第304話 謎の少女の距離感が近い件

 「さぁ! 私にを見せて!」


 瞬間、僕は起き上がって、臨戦態勢に入る。


 魔族姉妹も両手それぞれに氷と炎の属性剣を生成して構える。僕はいつでも【固有錬成:力点昇華】や【固有錬成:闘争罪過】が発動できるように集中した。


 この子、なんで僕の両手のことを......。


 僕が警戒していると、天色の髪をした少女は目をぱちくりと瞬いていた。


 僕は普段よりも低い声音であることを自覚しながら問う。


 「君......何者?」


 「え? 私はセカ――さ、サースヴァティー! この世のありとあらゆる知を掻き集める者だよ!」


 『角も生えてねぇーし、耳も尖ってねぇー。肌の色からしても見た感じ、種族は人間っぽいな』


 『いえ、よく見てください。あの子の首......マフラーで隠しているようですが、鱗のようなものがあります。それにあの牙のような犬歯......。人の子じゃありませんよ』


 本当だ。首筋に少しだけ水色の鱗みたいな箇所が見受けられる。......聞いてみるか。


 「......人じゃないよね?」


 「いかにも! よくわかったね。この歯を見て判断したのかな?」


 「まぁ、うん、そんなとこ」


 「そうかそうか。ちなみにだけど、私が人じゃなかったら何だと思う?」


 などと聞いてきたので、僕は憶測で答えることにした。魔族姉妹がぶつぶつと何か熟考していたから、ヒント無しで答えるしかなかったのである。


 ラノベ知識で申し訳ないけど。


 「龍種......かな?」


 『な?! す、鈴木、おま、どこでそんな知識を?!』


 『ただのラノベ知識ですよ』


 うん、ラノベ知識だよ。


 牙のような犬歯、肌に鱗......それだけで龍種と決めつけるのはどうかと思うけど、僕のファンタジー的観測がそうと訴えているんだ。悪いか。


 しかし僕の言葉を聞いて、先程まで明るかった表情を浮かべていた少女が、途端冷めた顔つきになった。スッと瞳孔を細めて僕を見据えてくる。その視線に、僕は背筋を冷たいものでなぞられた気分に駆られた。


 少女が幾分か低い声音で口を開く。


 「驚いた。まさかで龍種とひと目で見抜くとは。お前はいったい何だ?」


 おっと。今聞き捨てならない発言をしたぞ、この子。


 見た目はあっちが年下なのに、僕のことを“その若さで”と評した。これすなわち、相手が見た目以上の年を取っていることを意味する。


 ラノベ知識だけど。


 所謂、彼女はロリババアという奴なのかもしれない。


 「僕は苗床。今は傭兵をやっているけど、冒険者だ。ただの冒険者」


 「人間?」


 に、人間かどうかで問われたら、人間であると信じたいという回答になってしまう。答えになってないだろうけど。


 「......たぶん」


 「たぶん?」


 「言わないよ。君、僕の両手のことをどこで知ったの? 正直、怪しい人にはこれ以上教える気も無い」


 「ああ、そういう」


 そう言って、どこか納得した様子の少女は、自身の首に巻いていたマフラーをガバッと取って言った。


 そしてさっきまでの冷めた表情が嘘のように、愛想の良い笑顔を振りまく。


 「よくぞ見抜いた、ナエドコ君。私はサースヴァティー。誇り高き龍種だ。今年で六百となる」


 少女は薄い胸を張って偉そうにしていた。いや、実際偉いんだろうけど。


 『ま、マジかよ......こんなところで龍種に遭遇するなんて』


 『苗床さん、言っておきますが、今の私たちでは数百年間生きた龍を相手にしても勝ち目は薄いです』


 「え゛」


 『とりあえず土下座しとけ』


 『龍種は大体プライド高い奴ばかりなので、適当に煽てておけば、機嫌をよくする傾向があります』


 マジすか......。


 僕の両手から氷と炎の剣が霧散する。どうやら闘志を滾らせても意味が無いらしい。


 僕は自分の軽い頭を下げることにした。


 「すいやせんしたー!」



******



 「むむ? なぜ口が無い?」


 「......。」


 現在、僕は癖っ毛のある天色の長髪が特徴の少女に、身体のあちこちを弄られていた。というのも、この子が何故か魔族姉妹の口を知っているからだ。


 今は探すのに疲れたのか、座っている僕の上に腰掛けて、マジマジと僕の両手を観察している。


 いや、どういう状況?


 ちなみに魔族姉妹には姿を消してもらっている。相手がどういった経緯で魔族姉妹の口の存在を知ったのか知らないが、見せてやる理由もない。


 もちろん、命の危険とかに直結しそうだったら見せるつもりだけど。


 「あの時見た口はどこに行ったんだろ」


 「あの、すみません、サースヴァティーさん」


 「なに?」


 「いい加減退いてくれませんかね......」


 「え、重たいの?」


 「いや、重たくはないんですけど、周囲の目があるというか......」


 「何を水くさいこと言うんだ。私とナエドコ君の仲じゃないかー」


 じゃあ浅いよ、その仲ってやつは。


 龍種ってこんな距離感近い人ばっかなのかな......。


 で、サースヴァティーさんは龍種と言っているが、今は人の姿に化けているだけで、本来は龍の姿とのこと。ロマン溢れるし、是非見てみたいけど、状況的にそれが許されないのが辛いところ。


 本題に入るか。


 「で、どこで僕の両手のことを?」


 「ファー......ああ〜、ミーシャ! そう、ミーシャから聞いた!」


 誰だ、ミーシャって。そんな人と知り合いになった覚えないな。


 記憶を整理すると、僕の両手に魔族姉妹が寄生していることを知っているのは数名。


 魔族姉妹の声を隠す魔法が効かないアーレスさん、普通に正体をバラした相手のルホスちゃんとウズメちゃん、ビスコロラッチという<屍の地の覇王リッチ・ロード>。それと先日、レベッカさんに姉者さんがバラしたな......。


 あとは......あの闇組織<幻の牡牛ファントム・ブル>のお偉いさん。<1st>だっけ。近くに控えていた<7th>って人も知ってそうだな。


 てか、闇組織にバレてる時点で詰みじゃん。あっちに黙秘する義務なんてないんだからさ。


 え、じゃあ結構広まっているってこと? 普通にやばくない?


 『鈴木、こいつはもしかしたら闇組織のもんかもしれねぇー』


 『探りを入れてください』


 僕がそんなことを考えていたら、胸の方から魔族姉妹の声が聞こえてきた。そうだった、二人は僕の身体なら、どこにでも口を生やすことができたんだった。おそらく服の下に潜んでいるからバレにくいと踏んでいるのだろう。


 姉者さんの言った通り、慎重に揺すってみるか。


 「そのミーシャって人もですけど、もしかしてあなたは闇組織の連中ですか?」


 「っ?!」


 僕の言葉にサースヴァティーさんは驚愕した。


 黒だ。これ絶対黒だ。めっちゃ動揺して目を見開いているもん。


 少女は俯いて、小さな声で答えた。


 「正解......だ」


 「......。」


 秒でゲロったぞ。ここまであっさり認められてしまうと、逆に真実が疑わしくなる。


 「え、えーっと、本当に?」


 「龍は......嘘を............吐かないッ」


 な、なんて不便な種族なんだ。種族的にプライドがそれを許さないのだろうか。


 『もしかしてこの龍のガキ、あの<幻の牡牛ファントム・ブル>とかいう組織のもんか?』


 『それはあり得ないでしょう』


 『なんでそう言い切れんの?』


 『いやだって......あの組織は情報を扱うことに関してプロの集団ですよ? 情報収集及び管理の徹底は言わずもがな、です。......こんなあっさりと吐くような人雇いませんよ』


 『そ、それもそうだな』


 どうやら魔族姉妹もこの少女の正体を怪しんでいるようだ。疑問を解消したくて質問したのに、謎は深まる一方である。


 「こんなところに居た」


 するとどこからか、中性的な声が聞こえてきた。


 そちらへ振り返ると、なんと先日、港町で遭遇した美女が立っていた。


 薄桃色の長髪を海風に靡かせていて、整った容姿のスレンダー美女である。目つきはおっとりしていて、彼女の優しさがそのまま滲み出ている感じだ。


 「ファー......ああ〜、ミーシャ!」


 え、この人がミーシャ?!


 じゃあ、昨日僕とぶつかった子はサースヴァティーさん?!


 『外套纏ってたので気づけませんでしたね......』


 『まぁ、言われてみれば、昨日会ったガキと背丈一緒だな......』


 僕が驚いた表情と警戒心を剥き出しにしていると、ミーシャと呼ばれるスレンダー美女がどこか察したように、苦笑しながら近づいてきた。


 「ああー、その様子だと、サースヴァティーがバラしちゃったみたいだね」


 「......あなたたちはいったい何者ですか」


 「その子から聞いた通りだ」


 ミーシャさんは美しい面持ちに拍車をかけるようにして、片目にピースを添えながら言った。その仕草はあざとかったが、思わずドキリとしてしまう魅惑があった。


 「闇組織の人間だゾ♡」


 か、可愛い......。


 『おい』


 妹者さんにツッコまれる僕であった。

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