第302話 港町ラビラビアーワビ

 『おおー! 港町ラビラビアーワビに着いたぞー!』


 『胸が高鳴りますね!!』


 現在、太陽が燦々と輝いている中、僕は港町ラビラビアーワビに到着していた。


 ここまでずっと陸路だったんだけど、この町に近づくにつれて潮の匂いがして思わず気持ちが昂ってしまったのは言うまでもない。


 異世界に来て初めての海。最高。


 これからやる仕事は最悪だけど。


 にしても、ここ、海風がよく吹くな。ちょっと暑い感じがするけど、カラッとしていてい爽やかだから不快じゃない。


 「それにしても良い天気ねぇ。これなら出航には問題無いんじゃないかしら?」


 と、僕の隣で日傘を差して呑気なことを言っているのは、ウェーブがかったブロンドヘアーを海風に靡かせている美女、レベッカさんである。


 当然のように僕と一緒に仕事する気の彼女は、いつもの身体のラインがはっきりするタイトドレスに身を包んでいるのではなく、比較的ゆったりとしたワンピース姿だ。


 もちろん、大人の色気を欠かさない、胸元が開けて谷間を強調させる代物である。おかげで清楚なロングスカートが目に映らないよ。


 彼女と話すときだって、目じゃなくて谷間を見て話しちゃうし。


 『おい、鈴木、どこ見てんだ』


 「......良い天気だなぁ」


 『おい!!』


 とまぁ、無事港町に着いたことだし、出航は明日って聞いていたから、今日はこの町で休むとしよう。


 今回の依頼は、<三想古代武具>が積まれた船を護送することだ。報酬額は前払いで白銀貨二枚。


 前払いで白銀貨二枚(大切なことなので二回言いました)。


 まさか国家規模の指名手配犯である僕の首の賞金を上回るなんて......。


 無論、レベッカさんと分けるから、金額は減るんだけど。


 ちなみに僕も傭兵になってからバンクカードという、公的機関が管理する銀行みたいな場所で口座を作ったので、お金は全てそこで管理してもらっている。なので今の手持ちはそこまで多くない。


 『ああー、あのガキンチョども、ちゃんと王都に行けてっかなー』


 『大丈夫でしょう。腐っても鬼牙種の子とエルフの子です』


 『言い方』


 無論、ロリっ子どもにもお金は渡した。


 というか、彼女たちには王都に帰ってもらうことにした。


 なんせ今回の護送案件、少なくとも一ヶ月近くはかかる依頼だから、その間もビーチック国の中央都市に留守番させるのはどうかと思った次第である。ちょっと治安悪いしね。


 二人は最初、僕らについて行くと言って聞かなかったが、さすがに呪具とかヤバいもん扱う案件に、ロリっ子どもを同伴させるわけにはいかない。


 それよりかはギワナ聖国からの帰還先を王国にして、後で彼女たちと合流した方がいいと思ったのだ。


 ルホスちゃんが馬車は頼らないって言ってたから何で帰る気かわからないけど、きっと無事に王都へ向かっている最中だろう。


 「まずは宿でも探しますか」


 「あ、そっちはスー君に任せてもいい?」


 「? 別にいいですけど」


 「ありがと。私は買い物してくるわ」


 買い物? 買い出しなら僕も一緒に行くけど......。まぁ、レベッカさんは女性だ。異性の僕が一緒に居ては満足して買い物ができないのだろう。


 ということで、僕はレベッカさんと別れて適当な宿を探すことにした。


 「おおー。さすが港町、生で魚売ってるよ」


 『刺し身にして食いてねぇーな』


 『あ、フグタコが売られてます。あれすごく美味しいんですよ』


 フグなの? タコなの?


 一人で観光がてら市場を歩いていたら、


 「っ?!」


 「ぎゃ?!」


 よく前を見ていなかったせいで、誰かとぶつかってしまった。


 僕は軽く仰け反ってしまっただけだが、先方は尻もちを着いてしまった。


 その声からして、おそらく女性、それも少女のような声の高さのある声音だ。ただ声から察しただけで、見た目からじゃ小柄な子という印象しかなかった。というのも、少女は全身を覆う外套に身を包んでいたからだ。


 「だ、大丈夫? ごめん、前をよく見ていなかった」


 僕は慌てて少女に右手を差し伸ばした。


 僕のその行為にビクッとする少女。


 驚かれるのも無理は無い。なんせ、


 『あ、やべ』


 右手に口が生えているところを見られてしまったのだから。


 妹者さんは自分が寄生している右手を差し出されるとは思っていないくて、口を隠す行為を忘れていたみたい。


 これには僕も責められる立場じゃない。無意識に手を差し伸ばしてしまったのがいけなかった。


 「み、み、みみみ、右手に口が......」


 『後は頼んだ!』


 スッと消える妹者さんの口。遅いよ。そうするしかなかったとしてもさ。


 仕方無い、誤魔化すか。


 「み、右手に口? な、なななななにを言っているのかな? 転んだ拍子にでも打ったのかな?」


 『心配するなら“頭”を打ったかどうかでしょう。下手くそですか』


 と、冷静に僕をツッコむ姉者さん。


 しかし先方の反応は、てっきりこの不思議現象に怖がられるかと思ったが、


 「す、すごい! すごいすごい! どうやったの?! 右手に口をどうやって生やしたの?!」


 「ちょ!!」


 僕は慌てて少女の大声を止めに入った。ここは賑やかな場所だから、周りの人もあまり気にしていないと思うけど、あまり大声でありのままを話されても困る。


 「ねぇ?! どういう仕組み?! 魔法?!」


 少女が僕の右手を両手でがっしりと掴んできて、問い質してくる。外套を被ってるからわからないけど、その表情はきっと好奇心旺盛に違いない。


 全然、こちらの意図を汲んでくれそうにないので、僕は少女の口を抑えようか迷った――その時だ。


 「ちょっと。ワタシから逸れないでよ、セカン―――どぅお?!」


 少女の背後から、いつの間にか現れた女性が、僕らを見て驚愕に染めた。


 薄い桃色の髪の女性だ。腰の長さまである長髪は美しく、そこまで近くにいるわけじゃないのに、花のような香りがここまで漂ってくる。


 整った容姿は見る者を魅了する美がある。体躯は痩身で、女性らしい凹凸に富んだスタイルではないが、スレンダーという言葉が適しているような人だ。


 特に注目してしまったのが――彼女の瞳。


 壺菫色は光の加減のせいか、かなり黒よりで、思わず見入ってしまう魅力があった。底しれない暗闇のような色合いだ。


 そんな美女と目があった僕だが、先方は口をパクパクとさせて、こちらを見つめている。


 「ず、ず、ずずずずっきぃ?」


 ズッキーニ? え、何の話? この世界にズッキーニってあるの?


 というか、この人の声、なんか中性的でどこかで聞いた覚えがあるような、無いような......。


 僕がそんなことを考えていたら、相手は気を取り直して、コホンと咳払いをし、外套を纏った少女の頭の上に手を乗せた。この子の保護者だろうか。


 「つ、連れが粗相をしたみたいだね。申し訳ない」


 「い、いえ、僕が余所見をしてたせいで、彼女とぶつかってしまいました。怪我が無いと言いのですが......」


 「すごい! すごいのを私は見たんだ! 彼の手には口が生えていて!!」


 どうしよう、この子めっちゃ燥いでいる。そんな少女を薄桃色の髪の美女が落ち着かせる。


 「はいはい。わかったから。......この子は大丈夫そうだから、気にしなくていいよ」


 「は、はぁ」


 「それじゃあ、ワタシたちはこれで」


 美女が外套に身を包んでいる少女を脇に抱えて、早々にこの場を立ち去っていった。少女が暴れだす。


 「下ろして! 私は彼と話がしたい! 聞いてるのか、ファース――ふご?!」


 「すこーし黙っていようか!! では少年、さらばだ!」


 「え、あ、ちょ」


 『放っておきましょ。怪我なんてしてませんよ、きっと』


 『だな。それに幼女の尻はクッションくらい柔らけぇーんだよ。ほら、ガキンチョどもの尻だってそうだったろ』


 いや、僕があの子たちのを触ってきたみたいに言うのやめてくれる? 国家規模の指名手配犯に磨きがかかるんだけど。


 にしても、なんだったんだろ、あの人たち......。

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