしてくるんだもん。そりゃあ海に放り投げたくなるよね。
だというのに、雑な対応しか見せない僕に付き纏ってきてさ......。
「泳ぎたいなら勝手にどうぞ。溺れても知らないからね」
「「マスター、その時は私たちが『捨てられた』と大声で叫びます」」
やめろ。
そんな僕らに声をかけてくる者が現れた。
「はは。相変わらず賑やかにやってるね、ズッキー」
「ズキズキ、ギワナ聖国の潜入捜査が楽しみだからって、燥ぎすぎだよ」
「あ、ミーシャさん、サースヴァティーさん」
薄桃色の長髪が特徴のスレンダー美女と、天色のボサ頭が特徴のロリババアがやってきた。
僕は優しげな笑みを浮かべて言った。
「見てください。まだ海路の途中ですが、あの大きな門が見えるということは、おそらくギワナ聖国に着いたことを示します」
「うん。そうだね」
「港町ラビラビアーワビからここまで、長かったようで短いこの旅も終わりですね」
「何を言ってるんだい。ワタシたちの旅はこれからじゃないか」
「そうだよ。<三想古代武具>の物色なんておまけみたいなものじゃん」
「お二人とも、お元気で。またどこかで会ったときは一緒に食事でもしましょう」
「ギワナ聖国で毎日一緒にご飯を食べるんだよ?」
「はは」
「「ははははは」」
「あはははははははは」
「「はははははははは」」
よし。逃げるか。
そう思って、僕は<ギュロスの指輪>を使った。
「ちょ、笑いながら、透明人間になるんじゃない。トラウマになりそうじゃん」
「前にも言ったろう? 姿は消せても、気配は消せてないって」
「......。」
呆気なく捕まる僕。
透明人間になったはずなのに、僕を見つめてくる闇組織の女たち。<ギュロスの指輪>、プライベートの面で一切活躍してないじゃん。レベッカさんにもバレバレだったし。返そうかな、この指輪。
「そもそも、ズッキーには服従の首輪である<ヴリーディン>があるじゃないか。ワタシたちには逆らえないよ」
「あ、そうだ。ズキズキがやる気になることを教えてあげる」
「僕がやる気になること?」
「ああ、もしかして聖女と会えるかもしれない話かい?」
「聖女?!」
僕は目をクワッと見開いて、二人に詰め寄った。
「せ、聖女とは儚くも美しい方のことですよね?! 病的なまでに真っ白な肌、幸薄そうな瞳、線の細い身体、そして聖女という肩書故に絶対的な安心を覚える“貞操”。ああ、一度は会ってみたい。きっと性格は穏やかで、争いを好まない人に違いない。会ってお話したい。デートしたい」
「ちょっと。まだ罪を犯してないのに、しょうもない罪で捕まろうとしないでくれない?」
「ず、ズッキーは気持ち悪いくらい偏見があるよね」
「「マスター、気持ち悪いです」」
『マジできっもい』
『ほんとキモいですね』
皆して酷いな。でも僕はそんな尊い人と一日だけでもいいからデートしたいんだ。きっと心が浄化されるに違いない。完全にラノベ知識の偏見だけど。
そんな僕にかまわず、ミーシャさんが説明を続けた。
「作戦は追って話すよ。数日間は別行動だし」
「ん? なんで別行動なんです? 調査は?」
「そんなすぐにしないよ。前にも言ったよね? この船には聖国が派遣した監視役が居るって」
そう言えば、そんなこと言ってたな。サースヴァティーさんが続きを話してくれた。
「このまま私たちが聖国に着いた日から行動したら怪しまれるよ。おそらく少しの間、私たちが無害な存在であると判断するまで、どこかで監視されると思う」
「うわ、そこまでするんですか」
「そういう国なのさ」
「まぁ、護送とは言え、我々は雇われた人材なんだ。裏でスパイ活動されるかもしれないって疑ってくるのも無理は無いよ」
へぇ、じゃあ、しばらくは本当に観光できるのか。
「そうだ。観光がてら、中央区域にあるクーリトース大聖堂に行ってみるといい」
「?」
「ん。すごく大きくて神聖な場所だよ。基本、聖女もその大聖堂に居るはずだから会えるかも」
行かなきゃいけない場所、一つは決まったな。
頭の中でクーリトース大聖堂に行くことをメモしていると、僕の服の裾を掴んでくるインヨとヨウイが会話に入ってきた。
「「マスター、修道服に着替えたいと告げます」」
「い、いや、それは駄目だよ。教会の子でもないのに、そんな格好しちゃ」
『修道服なんて堅苦しい服、着るもんじゃねぇーぞ』
『足出したり、ミニスカ仕様にすればいいのでは?』
宗教国家でそんな子たちを連れてたら、いつまで経っても監視対象にされるだろ。
斯くして、僕らの護送旅は終わりを迎えるのであった。
――――――――――――
毎度ご愛読いただきありがとうございます。
次回から新章になります。
またそれに向けて本章と次章のタイトルを入れ替えるため、修正させていただきました。
引き続きお楽しみください。
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