閑話 <幻の牡牛> 3

 「ズキズキに<ギュロスの指輪>を渡したのはなんで?」


 鈴木と別れて開口一番に、サースヴァティーがそんなことをミーシャに聞いた。


 二人はこの船に割り当てられた部屋に戻った後、束の間の休息を過ごしていたのである。


 ミーシャがサースヴァティーの問いに答える。


 「なんでって、ズッキーならアレを使いこなせるかなって思ったからだよ」


 「そのために、わざわざ<幻の牡牛うち>の保管庫にあったアレを持ってきたの?」


 「はは、よく覚えていたね」


 鈴木に渡した<ギュロスの指輪>は最初からこの船にあったのではない。<幻の牡牛ファントム・ブル>の拠点にて、保管にされていた【夢想武具リー・アーマー】だ。


 それを今回の件に便乗して、あたかもこの船に既にあったと思わせ、他の<三想古代武具>に紛れ込ませていたのである。故に鈴木に疑われることなく、指輪との接触を試みることができた。


 幾分か声音を落して、<2nd>が催促する。


 「<1st>」


 「悪かったよ。相談も無しに【夢想武具リー・アーマー】を持ち出して」


 「そうじゃない。<ギュロスの指輪>は人格を歪ませる。そんなものをなんでズキズキに渡したんだ」


 「それはさっきも言ったように、ズッキーなら使いこなせるかなと思って......」


 ミーシャはバツの悪い顔を浮かべて、頬を指先で掻いた。


 サースヴァティーは溜息を吐きながら言った。


 「あなたの悪い癖だよ。何か面白いモノを見つけたら心行くまで弄ぶ。......そして最後にめちゃくちゃに壊す」


 「うっ」


 「ズキズキは<1st>のお気に入りなんでしょ。もうちょっと何もせずに見守ろうとは思わないの?」


 「そ、それは......」


 「私の研究対象にもしたい人物なんだ。研究する前に、あの謎の生命体が豹変してしまったら困るよ。......いくら<1st>と言えど、私の探究心を突くだけ突いて邪魔するのはいただけないな」


 「......ごめん」


 サースヴァティーの正体は数百年生きた龍とは言え、見た目が少女の者に、明らかに保護者と言えるような容姿のミーシャが責められているのは、異様な光景であった。


 「で? なんでまた<ギュロスの指輪>に“透明人間になれる”なんて嘘を吐いたの?」


 鈴木に説明した内容は、<ギュロスの指輪>を使うと、使用者を“透明人間”にすることができる。代償に他者から忌み嫌われるという代物であった。


 が、サースヴァティーが口にしたのは、得られる効果の虚偽だ。ミーシャは首を横に振って答える。


 「いいや、嘘じゃないよ。透明人間になれることも、歴とした<ギュロスの指輪>のさ」


 「......言い方を変えようか。なぜ未だに【融合化チェック】を成し遂げた者が居ない代物を、ズキズキに託したんだ」


 「......。」


 その言葉に、ミーシャは黙り込む。


 【融合化チェック】とはレベッカと<討神鞭>が成し遂げたような現象を指す。得られる力は破格のもので、如何なる強者も侮ることができない。そんな力を個人が手に入れたらどうなるのか。その点をサースヴァティーは懸念していた。


 女の瞳はどこか虚ろな者へと変わり、表情も笑みの消えた無機質なものへと変わる。しかしそれも束の間、ミーシャは無邪気さを感じさせる笑みを浮かべた。


 「はは、それはワタシが彼に期待しているからだよ」


 「......最悪、あの少年は我々の敵にもなり得るぞ、小娘」


 <2nd>は戯けた様子の<1st>に向けて殺気を放つ。


 少女の瞳はいつぞやの鈴木に見せたような、瞳孔を猛獣のそれにした目つきに変わる。口調もいつものような見た目相応のものではない。決して少なくない怒気を混じえた声音だ。


 しかし<1st>は動じることなく言った。


 「その時はその時だ。ワタシが責任を持つよ。責任を持って......少年を殺そう」


 「殺れるのか? その時は......あの者が<ギュロスの指輪>と【融合化チェック】したときだぞ」


 「ふ。ちょっと誰に向かって言ってるんだい?」


 <1st>は戯けた様子で続けた。


 片目にピースサインを当てて、茶目っ気たっぷりに。


 「<幻の牡牛ファントム・ブル>のボスだゾ♡」

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