第316話 海にはワンピースを

 「「おおー」」


 「マスター、風が心地良いです」


 「マスター、潮の香りがします」


 「「マスター、マスター」」


 う、うるさい......。


 現在、僕は少女姿のインヨとヨウイを連れて、甲板に来ていた。二人にはある程度話を聞けたので、外に出て気分転換しようと思った次第である。


 甲板には数名の人が居たが、この場に相応しくない少女たちを目にして、唖然としていた。客船ならともかく、この船に乗っている人は全員、仕事目的だから場違いなことこの上ない。


 で、二人とも、あまり感情を顔に出さない印象があったが、晴れた空の下、視界いっぱいに広がる海を目にしたら、見た目相応に燥ぎ始めた。


 無論、僕はこの白と黒の少女たちの契約者になったので、無関係とは言えなくなった。もっと言えば、呪具である<三想古代武具>をギワナ聖国に送り届けなきゃいけないのに、その呪具を勝手に持ち出してしまっている。


 敵対行為もいいとこだ。嫌になっちゃう。


 「「マスター、ワンピースに着替えたいです」」


 「......。」


 そんでもって二人の厚かましさを覚えた僕である。


 二人は【変身魔法】で、僕のイメージにそったものに着替えられるみたい。今はミニスカ浴衣姿だが、眼前に広がる光景に合わせて着替えたいとのこと。


 僕からしたら、少女たちの着せ替えを楽しむのではなく、レベッカさんのような美女に変身してもらって、我が股間を喜ばしてほしいのだが......


 「オーダーが入りました」


 「マスターからワンピースを着た巨乳美女のイメージが届きました」


 「「、変身しますか?」」


 「......変身しなくていいよ」


 『『......。』』


 それが叶うことは無かった。


 魔族姉妹も哀れみで黙り込むほどに、僕の野望は叶わなかった。


 数時間前の出来事。インヨとヨウイの二人と契約する前に聞かされた話はこう。


 二人は言った。私たちと契約してくれたら、マスターの好みの女性に変身します、と。


 僕は即契約した。その素早さは知能指数を限りなくゼロにする代わりに、閃光の速さを得られるほどであった。<ギュロスの指輪>をはめたときを思わせる速さだった。


 結果、契約した僕は、さっそく少女二人に頼んだ。


 少女の姿にはならなくていいから、グラマスな美女の姿に変身してほしい、と。


 ボン・キュッ・ボンな美女になってほしい、と。


 僕の童貞を奪ってほしい、と。


 でも現実は甘くなかった。


 グラマスな美女とはこんな感じでしょうか、と二人は【変身魔法】で変身してくれたが、なんか園児が粘土遊びで作ったかのような造形の人間と化した。


 ボン・キュッ・ボンな美女はこんな感じでしょうか、と二人は三頭身キャラと化した。


 マスターの童貞を奪う生殖器の構造を知りません、と二人はここぞとばかりに、自分たちは武器だから、云々主張してきた。


 【変身魔法】とは元来、イメージが強固でなければ成し遂げられない。人体なんて複雑を極めた構造、やれと言われてやれるものではないらしい。


 でもさ、同時に詐欺って言葉もあると思うんだ......。たしかに二人はこれから努力するって言ってくれたけどさ......。


 『その、なんだ、そんな上手い話はねぇーってことだ』


 『これに懲りたら、少しは自重してくれません?』


 「......。」


 妹者さんは僕に同情し、姉者さんは呆れ果てていた。


 そんな契約者の僕の気持ちなんて知ったこっちゃないと、インヨとヨウイは燥いでいる。


 「海に沈めようかな......」


 『武具とは言え、あの見た目でそんなことしたら通報もんですよ』


 冗談だよ(笑)。


 「おいおい、この船にガキ乗せたのはどこのどいつだぁ!!」


 すると、どこからか、男の人の怒鳴り声が聞こえてきた。


 声のする方へ振り向けば、そこにはこの船のキャプテンであるバルクさんが居た。ただでさえ熊のようにデカい体躯なのに、怒るとその厳つさに拍車がかかるようだ。


 バルクさんはインヨとヨウイの下へズカズカと歩んでいった。


 二人の少女はそんな大男を見上げて、突っ立ったままだ。ただ彼に怖がっているといった様子ではない。その巨体に関心しているような面持ちである。


 例えるなら、動物園にて、客の方にやってきた熊とかゴリラに目を奪われている感じ。


 「おい、ガキども。お前らの親はどこに居やがる?!」


 「「私たちには親が居ません」」


 武具だからね。でも今は完全に美少女の見た目だから、バルクさんが戸惑うのも無理は無い。


 「お、おう。そ、そうか。それは......気が利かずに悪かったな。保護者は?」


 「「保護者マスターならあそこに」」


 二人がこちらを指差してきたので、僕はバルクさんに事情を説明すべく、彼らの下へ向かった。僕の存在に気づいた彼は、仮面を被った僕に見慣れずビクッとしていたが、気にする程ではない。


 いや、もしかしたら<ギュロスの指輪>を使ったから、その代償に周囲の人間から気味悪がられているのかも。


 どっちでもいいや。


 「おい、<口数ノイズ>。お前、雇われた身で、なにガキを連れてきてんだ」


 「お騒がせしてすみません。彼女たちは僕の武具です」


 「武具?! ってことは!!」


 「ええ。<三想古代武具>――」


 と、ここで僕は言いかけて止まった。


 あれ、インヨとヨウイって<三想古代武具>のうち、どれに当てはまるんだろう?


 後で聞けばいっか。


 「?」


 「いえ。彼女たちは<三想古代武具>の一種です。今は【変身魔法】で人の姿に化けてます」


 「はい、マスターには巨乳美女になれるよう努力しろと――」


 「インヨちゃん、ちょっと黙ってて」


 僕は即座にインヨの口を塞いだ。


 「ふごふご――ぷは! マスター、苦しいです」


 「ということで、すみませんが、歴とした武具なので、見逃してください」


 「お、おう。まぁ、そういうことならいいが......。まさとは思うが、この船に積まれた<三想古代武具>の保管庫に行ったりしてねぇよな?」


 「はは、まさか。僕は護送をするために雇われたんですよ」


 『『......。』』


 「だよな! そもそも呪具に近づく馬鹿なんて居るわけねぇーよな! がははははは!」


 「がははははは!!」


 「「がはははは」」


 こりゃあ死んでも呪具を掻っ攫って来ましたとは言えないね。


 僕らが看板のど真ん中で笑い合っていると、


 「バルク船長ぉぉおおおお!!」


 どこからか、バルクさんに負けない声量で、彼を呼ぶ声が聞こえてきた。


 誰だと思って、声のする方へ振り返ると、そこには痩身ながらも、服の上からでもわかるほどの筋肉質な男性がこちらへやって来ていた。


 「出ました! トノサマリバイアサンが接近してきました! Sランク指定モンスターです!」


 トノサマの必要ないだろ、そいつ。


 僕のそんな疑問は、そよぐ海風に吹き飛ばされるのであった。

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