閑話 お忍びは仕事的遠足

 「ったく。あれほど外では<1st>と呼ぶのは止めてくれと言ったのに......」


 「悪かった。反省してる」


 「本当に?」


 「それより聞いて! あの者、手に口が生えていてな!!」


 「反省してないじゃん......」


 ここ、港町ビラビラアーワビで最も栄えている市場から少し離れた所、人気のない薄暗い路地裏にて、<1st>は目の前の少女をジト目で見ていた。


 そう、本日の<幻の牡牛ファントム・ブル>のボスは牧師服を身に着けていない。動きやすい町娘の格好をしているのだが、その衣装の質はかなり上等なものだ。見た目こそ地味だが、見るものが見れば見抜ける一品だろう。


 対して少女の方は、外套の中の衣服は平民のそれであった。服にこだわりがない性格の持ち主で、着られればいいと思っている。


 「にしても、まさかあそこでズッキーと会えるとは......運命を感じるなぁ」


 「ずっきー?」


 「ここに来る途中で説明しただろう?」


 「知らない」


 「聞いてなかったのか......」


 「それより――」


 「いや、それよりじゃないよ。君が興味を抱いている人が、ワタシが以前話していた人物だ」


 「な?! アレがズッキーか?!!」


 「覚えてたのね。なんで嘘吐いたの」


 とまぁ、コントみたいなことを路地裏で繰り広げる二人であった。


 ちなみにだが、<1st>は少し前まで例の漆黒色のキューブで鈴木を盗聴していたが、この港町に来てからそれをやっていない。


 というのも、久しぶりの外出に心が踊ってしまい、いつでもできる盗聴とかしなくなっていたのだ。なんとも自由奔放な性格の持ち主である闇組織の人間だ。


 故に、いつの間にかこの港町に到着していた鈴木の存在に気づかずエンカウント。幸にも鈴木たちは<1st>と気づいていない。それもそのはず、対面したときは牡牛の仮面を着けていたのだから、バレるわけがないのだ。


 「ならば早く行こう! ズキズキが私たちを待ってる!!」


 「待ってない。あっちはワタシたちのこと知らないんだから。あとズキズキってなに。なんだか、頭痛っぽい呼び方な気がするよ」


 「いいから!」


 「少し落ち着いてくれ。燥ぐ気持ちはわからないでもない。ただ今のワタシと彼は面識が無い。知り合いっぽく接したら、気味悪がられて距離を置かれてしまう」


 「それは困る」


 「だろう? それにどうせこの後、ギワナ聖国行きの船でしばらく生活を共にするんだ。話す機会はいくらでもある」


 「なるほど」


 「そ。だから焦らなくても大丈夫さ」


 「それにしてもあの者の右手、非常に興味深い......」


 「ちなみにだけど、右手だけではなく、左手にも別の口があるよ」


 「ぬふぉ!!」


 ぬふぉ。こんな声、少女が出していいのだろうか。<1st>は軽く引いてしまった。


 「だったら片方の腕を私にくれないかな?!」


 「お、おそらく断られると思う」


 “おそらく”ではない。“絶対”だ。


 「ふむ。じゃあ次会ったときにダメ元で頼んでみるか」


 「やめて?」


 今回の外出、プライベートとして鈴木とお近づきになることが第一目的なのに、そんな身勝手な行動を取られては堪ったものではない。


 「はぁ。早く明日にならないかなぁ」


 「......。」


 まるで恋する乙女のように、思いを馳せる少女を目にして、<1st>はなんとも言えない表情を浮かべた。


 とりあえず、注意事項をもう一度言い聞かせることにした。


 「いいかい? もう一回忠告するからね? 外ではワタシを<1st>とかボスと呼ばないでくれ」


 「ならなんと呼べばいいの?」


 「“ミーシャ”。君、今朝は普通に呼んでたよね?」


 「忘れてた」


 「......。」


 「あ、私のことは――」


 「“サースヴァティー”」


 「そそ」


 「ったく。何が楽しくて、一度は捨てた名を再び使うのか、ワタシにはわからないよ」


 「いやいや、捨てた覚えは無いよ。これは両親から貰った大切な名だからね」


 少女は人差し指をピンと立てて、したり顔で言う。その笑みはこれから起こりうるだろう出来事に期待していると言わんばかりだ。


 「もちろん、<>というコードネームも大切にしてるよ」

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