第303話 出航は美女たちと共に?
「スー君、日焼け止め塗って〜」
「はい、喜んで」
『おい、なんで下脱ぎ始めてんだ、バカ』
『この男、ほんと性に忠実ですね』
へへ、褒めないでよ。
現在、港町ビラビラアーワビの宿にて一夜を過ごした僕らは、これからギワナ聖国行きの船に向かおうとしていたのだが、まだ予定の時刻までかなり余裕がある。
昨日のうちに観光と買い出しもしたから、基本的にすることはない。
無いので美女とのエッチしか有意義な時間の使い方は無いのだが、魔族姉妹に止められてしまった。
レベッカさんは昨日、この町に到着したと同時に、僕と別れて行動を取った。買い物したかったらしく、今はその時に買ってきた小瓶を僕に見せていた。どうやら彼女の手にしている小瓶に入っているのが、日焼け止めクリームらしい。
「日焼け止めなんてあるんですね」
「当然じゃない。この港は特に日差しが強いもの。しばらく船の上で生活するんだから、自分のお肌はちゃんと守らないと」
へー。レベッカさんから受け取った小瓶の蓋を開けると、すごく良い香りが漂ってきた。
こ、これ絶対高いやつじゃん......。
ちなみに聞いた話では、このクリームを塗ると数日は日焼けしないらしい。濡れた布で身体を拭いても効果は持続するのだとか。すげぇアイテムじゃん。
「早く早く〜」
レベッカさんがベッドにうつ伏せになった。露出の多いワンピースを着たままだが、それは僕に脱がさせたいのだろうか。なんて手のかかる人なんだぐへへのへ。
でも僕は敢えて彼女の衣服を脱がさない。このままクリームを塗るという上級プレイに発展したいのだ。
とりあえず、美女に急かされたので、僕は小瓶の中身を手のひらに垂らした――その時だった。
『あーん』
「ちょ?!」
妹者さんが大きく口を開いて、僕が垂らしたクリームを飲みやがった。
『なんか甘ぇー!!』
「な、なにしてんの?!」
『知るかッ! あーしの目が黒いうちは他の女とエッチなことできると思うなよ!!』
な、なんて奴だ......。
『おい、ビッチ!!』
「うわ?! 誰?!」
すると妹者さんがそのまま怒りの声をレベッカさんに向けた。レベッカさんはその声にビクッと驚く。
彼女には魔族姉妹のことを隠しておく話だったのに、レベッカさんの反応からして、例の声を隠す魔法を使ってないみたいだ。
姉者さんが深い溜息を吐いているのが何よりの証拠である。
『こっちだ! 毎度毎度、鈴木を誘惑しやがって!! 人の男に色目使うのも大概にしろよな!!』
「み、右手に............口?」
レベッカさんが目を瞬かせつつ、差し伸ばされた僕の右手を見つめた。
もう完全に正体を晒していくつもりらしい。
『鈴木はお前みたいな女、好みでもなんでもねぇーから!!』
「ま、前々から怪しいとは思ってたけど、さすがにこれは......予想の斜め上ね」
右手の怒鳴り声に動じず、マジマジと観察を続けるレベッカさん。幸にも気持ち悪いという視線は頂戴していない。不思議そうに見ているだけだ。
『本当はできるだけ正体を隠しておきたかったんですが、仕方ありません。妹者のストレスも相当限界でしたし、時間の問題だったのでしょう』
「あら、今度は左手から?」
すると今度は姉者さんも平然とした様子で自分の口を見せた。僕の両腕、本当に僕の意思に関係なく動くな......今更だけど。
「えっと、はじめまして。......ではないかしら? その口ぶり、スー君と殺り合ったときに見せた人格かしら?」
『人格じゃなくて歴とした別人だよ!! あの時はボコボコにされずに済んでよかったなぁ?!』
『こらこら。煽るのはやめなさい』
「レベッカさん、よく落ち着いて居られますね」
「まぁ、手に口が生えていたことには驚いたけれど、それだけじゃない? スー君はスー君だし......。ほら、パッと来ない雰囲気とか」
それってポジディブに捉えていいのかな? 無性に泣きたくなってきたんだけど。
『鈴木の良さがわかってねぇな! やーっぱビッチはビッチだわー!』
「ちょっと。さっきから人のことをビッチビッチと言うの、やめてくれないかしら?」
『ビッチだろ。事ある毎に鈴木にちょっかい出してよ』
「なによ。別にあなたには関係無いでしょう?」
『こいつとあたしらは運命共同体なんだよッ!! 近寄んな!』
「別に減るもんじゃないし、いいじゃない。ね? スー君」
「はい」
『お前はもっと警戒しろッ』
「ねぶしゃ?!」
僕が右頬を殴られた様を見て、レベッカさんが、「ああ、いつも急に自分を殴りつけるのって、そういう経緯なのね」とどこか納得していた。
『もうあーしがこうして正体を晒したんだ。今までみたいに鈴木を誘惑できると思うなよ!!』
「はぁ。これから賑やかになりそうで面白いけれど、なんか邪魔者が現れたって感じ〜」
『こっちのセリフだわッ』
『苗床さん、そろそろ時間ですし、ここを出ましょ』
「あ、うん」
こうして魔族姉妹の話し相手が増えたので、これからの仕事は賑やかになることが予想されるのであった。
******
「で、でっか......」
『ほぉー。こりゃあ立派な巨船だな』
『この船に<三想古代武具>がたんまりと......ふふふふ』
「ふぁ〜」
晴天の下、船着場に来た僕らは、眼前に広がる木造帆船に唖然としていた。あまり船を間近で見たことないからわからないけど、この大きさ、迫力、ロマンを感じるよ。
全長も五十メートルじゃ聞かない気がする。今も船着き場から荷物をあれこれと運んでいるみたいだし。
「おーい! お前さんたち、今回の護送で雇われた傭兵たちかー?!」
僕らが見上げていると、少し離れたところで眼帯を着けた強面のおっさんが、僕らに向けて手を振っている様子を目にする。
その人の下まで向かうと、まるで太陽のような笑みを浮かべながら男が口を開いた。
「よぉ! 俺ぁ、この船のキャプテンだ! バルクっていう!」
「苗床です。道中の護衛は任せてください」
「レベッカよ。よろしくね」
「ほうほう。<赫蛇>は前から有名だったから頼もしいが、お前さんがあの......」
と、バルクさんは片目だけで僕を見下ろしてきた。この人、熊みたいにでかいな。いかついし。
「<
手を差し出してきたので、僕も快く応じることにした。
すごい力強く握られたけど、善意から来る行為なので、僕は苦笑するだけに止めた。
バルクさんの話によれば、一応、僕らの他にも雇っている連中はいるらしい。有名人もいるそうだが、傭兵業界に入ったばかりの僕が聞いても知らない名ばかりだった。
また忙しいバルクさんに代わって、船員が船の中を軽く説明してくれたので、直近で困りそうなことはなかった。
不安と言ったらアレだな。船酔い。船に乗ったことないから、ちょっと心配。
さっそく船に乗った僕は、割り当てられた部屋に荷物を置いて、見学がてら、そこら辺を見回ることにした。その際、レベッカさんは部屋で大人しくしてるとのこと。なんか眠そうにしてたし、一休みしたいのだろう。
今朝はずっと妹者さんと言い争いしてたし。
レベッカさんって、地味に大人気無いところあるよね。言い合いであそこまで熱くなるなんてさ。
そんなことを考えて歩いていたら、
「居たぁ!!」
「『『っ?!』』」
背後からどえらい声量が聞こえてきたので、そちらを振り向くと......
「あれ?」
『誰も居ねぇーじゃん』
そう、そこには誰も居なかったのだ。
が、
「とう!!」
「ぐおっ?!」
僕は股間に何かが飛び込んできたことにより倒れてしまった。
『鈴木の鈴木ぃぃいい!!』
「会いたかったよ! 謎の生命体!!」
「うっ」
僕は金玉を抑えるが、すぐさま妹者さんが【祝福調和】で治してくれたので、痛みは一瞬で霧散した。な、なんなの急に。“謎の生命体”って僕のこと?
見れば僕の下半身にしがみ着いている者が居た。
少女だ。ルホスちゃんやウズメちゃんくらいの年齢の。
天色の長髪は癖っ毛がすごくてボサボサなんだが、黄緑色の大きな瞳が愛らしい少女である。
そんな子が目をキラッキラ輝かやかせながら言った。
「さぁ! 私に両手の口を見せて!」
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