第九章 武器に心はありますか?

閑話 王国騎士団第一部隊副隊長とオトメゴコロ

 「あ、副隊長。頼まれていた書類、持ってきましたよ」


 「......。」


 「ひッ?!」


 王国騎士団第一部隊に所属するザックは、上司が放つ剣呑な雰囲気に思わず悲鳴を上げてしまった。


 ここ、騎士団の屯所にある一室、主に執務を行う部屋にて、アーレスは頬杖を突いて苛立ちをあらわにしていた。外出中は全身鎧姿だが、今はヘルムを外しているから目に見えてわかるほど怒っているのが丸わかりである。


 まるで彼女の美しい赤髪が、その怒りをあらわにする炎のようにメラメラと燃えている気さえした。


 そんな上司の下へ、仕事の一環として報告書を持ってきたザックは、自分が何かしでかしたのではないのかと焦ってしまう。


 しかし、


 「なぜ......戻ってこない」


 「へ?」


 アーレスの発した言葉に、ザックは目を瞬かせた。


 「ザコ少年君だ。彼はなぜ、この国にまだ戻ってきていないのだと聞いている」


 「え、ええー」


 そんなこと聞かれても知らんがな、とザックは言いたかった。


 例の件――王国と帝国の戦争は鈴木の努力によって回避された。事態に終止符が打たれた後、アーレスはすぐさま帝国をお暇した。元々、無断で帝国に乗り込んだ身であるため、悠長にしていられないのも頷ける。


 戦争回避と闇組織<黒き王冠ブラック・クラウン>の壊滅という大成果を土産にできたことで、大した処罰もなかったアーレスだが、現状に不満を抱いていた。


 曰く、なぜザコ少年君は未だに帰国してこないのだ、と。


 そんな上司に対し、できるだけ刺激しないようにザックは言う。


 「ま、まぁ、あいつは帝国から指名手配犯として扱われているのでしょう?」


 「表向きはな」


 「だったらこの国に戻ってくるより、隣国のビーチック国とかにまずは行くんじゃないですかね。王国、帝国とは関係なさそうなとこに」


 「......。」


 バキッ。アーレスは手にしてた筆をへし折った。ザックの口から、掠れた悲鳴が漏れる。


 そんな雰囲気の中、


 「よー。アーレス、ちゃんと仕事してっかー」


 ちゃんと仕事してない騎士団総隊長のタフティスがこの場に現れた。


 相も変わらずその巨体に見合わぬ飄々っぷりである。男の手には差し入れのつもりか、甘い匂いが漂ってくる物が紙袋に収められていた。


 アーレスは迅速に指示を出す。


 「ザック、茶を」


 「は、はぁ」


 「ほんっとお前はブレねぇな」


 「甘いものに罪は無い」


 罪があるのは人の気を知らないザコ少年君だ、とアーレスは続けたかったが、余計なことを言うまいと既の所で堪えた。


 ザックが急ぎ足でこの場を後にする様を尻目に、タフティスが問う。


 「何をそんなに気にしてんだよ。あの魔族の嬢ちゃんも相当だが、お前も坊主のことが気になってんのか」


 「......別にそんなことはない」


 「今の間。おいおい、天下のアーレスさんよぉ、いったいどうしちまったんだ? ええ?」


 「......うるさい」


 アーレスは折った筆の一部をタフティスの額に向けて投げた。


 それは刺さった。普通に刺さった。


 タフティスは避けようとしなかった。死なないし、別にいっか感覚で受けたのである。


 これが<不敗の騎士>の本質である。全く以て誇るには些か疑問が残る体たらくだ。


 「で?」


 催促する総隊長の言葉に、アーレスはやや呆れた様子で答えた。


 「ザコ少年君には帝国で色々と世話になった。......同時に迷惑もかけた」


 「え゛」


 あのアーレスから信じられない発言を聞いて、タフティスは間の抜けた声を漏らしてしまった。


 それでも赤髪の女はかまわず仏頂面で続けた。


 「その、なんだ。意外と気が利く男だし、磨けば輝く原石と私は見ている。......王都に戻ってきたのなら、私の側に置こうと思っていた」


 「お、おおおおおおおおとして?」


 ズドッ。折れた筆のもう片方がタフティスの額に刺さった。


 どうやら、この国の騎士団総隊長の額はダーツに適しているらしい。


 「補佐官として、だ。何を馬鹿なことを言っている」


 「い、いや、お前、良い年してんのに未婚だし、誰かと交際してる噂もねぇから、焦ってんのかなって」


 「何回死ねば気が済むのだ、貴様は」


 アーレスは引き出しから真新しい筆を取り出して、その先端をインクの入った瓶の中に投じた。


 既に筆の先端はインクで満たされているため、それ以上漬け込む必要は無いのに、ぴちゃぴちゃとやや行儀の悪い仕草を取っていた。


 アーレスは仏頂面を崩さずに問う。


 「ちなみにだが」


 「あ?」


 まるで何か思うところでもあるかのように筆を揺すり、その感情を体現するかのように筆を揺する。


 「参考までに聞こうと思ってな。なに、大したことじゃない。軽い気持ちで答えてくれればいい」


 「え、なに、ちょっと怖いんですけど」


 「......あの少年くらいの年齢だと、もう少し優しく接した方が好まれるか? あ、いや、違うな。違う。違うぞ? あれだ、より親しくなるには、どうしたらいいのか知りたい」


 「......。」


 タフティスはなんだか胃もたれしそうな気分に駆られたのであった。

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