第301話 <三想古代武具>と呪具

 「え、また護送案件ですか?」


 傭兵ギルドにて、僕はチェルクスさんから何度目かになる依頼の話を受けていた。


 相変わらず酒臭くて、煙草臭くて、長居したくない場所だけど、もう慣れたっちゃ慣れたな。


 ちなみにこの場にはレベッカさんも居る。彼女はお気に入りなのか、いつも決まって高そうなワインを飲んでいた。ワイングラスには少ししか入っていないのに、度々香りを楽しんでは、今度は口にして舌で転がすようように味わうなど、何が楽しいのかそんなことばかりしている。


 思わず、エッッッッ、と言ってしまいそうだ。


 また言うまでもなく、僕の前には一杯の酒が置かれている。ロックグラスに入った洋酒みたいだ。来る度に違う酒が出されている気がするな。どれも美味しいから文句は無いけど。


 「ああ。また、だな。にしても、<口数ノイズ>は最近色んなところから依頼が来るようになったな」


 「おかげさまで」


 チェルクスさんはグラスをキュッキュッと乾いた布で拭いていて、もはやハードボイルドなバーの店主にしか見えない。


 この人と話ている内容は物騒なことばかりだけど。


 「護送案件ですか......またなんか荷台に危ないものでも積んでる奴ですかね......」


 「まぁな」


 「まぁなって......」


 「つっても、今回はの輸送を無事に果たすって依頼内容だが」


 瞬間、左腕が僕の目の前に置かれているグラスを受け取り、僕の口にそれを勢いよく運んだ。


 バキンッ。その衝撃で僕の歯とグラスが砕け散る。


 あまりの咄嗟の出来事に、チェルクスさんやレベッカさんを含めた周りの連中が唖然としていた。僕も唖然としていた。


 ..................姉者さん、なにしてんの。


 『ハァハァ。苗床さん、依頼を受けてください!!』


 いや、まず僕の歯を折ったことを謝ろうよ。口の中から血が溢れてるんだけど。


 この人あれか、“<三想古代武具>の山”ってワードに反応したのか。そう言えばオタクだったな、姉者さん。


 特に驚いた様子も見せない妹者さんが、冷静に【固有錬成:祝福調和】で僕の歯を元通りにした。


 「お、おい、大丈夫か?」


 「か、かなり勢いのある飲み方ね」


 そんな僕に対し、事情を知らないチェルクスさんやレベッカさんが心配そうに......いや、奇異な目で僕を見つめてくる。


 僕は誤魔化すように作り笑いを浮かべた。


 「あ、あはは。そ、それで? “<三想古代武具>の山”とは?」


 「ああ、ちっとばかし特殊な依頼でな。なんでも、ほぼ呪具みたいな“<三想古代武具>の山”が積まれた船を、ギワナ聖国に向けて出すらしい」


 「ギワナ聖国?」


 「なんだ、知らないのか? 一神教で、その教義を統治の根本原則としてる国だ」


 『んな国、あたしらが地球に行くまであったっけ?』


 『覚えていませんね。無かった気がしますが』


 「かなりドロドロした怪しい国よぉ」


 「おいおい。レベッカ、ここでそういうことを言うのは止めてくれ。目をつけられたら堪ったもんじゃない」


 え、なに、そんなヤバそうな国なの。今からそんな国に呪具とか恐ろしいものを持ってかないといけないの。


 というか、


 「そもそも<三想古代武具>に呪具とかあるんですか?」


 「「え゛」」


 僕のそんな素朴な質問に、チェルクスさんとレベッカさんが間の抜けた声を漏らした。な、なに? おかしな質問でもした?


 「<口数ノイズ>、言っとくが、基本的に<三想古代武具>のほとんどは呪具として扱われるんだぞ?」


 「え、なぜです? 強力な武器なんでしょう?」


 「はぁ。スー君って偶に常識外れのこと言うわよね......」


 え、ええー。


 チェルクスさんが溜息混じりに続ける。


 「いいか? <三想古代武具>ってのはある“誓約”を満たした上で、初めて使えるようになる」


 「“誓約”?」


 「そうよ。私の愛用している【幻想武具リュー・アーマー】のベンちゃんは、相手に恐怖や苦痛を与えることを約束して、初めて真の力を発揮できるの」


 そう言いながら、レベッカさんは腰に携えていた真っ赤な鞭――<討神鞭>を取り出して、カウンターテーブルの上に置いた。


 この鞭は“有魂ソール”持ちで、所有者から魔力を貰うと意思疎通が可能になるらしいが、今はうんともすんとも言わない。寝ているのだろうか。


 「で、その“誓約”ってのは、レベッカみたいに相性の良いものばかりじゃねぇ」


 「というと?」


 いまいちピンと来ない僕にレベッカさんがわかりやすく説明してくれた。


 「私がサディスティックな性格で、ベンちゃんも他者の阿鼻叫喚を求めているから相性は抜群だけど、仮に私がマゾだったら扱えないじゃない?」


 「ああ、なるほど」


 『なんつう理解の仕方してんだ』


 チェルクスさんが話を続ける。


 「“呪具”ってのは言い得て妙なもんでよ。人が扱えねぇ域の望みを<三想古代武具>が所望すんのさ。代償に見合わねぇもんとかな」


 『例えば、数日に一回は人の血を浴びないと正気を保てなくなる剣とか、他者の傷を回復させると自身が急激に老いるとか、そういう感じのが呪具です』


 やべぇ武具じゃん。


 そんなもの誰も欲しくないだろ。なんなら近づきたくないわ。


 「そ、そんな危ない物を扱う人たちの護送ですか。今回の件はお断りしますね......」


 『ちょ、苗床さん?! 呪具といっても<三想古代武具>ですよ?! なんで断っているんですか!!』


 アホ! 逆だ、逆! <三想古代武具>と言っても呪具じゃないか!!


 僕が心の中で姉者さんに抗議していると、チェルクスさんが話を戻して説明を続けた。


 人の話聞けよ......。


 「で、その護送案件だが、無事にギワナ聖国の中央教会に送り届けることができたら任務完了だ」


 「ちなみに、そんな呪具を教会は集めてどうするんですか?」


 「廃棄だな。なんでも、教義の一つに、この世の呪われているモノは全て滅するってのがあるらしい」


 「え、<三想古代武具>って廃棄できるんですか?」


 「物によるな。破壊できる物もあれば、どうしたって壊せねぇもんはある。そういうもんは封印ってかたちで、教会が厳重に管理してんだ。ま、つってもこれは表向きの話だがな」


 おい、今、“表向き”って聞き捨てならない単語が聞こえてきたぞ。裏あるのかよ。


 『であれば、教会を潰して、<三想古代武具>を全て掻っ攫うのもアリですね』


 こいつはこいつで裏表無いし。


 教会相手にドンパチやるのはさすがに嫌だよ。日本に居た頃の僕が抱いた宗教のイメージはあまりよろしく無い。一概にこういうのはどうかと思うけど、できるだけ関わりたくないってのが本音だ。


 「出航は一週間後。明日にはこの都市を出て、南方の港町に向かえ。一応、この国も呪具は発見され次第、ギワナ聖国にその管理を任せているから、その港町で合流しろ」


 「レベッカさんは断わりますよね?」


 「え、こんな面白そうな案件、行くに決まってるじゃない」


 「おい、坊主。うじうじ言ってねぇーで腹括れ。それに酒飲んだろ」


 “腹括れ”って言ってるじゃん。ヤバい案件じゃん。


 それに酒は一口も乗んでないからね。歯とグラスを砕いただけだからね。


 斯くして、僕はレベッカさんと共に港町に向かうのであった。

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