第320話 浮き輪は必要で、スク水は不要で

 『『マスター! 私たちを使ってください!!』』


 その聞き覚えのある声が聞こえてきたのと同時に、視界に二人の少女の姿が映った。


 二人は、僕が支え棒にしている【紅焔魔法:打炎鎚】を、両手でしっかりと掴んでいた。


 インヨとヨウイ――僕が契約した<三想古代武具>だ。


 僕は身につけている<パドランの仮面>で二人を異空間に収納したはずだ。なんで僕の目の前に居るんだ?


 『ふごぉ!!』


 「っ?!」


 が、そんなこと悠長に考えている場合じゃない。妹者さんが【打炎鎚】がもう砕かれることを知らせてくれた。


 僕は【打炎鎚】から手を離したのと同時に、眼前の少女たちに手を差し伸ばした。もっと最適な方法はあったかもしれない。それでも僕は二人を求めてしまった。


 もはやこれは――勘の域に近い。


 二人はそんな僕に応えて、片手を差し出す。


 そして――二人の手を掴んだ!!



*****



 「ぶはぁ!!」


 再び海上に戻ってこれた僕は、この身を宙に彷徨わせながら、手に握る確かな武具の感触に、驚きを禁じ得なかった。


 『『マスター!』』


 「インヨ、ヨウイ! ありがと!! 助かった!」


 『『はい!』』


 僕はあの時――【打炎鎚】が砕かれた瞬間、手にしている太鼓のバチのような武具をトノサマリバイアサンの牙目掛けて打ち込んだ。


 するとあの強靭な牙が、まるでガラス細工を割ったように粉砕した。


 そこから抜け出して、僕はこうして浮上することができた次第である。


 僕は姉者さんが生成してくれた【氷凍地】の上に着地した――と思ったが、失敗して、無様にも転げてしまった。


 「は?」


 左足に違和感があったので、自分の左足を見ると――太もも辺りからあらぬ方向に曲がっていた。


 それを視認した瞬間、僕は激痛に駆られた。


 「ぐッ」


 『【固有錬成:祝福調和】!』


 『そういえば、インヨとヨウイの力を使うと、骨が折れるんですっけ』


 そ、そうだった。


 インヨとヨウイには二つの力がある。何かを引き寄せてくっ付いたりする、“白”の力。そして対象を必ず粉砕する“黒”の力。


 僕がさっきトノサマリバイアサンの牙に向けて使ったのは、“黒”の力。


 代償は使用者の骨がランダムに選ばれて、折れてしまうということ。さっきの一撃で、僕は大腿骨を折ったのか。


 『『ま、マスター』』


 そんな僕に、太鼓のバチのような武具の二人から、心配そうな声が上がる。声だけ聞こえてくるのに、二人の感情が手に取るようにわかるようだ。


 僕は笑って答えた。


 「これくらい、大したことないよ。さっきは二人が居なかったら死んでたかもしれないんだ。それよりまだ敵は倒れてない。二人とも、力を貸して」


 『『っ!! はい!』』


 そんな二人の元気な返事の後、僕らが居る海が荒れ始めた。


 さっきも見たような光景が広がっているのだ。渦巻いて、海の中で巨大な水の槍を形成している。


 『ちッ! また水中から攻撃してくる気か!!』


 『どうしても私たちを自分の狩り場に落とし込みたいようですね』


 「なら今度はこっちの狩り場に来てもらおうか!!」


 僕はそう言うや否や、一対の太鼓のバチのうち、一本を海へと叩きつけた。


 ドッ。僕らが居た海に大穴があく。


 「『『っ?!』』」


 大穴――それこそ、僕らが乗ってきたあの巨船を丸呑みできるような大穴があいたのだ。


 しかしそれも束の間。その大穴に吸い込まれるよう、僕は抗うこともなく落下――することはなかった。


 咄嗟の判断で、姉者さんが【氷壁】を生成してくれたので、それを足場にして、【力点昇華】込で力いっぱい跳ぶ。


 はるか上空へ跳んだ僕は、海原に開けられた大きな穴を埋めるよう、周囲の海水が一気に押し寄せる様を見て、唖然としていた。


 落下し始めた頃合いで、妹者さんから驚愕の声が上がった。


 『なんじゃありゃああぁぁぁあ!!』


 『妹者、驚いている場合じゃないです。苗床さんの中指が折れてます』


 「もう痛みとか感じなくなるくらい派手な光景だよ......」


 『マスター、これが私たちの力です』


 『えっへん』


 こんなエグいなんて......。ちょっと嫌がらせしようと思って、海に向けて打ち付けただけなのに、トノサマリバイアサンの牙を折った威力と比較にならないぞ。


 海は荒れに荒れて、爆心地である大穴を埋めるように押し寄せた海水が、大きな水柱を作った後、今度はその反発力で津波が辺り一帯を襲った。


 無論、いくら巨体の持ち主とは言え、その激流に抗えなかったトノサマリバイアサンは自由の身を奪われた。結果的にはまだ生きているが、あちらさんも予想だにしてなかったのだろう。


 僕らはそんなヤバい海に下りること無く、妹者さんと協力して、【烈火魔法:爆炎風】を駆使しながら、距離を取った。


 相当離れた所に生成した【氷凍地】の上に着地した僕は、インヨとヨウイに聞いた。


 「ねぇ、一発目と二発目の威力の差がありすぎるんだけど」


 『マスター、実は私たちも加減ができないのです』


 「え゛」


 『マスター、私たちを使いこなせる方は今まで誰も居なかったので、使われる私たちも加減がわからないと告げます』


 「......。」


 そりゃあ一回使ったら骨折れるもんな......。誰だって使い続けようとは思わないよ。


 え、じゃあなに。これからインヨとヨウイの力加減ができるようにしていかないといけないの?


 手探りで? これを?


 『苗床さん、トノサマリバイアサンがこちらに向かってきてます』


 『まだ諦めてねぇーのか』


 僕がそんなことを考えていると、トノサマリバイアサンを示す大きな影がこちらに接近してくる様を目にする。


 インヨとヨウイが僕を催促する。


 『『マスター』』


 「ああもう! 今は全力でいい! 僕も連発しないようにする!」


 『オーダーが入りました』


 『全力で“黒”の力を行使します』


 大きな影の中、赤い光点が見えた。


 『ブレス来んぞ!!』


 「迎え撃つ!」


 赤い光線が水中から放たれた途端、僕は太鼓のバチを振った。


 瞬間、バチを振るった勢いが、あの殺傷能力に長けた光線を四方八方に分裂させた。そしてその勢いは止まること無く、水中から放ってきたトノサマリバイアサンの下まで突き進んで、ようやく威力を失った。。


 なるほど、“光線”を破壊したってことか。


 ......いや、破壊できるもんなの?


 「いッ」


 と、呑気なことを考えていたら、鎖骨のところから激痛が走った。


 『次は鎖骨が折れたみたいですね』


 『回復っと』


 『『ま、マスター』』


 「だ、大丈夫だよ、これくらい」


 ザパンッ。突然、海上に姿を現したトノサマリバイアサンが、少し離れた所に居る僕らを睨んだまま動かなくなった。


 遠くに居る僕らにも伝わってくるほど、奴は唸り声を上げている。


 そんなトノサマリバイアサンの口を見れば、僕が折ったと思しき牙が。そこから黒い血がダラダラと流れ落ちていたが、まぁ、ざまぁみやがれ。


 すると、トノサマリバイアサンが急にそっぽを向いた。そしてそのまま水中に潜り、どこへともなく行ってしまった。


 「?」


 『アレは......逃げる気ですね』


 『鈴木には勝てねぇーと察したみたいだな』


 お? ということは......。


 「僕らの勝ち?!」


 『まぁ、引き分けと言いたいところですが』


 『ああー、疲れたー』


 「「マスター!」」


 「うお?!」


 武具から愛らしい少女の姿に戻ったインヨとヨウイが、僕に抱き着いてきた。その勢いを受け止めきることができず、僕は倒れてしまう。


 仰向けに倒れた先、晴れた空がやけに青く澄んでいるように見えた。


 僕はそのまま白と黒の少女たちの頭を撫でる。二人は何がいいのか、僕に頭を撫でられて心地よさそうにしていた。


 僕は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した後、力なく呟いた。


 「このまま海水浴でもしてゆっくりしたい......」


 『お前、あれだけ嫌な思いしたのに、よくまた海に潜りたいとか言えるな......』


 「オーダーが入りました」


 「スク水に着替えます」


 『苗床さん、あなた犯罪者にならないと気がすまないのですか?』


 斯くして、僕らはSランク指定のトノサマリバイアサンを単騎で撃退するという偉業を成し遂げたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る