第310話 透明人間はあなたの側にいます

 「ぐあぁ!!」


 「「「「「っ?!」」」」」


 現在、海賊船に乗り込んだ僕は、眼前に立っていた男の背を【紅焔魔法:閃焼刃】で斬った。僕がこの男の背後に転移したというべきか。


 透明人間になれる<ギュロスの指輪>と【固有錬成:縮地失跡】を使って。


 海賊船に着いた途端、透明人間は解除した。敵の注意を引き付けたかったからである。


 海賊船は一言で言ってしまえばめっちゃ汚かった。船の汚れは言うまでもなく、食べカスとか空になった瓶とか、甲板の隅で結構なかず見受けられる。なんか臭いし、長居したくないというのが本音である。


 「な、なんだこいつ! いつの間にこっちに乗り込んできた?!」


 「こ、殺せ! 殺せぇ!」


 仲間の一人が殺られたことで、次々に僕に襲いかかってくる賊共。彼らの手には僕の期待を裏切らない湾曲した刃を持つカトラスや西洋剣が。


 いいね、そういうの。


 ただ体臭がすごいからこっち来ないでほしい。


 『オラオラオラオラオラオラオラオラ!!』


 『くっさいですね』


 僕がそんなことを思っていると、右手が【紅焔魔法:火球砲】をマシンガンのように悪漢たちへ放っていて、左手は【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】で敵の接近を防いでいてた。


 姉者さんは僕と同様に、奴らの体臭が苦手みたい。


 『私、苗床さんがあれくらい臭くなったら出ていきますから』


 「寄生している身でなに偉そうなこと言ってるの......」


 『あーしは別に気にしねぇーけど、清潔にしているのが一番だよな!』


 という戦闘中にもかかわらず、呑気なことを僕らが言っていると、奥に控えている賊共がざわつき始めた。


 「お、おい! まさかあの仮面の野郎、巷で噂の<口数ノイズ>じゃねぇか?!」


 「同時に二属性魔法攻撃してくる奴なんてそういねぇーよ!」


 「それに童貞っぽいオーラが出てやがる!」


 最後の奴、今すぐ殺すか。


 僕がそう思って、【螺旋火槍】を生成しようとしたら、


 「おいおい。うちの船で大暴れしてる馬鹿はお前か」


 奥からズシンズシンと巨体を揺らしながら、何者かが現れた。その者はいつぞやの蜥蜴魔族のような肉厚の尻尾を床に引きずっていた。無論、その特徴たる全身の鱗もどこか見覚えがあるので、明らかに人間のそれじゃない。


 人しかいないと思ったが、まさか他種族が居るなんて......。


 「あれは......蜥蜴魔族だよね」


 『はい、以前戦った人造魔族と同じ種族です』


 『図体は以前のやつよりデカいがなー』


 僕はそいつに向き合った。周囲が両者を目の当たりにして声を上げる。


 「うおぉおお! デカゲさんが来たぞぉ!」


 「楽に死ねると思うなよ、クソガキ!」


 「デカゲさん、殺っちゃってください!」


 そんな周囲から寄せられる期待に、デカゲという蜥蜴魔族は満更でもない笑みを浮かべながら、僕の方へ近づいてきた。


 奴の手には見るからに上等な槍ある。先端は三つの穂を有した所謂三叉槍という奴だ。


 「この槍が気になるか?」


 「いえ、全く」


 「これは魔法具でな。<鯨狩り>って言ってな。魔力を込めると、その量に比例して麻痺効果を付与する。クックックッ。掠っただけでもお終いだぜ?」


 人の話を聞かないのは海賊もか。


 とりあえず、僕は両足をガクガクと震わせた。


 「そ、そそそそそんなの怖くない!」


 『『え゛』』


 魔族姉妹から間の抜けた声が漏れる。


 そりゃあそうだ。麻痺させる槍を持ってるからと言って、こっちが負ける道理なんてないのだから。敵のレベルを早々に見抜いたのか、魔族姉妹が僕の突然の茶番に戸惑いを見せた。


 そんな僕を見て、周囲の奴らが一斉に笑い出した。


 「ぶははは! こいつ、デカゲさんに恐れてますよ!」


 「人の船なんだから、死ぬまで小便漏らすなよぉ!!」


 「ぎゃはははは!」


 などと、先程までの怯えはどこへ行ったのやら。


 しかし無理して魔法の剣を構える僕の姿を見て、デカゲが鼻で笑った。


 「はッ。自分より格上を相手したときはどうしても足が竦んじまうよな。わかるぜ? だが、後悔したって遅ぇ! じっくり痛めつけてやるから――」


 「やぁぁぁああ!」


 ちょっと話が長くなりそうなので、僕はデカゲに向かって走った。


 「がはッ!」


 ズドッ。


 ろくに防御も回避もしなかった僕は、デカゲが持っていた<鯨狩り>と呼ばれる三叉槍で腹部を刺されてしまう。


 「あ、がッ」


 『何がしたいんだ、お前......』


 「おいおい、まだ人が話している途中だろう? って痺れ始めた頃合いか。はは、ざまぁねぇなー」


 「さすがデカゲさん!」


 「今から死ぬまで地獄を見せてやるぜぇ!」


 デカゲが無造作に引っこ抜いた三叉槍を縦に立てた。


 僕はその場に倒れ伏してしまう。どうやら奴が言ったことは本当のようで、全身痺れて動けなかった。すご。まぁでも......。


 麻痺して動けない僕は唱えることなく発動する――【固有錬成:害転々】。


 「が?!」


 「「「っ?!」」」


 すると、デカゲが腹部から血を撒き散らしながら倒れた。【害転々】で僕が負った“害”をデカゲに跳ね返したのである。


 奴のピクピクと動いている様が、海から打ち上げられた魚のようだ。


 僕はむくりと起き上がった。


 「な、なななんで立って――」


 「ふむ、マジで指一本も動かせなかった」


 『自分の身で検証するのはかまいませんが、一言言ってくれません? 私たちも同じ身体に住んでるんですから』


 『そーだぞ。あーしの【祝福調和】ですぐに治そうか迷っただろーが』


 「ご、ごめんって」


 平然と立って独り言をする僕と、出血と痙攣をしているボスっぽい蜥蜴魔族。前者の僕は床に落ちている三叉槍を手にとって「これ貰うね」と言いながら、その槍でデカゲの首を切り落とした。


 なんともあっけないボス戦である。


 両者の力量差を感じ取ったのか、周囲の奴らが静まり返った。


 不気味なくらい静かだったので、僕は短く言った。


 ニコリと笑みを浮かべて。


 「次」


 それでも静かだった沈黙の間にて、誰かが口を開く。


 「お、終わりだ。で、デカゲさんが死んじまった......」


 その言葉が合図となったのか、悪漢どもが踵を返して走り出した。


 「誰か助けてくれぇええ!」


 「死にたくねぇ! 死にたくねぇ!」


 「『『......。』』」


 いつぞやの山賊たちもそうだったが、もうちょっと必死になって戦ってくれてもいいんじゃないかな。


 海賊船なんて面積が限られている場所、どこへ逃げようって言うんだ。そんな無様を晒すより立ち向かってくれ。なんか甲板の端で三角座りしてブツブツ言っている野郎も居るし。どんだけ絶望してんの。


 さすがに見ていられなかったので、僕は声を上げることにした。


 「ちょっと! 逃げずに戦ってくださいよ! 海賊の意地を見せてくださいって! そこの人も!」


 「ひぃ! お助けぇぇ!」


 「俺はもうこの船を捨てるッ!!」


 「海に飛び込んだ方がまだマシだッ!」


 そう言って、何人かは海へと身を投じる始末である。


 ちょっとちょっと。勘弁してよ。まだ試したいことはいっぱいあるんだ。


 僕は無理やりでも実行しようと、再び<ギュロスの指輪>で透明人間になった。故にその場に居た連中が、僕の存在を見失って戸惑いを見せる。


 「ど、どこ行った?! 奴はどこ行った?!」


 「あがッ?!」


 「ボブ?!」


 ボブというのか、今両足を蹴って転ばせた人。僕のこと童貞って言ってたから、真っ先に狙っちゃったよ。


 僕はそんなボブの両足を踏み砕いた。


 手加減とかよくわからないから、逃げられないように両足をへし折るしか、手加減素人の僕にはできなかった。


 「あぁぁぁあああ!! 足が! 足がッ!!」


 「どこだ?! どこに居るんだよ、あのガキぃ! ぎぇッ?!」


 「ジョージ?!」


 「なんだよ......なんだよぉ!」


 「ああ、神よ......罪を償いますからお助けください......」


 とまぁ、そんな感じで、僕は姿を消しながら海賊どもを次々に狩っていった。



*****



 「いや、どっちが海賊かわからなかったよ、正直」


 「あんな叫びながら海に飛び込む賊は初めて見た」


 「......。」


 元居た巨船に戻ってきた僕は、ミーシャさんとサースヴァティーさんからあんまりな発言を食らっていた。


 なんか、こう「よく無事で帰ってきた!」とか「すごい! 素敵! 抱いて!」とか称賛の言葉を浴びると思っていたんですけど。


 海賊船には手足をあらぬ方向に折られた者たちが散見される。それを見た冒険者や傭兵たちがドン引きしていた。僕と海賊船をチラッチラッと交互に見て、ドン引きしてきた。


 まぁ、うん。逃がすよりはマシかなって。ええ、はい。


 ちょっとやり過ぎたと反省する僕であった。

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