第298話 耳は噛じってなんぼ?
「す、スズキさん、起きてますか?」
コルポギス伯爵邸での一件後、ビーチック国の中央年にある安宿に戻ってきて、数日ぶりにふかふかのベッドで横になっていた頃合いである。
両手から口が消えているから魔族姉妹は寝ていることがわかった。ルホスちゃんはウズメちゃんと反対側の方を陣取っていて、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている。
この子、寝る前までは隣のベッドに居たよね。なんでここに居るの。いや、いつものことっちゃいつものことだけど。おかげでなんか少女特有の甘ったるい匂いがするし。
ちなみにルホスちゃんはコルポギス伯爵邸での一件で、鬼牙種の【種族固有魔法】を無理に使った反動で、全身酷い筋肉痛の日々を送っている。僕の【固有錬成:害転々】じゃ治せなかった。どうやら彼女のそれは“害”じゃないみたい。
皆が寝静まった夜遅くに、僕は腕の中で眠っていたエルフの少女、ウズメちゃんから声を掛けられて、視線を天井から彼女に移した。
僕は他の皆を起こさないように静かに応じる。
「いや?」
「私も眠れなくて......」
まぁ、数日経ったとはいえ、色々とあったからね......。
僕もあの日以来、寝るのが怖くなっちゃったよ。次寝たら目覚めるのはいつになるのかわからないっていうのかな。不安が拭いきれない。
もちろん、これは一時的なものだと思っているが。
エルフっ子なんか特に辛かっただろう。あんなクズ野郎から拷問受けて......。
とりあえず、僕ができることは全力でやろう。もしかしたら彼女は夜、一人でトイレに行けないくらい怖がっているのかもしれないし。
「えっと......トイレ? ついてこっか?」
「あの、私が言うのもなんですが、もうちょっとデリカシーを身に着けた方がいいと思います」
「......。」
紳士の気遣いとして受け取ってくれないかな。
それもこれも、僕が平たい顔の黄色人種だからだろうか。きっとムムンさんのようなイケメンがやったら、エルフっ子から非難は来なかっただろう。
ウズメちゃんはなにやら顔を赤くしながら、囁くようにして言った。
「その、耳を......」
耳?
部屋に差し込む月明かりが薄っすらと辺りを照らしているので、ここは真っ暗というわけじゃない。だからウズメちゃんが耳をピコピコさせているのもわかる。
耳がどうしたんだろ。もしかしてあのクズ野郎のせいで切り飛ばした耳がまだ痛むのかな?
でも【固有錬成:害転々】で元通りになっていると思うし......。
いや、それは僕の思い込みなのかもしれない。
「耳がどうしたの? 痛いの?」
「いや、そうではなくてですね......」
なんだろ、もごもご言っててよく聞き取れない。
僕が静かに彼女の続く言葉を待っていると、ウズメちゃんはなにやら決心した様子で言った。
小声で。
「わ、私の耳を甘噛みしてください」
............え?
あ、聞き間違いか。うん。
「ご、ごめん、よく聞こえなかった」
「あ、甘噛みしてください、私の耳を」
「なぜ?!」
「ちょ!」
僕は思わず大声を出しそうになったが、一応、他の女性陣は起こしていない。
冷静さを取り戻しつつ、僕は静かに彼女を問い質す。
「ど、どうしちゃったのさ、急に」
「そ、その、あの時、耳を切ってから調子が変でして......」
マジ?
【害転々】って後遺症残るのかな......。それは知らなかった。
でもそれと甘噛みする理由と何が関係しているんだろ。そんな疑問に思っていた僕を察したのか、ウズメちゃんがやや早口で言う。
「え、エルフの耳は敏感でして、優しく噛んでいただきたいのです」
「なんで噛まないといけないの......手じゃダメ?」
「ダメです」
即答。
「じ、実は唾液には魔力が多少なりとも含まれていまして......耳に当てられると敏感にわかるんです」
「さ、さいですか。僕じゃなきゃダメなの?」
「は、はい。スズキさんがいいです」
なんか微妙に答えになっていない気がする。
「で、でも僕はほら......男だし、嫌でしょ?」
「い、いえ、そんなことは決して......」
「魔族姉妹とかルホスちゃんに頼んだ方が......」
「し、しつこいです」
なぜか叱られてしまった。おかしい、なんかおかしいぞ。
まぁでも、他の人に頼みづらいってのはわからないでもない。魔族姉妹とか絶対にウズメちゃんで遊びそうだし、ルホスちゃんは鬼牙種のイメージがあるからか、噛み千切られる恐怖が伴いそう。
仕方ない。甘噛みしよう。
「わかった。やるよ」
「!!」
「通報とかしないでよ?」
「し、しません。あくまで治療行為ですから」
治療行為......なのかなぁ。
ということで、僕はエルフっ子の耳に自身の口を近づけた。
そしてそのまま彼女の尖った耳の先端を唇だけで挟むようにした。
「はぅ」
ちょっと。変な声出さないでよ......。
最初はよくわからなかったので、いきなり歯を立てないようにして、唇だけを使ってみたのだが......これアカン。
こっちまで変な気持ちになる。
というのも、
「うッ......くぅ」
「......。」
エルフっ子がやけに色っぽい声を漏らすからだ。
彼女とは年に差があるから大丈夫だと思ってんだけど、これ、思った以上にヤバい。
早々に終わらせよう。勃ったら言い訳すらできない。
僕は次に歯を出して、彼女の耳を甘噛みした。
「っ?!」
ビクンッと一際大きく震えた彼女は、頬を真っ赤にして熱を帯びた息を漏らしている。
え、えっろ......。
「はぁはぁ......すず......き、さん......もっとぉ」
「......。」
それから僕は無我夢中でエルフの耳を甘噛みした。
もちろんそれだけじゃない。唇で挟む行為や、時には舌を使って攻めてみた。エルフの特徴的な尖った耳を舌でなぞると、ウズメちゃんは少し痙攣していたのである。
最後に強めに噛むと彼女が口を押さえて、必死に漏れそうな嬌声を堪えていたので、僕は切り上げることにした。
一頻り終えると、ウズメちゃんが目尻をとろけさせて僕を見つめてくる。
じーっと僕を上目遣いで見てくる光景は、思わず扇状的な気分に駆られる魅力があった。
“あった”じゃない。アウトだろ。相手何歳だよ。
僕は「終わりね」と言って、彼女に背を向けた。その後、ウズメちゃんから続きを催促されるかと思ったが、そんなことはなく、無事に朝を迎えた。
あれから全く寝れなかった僕だが、朝イチで妹者さんが発狂じみた声を上げたので、僕らは驚いて一斉に飛び上がってしまった。
「ど、どうしたの、急に」
『う、う、ううううううウズメ!! おま、お前の耳......』
「耳? ウズメの耳がどうかしたのか?」
『......ああー、なるほど』
開いた口が塞がらないといった様子の妹者さん、何が何だかわかってない様子の僕とルホスちゃん、どこか察したような雰囲気の姉者さん。
そして耳をピコピコさせながら、頬を赤くしているウズメちゃん。
エルフっ子の片耳は昨晩、僕が噛った痕が薄っすらと残っていた。そんな彼女はどこか知らんぷりと言った様子で明後日の方向を見ている。
「ウズメちゃんの耳がどうしたの?」
『鈴木ッ! こ、このロリコンッ! クズッ! 浮気者がッ!!』
え、ええー。めっちゃ罵倒されたんですけど......。
そんな慌てっぷりの妹者さんを他所に、姉者さんが僕を問い質してきた。
『苗床さん、あなた昨晩、この子の耳を噛りましたか?』
「え、うん。起きてたの?」
『いえ。......しかし、その......やっちゃいましたね』
何が?
「な、なんでスズキはウズメの耳を噛ってたんだ。そういうセッ○スか?」
「ルホスちゃん、ちょっとは慎みを覚えようか」
『これは私の知る限りの文化の話ですが、とあるエルフ族は婚儀の際、互いの耳を噛って痕を付けるんです。この人は私の生涯のパートナーですって意味を込めて』
「............え?」
今聞き捨てならないこと言わなかった?
僕はギギギとまるで錆びついた機械の駆動部を思わせる軋んだ音を響かせながら、ウズメちゃんを見やった。
彼女は相変わらず、自身の耳をピコピコと揺らしながらそっぽを向いている。否定の言葉、エルフっ子から全く来ないんですが。
ルホスちゃんが僕にまるで信じられないものでも見るかのような視線を向けてきた。
「す、スズキ、さすがにアウトだろ......」
「ち、ちちち違ッ! アレは治療行為で――」
『んなわけあるか!!』
「ぐぼらぁ?!」
とまぁ、妹者さんから鉄拳を食らい、僕の騒がしい一日は始まりを迎えるのであった。
余談だが、後に姉者さんが『ちなみにエルフの婚礼の儀は百歳を越えてからです。なので昨晩のはノーカンですね』と教えてくれた。おせぇーよ。もっと早く言わんかい。
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毎度、ご愛読くださりありがとうございます。
帝国編が長かったので、箸休めとして本章を挟みました。
次回から新章です。今後ともお楽しみください。
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