第299話 <口数> ―ノイズ― のお仕事

 「こんなところで死んでたまるか!!」


 「あら?」


 現在、僕らはとある貴族の護衛役を担っていた。


 もちろん、冒険者としてではなく、傭兵として。


 異世界ライフってなんだろうね。


 「良い天気......」


 『スズキ、余所見してっとあぶねーぞ』


 で、護衛役として活動中の僕なんだが、晴れやかな天気とは違って、地上は喧騒に満ちあふれていた。というのも、僕の雇い主であるお貴族様が襲われているところなのだ。


 無論、ちゃんと護ってるけど。


 場所は草木の無い岩山の麓。待ち伏せしていた賊どもがわんさか出てきたのである。数は三十名くらいだっただろうか。かなり大きな規模の盗賊集団だったが、今はもう数えるほどしか居ない。


 「スー君、そっちに一人行っちゃったわー」


 喧騒の中、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、そちらの方を見やると、僕の方へ向かって賊の一人が走ってきた。


 「はッ! お前を人質にしてこの場を――」


 『【烈火魔法:火逆光】!』


 「まぶしゃ?!」


 まぶしゃ?!


 「「目がぁぁぁああああ!!」」


 『【凍結魔法:螺旋氷槍】』


 「ぐはッ!!」


 視界が回復した頃、僕の目の前には小汚いおっさんが倒れていた。死んでるよ......。


 僕は妹者さんに文句を言った。


 「ちょっと。なんで事前に目眩まし魔法使うって言ってくれないの」


 『めんご』


 「はぁ」


 『苗床さん、後ろです』


 「死ねぇぇぇぇええ!!」


 僕は右手に生成した【閃焼刃】で、こちらに剣を持って切りかかってきたおっさんを剣ごと叩き切った。


 その熱気が一際強い風を生んで、辺りに居る盗賊たちを煽る。


 「こ、こいつら、強ぇ......」


 「ず、ずらかるぞ」


 僕らに恐れ慄いた盗賊たちが踵を返して逃げ出す。まるで蜘蛛の子を散らすように盗賊たちが駆け出す様を見て、舌なめずりする者が僕の視界に入った。


 「待ってました♡」


 「『『......。』』」


 レベッカさんである。


 彼女は手にしていた鞭をビシッと張って、一気に駆け出す。逃げ回る盗賊たちを後ろからぶっ殺していっているのだ。


 「あぁぁぁあああ!!」


 「退け! お前、囮になれ!!」


 「死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇぇぇええ!!!」


 「あはははは!! もっと鳴いてちょうだい!!」


 いい性格してるよ、ほんと。


 僕らがレベッカさんの性癖に呆れていると、後ろから声を掛けてくる者が現れた。そちらに振り返ると、僕らを雇ったお貴族さんが居た。小太りだが、気前の良い中年である。


 「い、いやはや助かりましたぞ」


 「すみません、あの人、一度スイッチが入っちゃうとしばらくあのままで......」


 「あ、あはは。若いうちは色々と刺激が欲しくなりますからな」


 あれを刺激の一言で片付けていいのだろうか。


 コルポギス伯爵領の一件から正式に傭兵になった僕は、あれから何回か依頼をこなし、そこそこ稼ぐことはできた。


 傭兵稼業はかなり稼ぎが良くて、向こうしばらくは遊んで暮らせるくらいには稼げたので嬉しい誤算である。なんというか、その面だけで言えば、冒険者としてやっていくことが馬鹿らしくなるくらい稼げたって感じ。


 ちなみのこの場には、ルホスちゃんウズメちゃんのロリっ子どもはいない。


 コルポギス伯爵領の一件以降、できるだけ彼女たちを伴わないようにしているのだ。あの時はロリっ子どものおかげで助かったのは言うまでもないけどね。


 その、なんだ、傭兵稼業ってめっちゃ危険な仕事ばっかなんだよね......。


 この前の護送案件だって、その道中で盗賊や凶悪なモンスターに襲われたし、ちょっとした衝撃が馬車に加わったら、なんか馬車が盛大に爆発したし。


 というのも当時の馬車には、少しの衝撃で爆発するような魔法具が積まれていたのが原因だったんだけど。そんな話、一度も聞かされていなかったからめっちゃ焦ったよ。


 実際何回か死んだし。


 という色々と危険な目にあったので、ロリっ子どもにはビーチック国の中央都市で、お留守番してもらっている次第である。


 「ふぅ......最ッ高ね!」


 いつの間にか戻ってきたレベッカさんが、頬を朱に染めている様子を目の当たりにした。エッッッッ。


 でも悲しきかな。その頬が返り血で染まっているから素直に興奮できないや。


 『エロいのかバイオレンスなのかわからんわ』


 『古来よりエロとグロはセットですからね』


 どうやら魔族姉妹もほぼ無関心な感想しか湧いてこないらしい。


 で、ロリっ子どもの代わりの同伴者というわけではないが、それと入れ替わりのようにレベッカさんと一緒に仕事することが多くなった。


 基本、依頼主かギルドが雇われる身である傭兵を選ぶんだけど、こういう同業者の同伴も認められているらしい。まぁ、雇われた傭兵が誰かに協力を頼む場合に限っての話かな。


 なので依頼の話が来たら、そこから先は自由に決めていいらしい。もちろん責任は自己負担である。


 「やっぱスー君と一緒に仕事すると楽しいわぁ」


 「僕も美女と仕事できて嬉しいです」


 「あら嬉しい。今夜にでもスー君を襲っちゃおうかしら♡」


 「よろこん――どぅえ?!」


 瞬間、右頬が右の拳を盛大に食らって、僕は真横に吹っ飛んだ。


 そんな僕をまるで何事も無かったかのように、驚いた様子すら見せずにレベッカさんが覗き込んできた。


 「大丈夫?」


 「あ、あはは。やっぱ今夜も駄目みたいです」


 「?」


 『“今夜も”ってか、一生ヤらせねぇよ』


 無論、レベッカさんと共に行動する機会は増えても、魔族姉妹が正体を晒すことはなかった。なので、彼女たちの声は相変わらずレベッカさんには聞こえないのである。


 「あ、あの、そろそろ出発しても......」


 と、そんな僕らを遠くから声を掛けてきたのが、完全に蚊帳の外だった依頼主のお貴族様である。


 仕事に戻って、僕らはこの任務を完遂しないといけない。しないと稼げないしね。


 そんなこんなで、傭兵の僕はしばらくこんな生活を繰り返していたのであった。


 「レベッカさん」


 「なぁに?」


 「最近、なんで僕と一緒に仕事するんです? 報酬も少なくなって大して稼げませんよ?」


 「まぁ、たしかにスー君にとって負担っちゃ負担よねぇ」


 「いえ、僕は多少報酬額が減っても、安全に、そして確実に手に入るのであれば、レベッカさんと仕事するのは大賛成です」


 「あらそう?」


 「ええ。ただレベッカさんとしてはもっと稼げる依頼があるでしょう?」


 「私も似たようなものよ? 報酬額が少なかろうと、楽しく仕事できれば、それでいいもの。それで十分だわ」


 「さいですか」


 「ふふ、さいですよ」


 なら深く考える必要は無いか。美女とこうして仕事できるんだし。


 はぁ。エッチなハプニングでも起きないかなぁ。


 「はぁ。エッチなハプニングでも起きないかなぁ」


 『苗床さん、心の声が漏れてますよ』


 いけね。次の瞬間に、また右頬に強烈な一撃を喰らう僕であった。

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