第317話 海原に住まう巨大モンスター

 「出ました! トノサマリバイアサンが接近してきました! Sランク指定モンスターです!」


 という船員さんの緊迫した声に、この場に居る誰もがどよめいていた。


 それもそのはず、リバイアサンなんてファンタジー世界には必要不可欠な大物モンスターが、この船の近くに居るのだから。


 現在、僕はギワナ聖国に向けて出航した船の護送をしている。その道中で海賊に襲われたが、それは僕一人でなんとかできた。


 でも今度の敵は難しそう。だっていかにも海の王者って感じのモンスターが相手だもの。


 僕の近くに居たバルクさんがまるで怒鳴りつけるように、その船員に言った。


 「なぜだッ!! リバイアサンの生息域を迂回する海路を選んだはずだろ!!」


 「わ、わかりません! ただ偶然にしては迷いなくこっちに来てます」


 「ちッ! もしかしてこの船に積まれている<三想古代武具>が関係しているのか......」


 と、苛立たし気に言うバルクさん。


 僕はそんな彼らに聞こえないよう、魔族姉妹に聞いた。またその際、さっきまで甲板で燥いでいたインヨとヨウイが、僕の両サイドに移動してくる。


 「ねぇ、リバイアサンって強いの?」


 『ただのリバイアサンならそこまで強くねぇーな。ちと一概には言えねぇーが、Aランク指定で、この前倒したトノサマグリズリーくらいだ』


 『が、今回の敵はトノサマリバイアサンです。この船の全長を優に越える巨体で、強靭な鱗の持ち主な上に、ド派手な水属性魔法を連発してきます。まさに海の支配者です』


 「まーじか」


 「マスター、なぜトノサマリバイアサンはこの船に向かってきているのでしょうか?」


 「マスター、私たちは食べられるのでしょうか」


 などと、無表情に見えて、どこか好奇心旺盛っぽいヨウイと、不安そうに言うインヨ。二人は僕から魔力を与えられて、初めて自由の身になれたのだから、ここでトノサマリバイアサンなんかに脅かされたくないのだろう。


 僕はヨウイの問いに答えられないため、曖昧な返事しかできなかった。


 「わからない。さっきバルクさんが言ってたように、この船にトノサマリバイアサンが狙ってくる何かがあるのかもね」


 などと、僕が二人の頭を撫でていたら、


 「ズキズキ、困ったことになったね」


 「うお?!」


 どこからともなく、天色の長髪の少女が現れた。御年六百歳のサースヴァティーさんである。


 さっきまで寝ていたのか、寝癖がすごい。普段も癖っ毛がすごいが、今日は一段と酷いな。


 「ん? そっちの少女たちは? ズキズキの性奴隷? 良くないよ。趣味が悪い」


 「違いますから」


 「私たちの【変身魔法】が上達したら、マスターから寵愛を受ける予定です」


 僕はヨウイにアイアンクローを食らわせた。少女が宙吊りになる。


 「マスター、嘘は良くないと告げます。それに私たちはマスターの性処理を手伝うこと自体吝かでは――」


 インヨにもアイアンクローを食らわせた。二人目が宙吊りになる。


 サースヴァティーさんがドン引きしながら言った。


 「ま、まぁ、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃない。この船が沈むかもしれないんだ」


 僕は二人を下ろして、サースヴァティーさんと話すことにした。


 「サースヴァティーさんは何か知ってます? バルクさんはこの船に積まれている<三想古代武具>が原因じゃないかと言ってました」


 「<三想古代武具>? 見当違いもいいとこな話だね」


 「え、じゃあ何が原因かわかるんです?」


 「もちのろん」


 などと、薄い胸を張って、サースヴァティーさんが誇らしげに言った。


 さっすが長命で聡明な龍種。まだ誰も気づいてない原因を逸早く察知したのか。


 僕はサースヴァティーさんに期待の眼差しを向けた。


 「いいかい? トノサマリバイアサンってのは、下位の龍種みたいなもんさ。で、特に知能を持ち合わせていないアホな龍種は、私という上位の龍種が近くに居たら戦いを挑んでくる。挑んで、倒して、自身の強さを示そうとする脳筋なんだよ」


 「..................ということは、ですよ」


 「そう。私を狙ってこっちに来てるね!」


 「......。」


 僕はサースヴァティーさんに、まるで汚物でも見るかのような視線を向けた。



******



 「ちょちょちょちょちょちょ!!! ズキズキッ! 何をしているの?!」


 「え、サースヴァティーさんを縛って、トノサマリバイアサンに向けて放り投げるんですよ」


 「鬼か?!」


 「童貞です」


 現在、僕らは船の後方へ向かい、サースヴァティーさんの身体を姉者さんの鉄鎖でぐるぐる巻きにしていた。インヨとヨウイには、レベッカさんを呼びに行ってもらっている。


 で、サースヴァティーさんがジタバタしながら言う。


 「さすがに死んじゃうよ!」


 「いや、あなた龍種でしょう? それも上位の。この船から離れたところで、トノサマリバイアサンとドンパチやってきてくださいよ。終わったら引き上げるんで」


 「手足縛られたまま戦えと?!」


 ああ、そうだった。片足や腹部だけ縛っとけば、後で引っ張ってこれるか。これじゃあ、ろくに戦えないよね。


 「ず、ズッキー、さすがにそれは彼女の仲間として見過ごせないよ」


 「あ、ミーシャさん」


 「ミーシャ! 助けて! この男に六百年守ってきた操を食べられる!」


 よし、やっぱこのまま放り込むか。


 てか、六百年もの間、処女だったのか、この龍種。僕よりもよっぽど上級者じゃないか。


 「さてと、状況は聞いてるよ。トノサマリバイアサンがこっちに向かってきているみたいだね」


 「はい。Sランク指定モンスターって聞きました。なんとかして倒せませんかね?」


 「うーん。生憎と海上の戦闘は不慣れで、ワタシは大して役に立てないかも」


 ミーシャさんでも難しいか......。やっぱレベッカさんと協力して戦うか。


 僕がそんなことを考えていたら、未だに手足を縛られたままのサースヴァティーさんが言った。


 「ズキズキ一人で十分だと思うよ?」


 「死ねと?」


 「いやいや。私は知ってるんだからね。ズキズキが複数の【固有錬成】持ちだってことを」


 やっぱり僕のスキルに関してバレバレか。


 「......それでも海上戦は経験したことないので、厳しいと思いますが」


 『【固有錬成:泥毒】を撒き散らせば楽なんだけどなー』


 『海水で薄まりそうですよね』


 「「マスター」」


 すると、僕らの下へ、レベッカさんを呼びに行っていたインヨとヨウイが戻ってきていた。


 「レベッカさんは?」


 「駄目でした」


 「ぐったりしてました」


 え、ええー。なんなのあの人、ちっとも仕事してないじゃん......。船酔いかな? 今更?


 そんなことを僕が考えていると、ミーシャさんが僕の肩の上に、ぽんと手を乗せた。


 「ミーシャさん?」


 「ワタシは戦闘向きじゃないが、【転移魔法】が得意でね」


 「なるほど。それでトノサマリバイアサンから逃げられるよう、この船を転移させるんですね」


 「海上戦はあまり詳しくないけど、できるだけ自分の有利な状況を作り出すんだ。いいね?」


 「ミーシャさん、なんか僕の足下だけ、魔法陣が展開されてるんですが。僕だけ光り始めてるんですが」


 「大丈夫、ちゃんと帰りも転移させるから」


 おいこら、ちょっと待て。


 「じゃあ。頑張って、ズッキー」


 「頑張れ、ズキズキ!」


 僕はやけくそになって、腹いせにスレンダー美女の胸を鷲掴みしようとした。


 が、その前に、僕の両手は何者かによって掴まれていて、その行為を阻まれた。


 見れば、インヨとヨウイがそれぞれ、僕の両手を握っていた様子を目にする。


 力強く、ぎゅっと。


 「「マスター、私たちはずっと一緒です」」


 「いや、今はそういうの要らな――」


 瞬間、僕の視界は暗転するのであった。

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