閑話 <幻の牡牛> 2

 「はぁ。遊びに行きたい」


 「......。」


 ここ、ジョリジョ共和国、北方に位置する山岳地帯にある古城は、人知れぬ場所に存在していた。外装は古く、所々汚れやひび割れが見受けられるが、それでも内装は神秘的で美しかった。


 まるで教会内部のような神聖な場所には、その最奥に豪華絢爛な玉座が置かれている。


 その上に座って......否、寝そべる者が居る。


 「あ・そ・び・に・い・き・た・い」


 「ボス......」


 「い゛き゛た゛い゛」


 「......。」


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の本拠地でもあるこの古城の主であり、また組織の中で頂点の地位を持つ者――<1st>が居た。


 相も変わらず黒を基調とした牧師姿に加え、牡牛のデザインが施された仮面を身に着けている。仮面越しのため若干その声はくぐもっているが、中性的で性別に判断がつかない。


 またその<1st>の傍らにはまるで秘書のように補佐する者、<7th>が控えていた。


 <7th>も変わらず修道女のような格好をしており、牡牛の仮面越しからでもわかるほど美貌に満ち溢れていた。


 「<7thナナ>ちゃん、暇ぁ〜」


 「ナナちゃんと呼ばないでください」


 最近は世話係になっている気がしてしょうがない<7th>であるが。


 少し前までは威厳に満ち溢れていたのに、なぜこうもスライムのようにだらしない怠け者と化してしまったのだろうか、<7th>は理解に苦しんでいた。


 いや、その原因もわかっている。原因は――


 「暇だし、の私生活を盗聴しよ」


 「......。」


 ――鈴木の存在だ。


 闇組織の親玉、Dランク冒険者に対して“ズッキー”という愛称を作っていた件。


 帝国で大役を果たした少年の活躍は、当然ながら<幻の牡牛ファントム・ブル>の面々に知れ渡っていた。


 無論、こと情報収集という面で長けている裏の組織だから、という訳では無い。


 鈴木の片腕に着けている漆黒のブレスレット――<1st>が盗聴用に身に着けさせた代物から、盗み聞きしていたのだ。


 一部始終、余すことなく。


 かなり高度なストーカーと言えるだろう。


 <1st>がどこらとなく取り出した手のひらサイズの漆黒色のキューブが、この静かな空間に賑やかさを生んだ。


 『やっぱスー君と一緒に仕事すると楽しいわぁ』


 『僕も美女と仕事できて嬉しいです』


 『あら嬉しい。今夜にでもスー君を襲っちゃおうかしら♡』


 『よろこん――どぅえ?!』


 「あ、これはイモジャに殴られたな、少年」


 「......。」


 こんな生活の繰り返しだ。


 キューブを取り出しては鈴木の私生活を盗聴して楽しんでいた。


 もはや<1st>にとっては娯楽に成り得ていたのである。


 ちなみにだが、鈴木は自身の片腕に付いているブレスレットを介して、<1st>に盗聴されていることは重々承知している。


 が、普段、魔族姉妹にプライベートなんて言葉が消失させられた生活を送っている鈴木にとっては、もはや盗聴など痛くも痒くもなかった。


 鈴木も相当な奴である。


 おかげで夜な夜な誰にも迷惑をかけることなく、彼の下半身から吐き出される性欲の塊は、<1st>たちにも筒抜けであった。


 すごく居た堪れない。


 「あの、あまりそういったことはしない方がよろしいかと......」


 「え? ワタシたちは情報収集のスペシャリストだよ? いついかなる時もその性質を欠かしちゃいけないと思うんだけど」


 「いや、我らの暗躍をストーカー行為と一緒にされると


 “辛くなる”。<7th>も色々と来るものがあるのだろう。


 しかし<1st>は考え直すことなく言った。


 「いいかい? <7thナナ>ちゃん」


 「ナナちゃんとお呼びになるのはやめてください」


 「これはこの古城で退屈な日々を過ごしているワタシにとっては欠かせない娯楽なんだ」


 “娯楽”と言ってる時点で威厳なんてものは存在しなくなっていた。


 「それに少年の成り行きは目を見張るものがある。先の帝国の一件はどうだい? 君はズッキーが王国との戦争を本気で止められると思ってたかい?」


 「それは......」


 「ワタシは不可能だと思っていた。無論、少年の健闘を祈っていた。が、彼は、彼らはそれを見事成し遂げた。


 「......。」


 「素晴らしい喜劇だった。ワタシはあれをもう一度見たい。いや、もっと凄いのを彼に期待している。蛮魔と共存する彼に」


 “蛮魔”。その言葉に<7th>は黙り込む。


 <1st>はニタリと笑みを浮かべて続けた。


 「ふふ。【紅焔魔法:國改メ】。まさかまだ使える者が居たなんて......いや、違うな。彼の中にある核が蛮魔のものと見るならば、その正体もある程度検討がつく......おそらくその蛮魔とやらは......」


 「<運命の三大魔神モイラー・クシスポス>」


 その言葉を聞いて、<1st>は仮面の奥で目を細めた。


 「意外。知ってたんだ」


 「いえ、あれから気になったため調べた次第です」


 「ほう......」


 「と言っても、私は<2nd>に聞いただけですが」


 「ああ、納得したよ。あの子は知識量が尋常じゃないから知っていてもおかしくない」


 この場に居ない<2nd>とは、当然ながら<幻の牡牛ファントム・ブル>に所属する幹部である。誰よりも物知りと称されるその者から、<7th>は<運命の三大魔神モイラー・クシスポス>について聞いていた。


 「それでも、<2nd>では歴史の全容を知らなかったようですが」


 「ふふ、だろうね。全く以て興味深いことこの上ない」


 どこか楽しげに呟く主人に、<7th>は呆れ顔を浮かべてしまった。無論、仮面越しでわからないが。


 「あ、そうだ。ズッキーはせっかく傭兵になったんだし、彼に依頼を投げようか」


 「え゛」


 <7th>が間の抜けた声を漏らす。


 「なに、少し彼の正体について......その秘密を彼自身に突かせてみようと思ってね。それにうってつけの案件があるだろう?」


 「ま、まさかギワナ聖国の件ですか」


 <7th>の言葉に、<1st>は首肯した。


 「あの国、最近、きな臭いだろう?」


 「きな臭いというか、真っ黒です」


 「ならいい加減、その悪行の数々を世間に晒そうじゃないか」


 「い、いえ、我々の本分は情報集めですので」


 「ダメ?」


 「駄目です」


 「そうか......ダメか......そうかぁ」


 「......。」


 そう残念そうに、玉座に寝そべるようにして体勢を崩した<1st>を目にして、<7th>は嫌な予感がしてしまった。


 「............ここで大人しくしていてください」


 「はいはい」


 「......あの、本当に、冗談抜きでお願いします」


 「わかってるよ。ワタシはこれでも組織の頭だ。迂闊なことはしない」


 後日、この玉座の上に一枚の羊皮紙が貼り付けられていた。


 記載されていた内容はこう。


 「“遊びに行ってくる”......」


 <7th>が読み上げた内容であった。


 せめて“調査する”の一言があれば、<7th>の溜飲は若干下がったというものの、この文である。

 

 「......。」


 クシャッ。<7th>は羊皮紙を無言で握り潰すのであった。

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