第297話 はれて傭兵になった異世界人

 「ただいま戻りましたー」


 バンッ! 僕は傭兵ギルドのウエスタンドアを勢いよく開けて、中に入った。以前来たときと同様、お店の中は酒と煙草の臭いが混ざって濃縮しきったような臭いが漂っている。


 中に居る人は全員僕の登場に驚いた様子で、騒がしかった場が一気に静かになった感じだ。シーンとしちゃっている。楽しくやっているとこを申し訳ない。


 ズカズカと僕は真ん中を突き進み、カウンターの椅子に座る。本日はルホスちゃんとウズメちゃんを伴っていないので、素行とか気にしなかった。


 また席に着いた際、手にしていた麻袋に入った物もカウンターテーブルの上にドサリと置いた。この麻袋は人一人入りそうなほど大きい奴だ。


 僕がそんな態度で席に着いたにも拘らず、カウンターテーブルの奥でワイングラスを白い布巾で拭いていたマスターは平然と口を開く。


 無論、ハゲが特徴のこの人は、この傭兵ギルドのマスター・チェルクスさんだ。


 「さて、だが......」


 前回、チェルクスさんは僕に『一つ目の依頼をこなせたら、次の依頼の話をする』と言った。僕はまだ受けた一つ目の依頼に関して結果報告していないのだが......。


 というか、コルポギス伯爵邸から中央都市に戻ってきた足で、そのままここに気たんだけど。なんで依頼の結果わかるのかな。


 そんなことを僕が考えていたら、


 「仕事こなしてきた奴の顔してるからだよ」


 心を読まれたかのように、チェルクスさんが疑問に答えてくれた。


 「さいですか」


 「で、次の仕事だが――」


 「いや、ちょっと待ってください。その前に――」


 僕は説明を続けようとするチェルクスさんの言葉を遮って、カウンターテーブルに置いた麻袋をポンポンと叩いた。


 コレ、気にならないのかな? 無視するには程があると思うんだけど、周りの人たちもこの麻袋を気にしているみたいだし。


 チェルクスさんは溜息を吐いてから口を開いた。


 「なんだ? もしかして<誘惑>のドララドの死体でも入ってんのか? 依頼してきましたよーって見せつけたいなら必要無いぞ」


 「いえ、違いますね。一応、の頭も入ってますが、割と原形止めてないので確認が難しいと思いますし」


 「......そうか」


 「ほら、そのドララドっていうに、護衛依頼出していたでしょう? 付近に厄介なモンスターが出たって。伯爵を護衛するために」


 「ああ、そうだったな」


 「その護衛役を狩っちゃったんで、伯爵には申し訳ないなと思って、トノサマグリズリーも討伐してきました」


 「......。」


 僕の言葉に、チェルクスさんは動きを止めた。トノサマグリズリーとはAランク指定のモンスターらしい。見た目も名前の通り、でっかいクマだった。魔族姉妹の力も借りてあっさり倒せたけど。


 それにたぶん、チェルクスさんは袋の中身に気づいてたろうな。めっちゃ獣臭いし。


 僕が持ってきた麻袋を尻目に、疑問を口にする。


 「......じゃあその中に入ってんのが、トノサマグリズリーって言いたいのか? 随分と小せえじゃねーか」


 と訝しげに言うチェルクスさんだったので、僕は袋の紐を解いて中身をチラッと見せた。チェルクスさんが見ちゃいけないものでも見たかのような顔つきになる。


 ちなみにお察しの通り、チェルクスさんへのちょっとした嫌がらせである。


 理由は言わずもがな。今回の件、事前情報収集がまるで駄目だった僕にも非はあるが、それ以前にコルポギス伯爵への被害が尋常じゃなかった。


 正直、傭兵に関してはもう縁を切ろうか迷ったくらいである。


 「うお......」


 「デカかったんで、証明となるモノを剥ぎ取ってきました」


 「坊主、お前も男だろ。よくな」


 「聞けばかなりの珍味らしいですね? 高く売れるかなって」


 「銭ゲバかよ.....」


 そして会話からわかるように、僕が討伐証明としてトノサマグリズリーから剥ぎ取ってきたものは、アレである。お股がキュンとしちゃうから名言しないけど。


 『トノサマグリズリーのち○こデカかったな......』


 『苗床さんのもそこそこですよね』


 言っちゃったよ......。あと僕のを話に出さないで。そこそこって表現が地味にダメージ食らうから。


 僕は話題を変えるように口を開いた。


 「今回の件、コルポギス伯爵はご子息を――」


 「もちろん、無関係じゃねぇぜ?」


 僕の言葉を遮って、チェルクスさんが続ける。


 「......。」


 「まだこの国に来て日も浅い坊主にはわからないかもしれないが、ありゃあ死んでもいい貴族だ。実際に傭兵ギルドうちに依頼が来てる。やってることも頷けるくらいのな」


 「子供が殺されましたよ? 罪の無い子が」


 僕がそう言うと、チェルクスさんはフッと鼻で嗤った。


 「おいおい、坊主は神かかなんか? 俺が雇ったのは傭兵だぜ? 綺麗事は教会に行って講釈たれてきな」


 「......。」


 こいつ......あの場に居たのか。“ホトケ”なんて単語、こっちの世界には無いと知ってるぞ。


 『苗床さん、このハゲはあの場には居ませんでしたよ。あの場には私たち以外、誰も』


 「......わかりました。でも次の依頼はちゃんと選ばせてもらいますから」


 姉者さんがこう言っているんだし、今回の件はそういうことにしとくか。もしかしたらそういう魔法......いや、【固有錬成】で情報を得たのかもしれない。


 チェルクスさんは陳列していた棚からワインボトルを取り出して、先程磨いたワイングラスに注いだ。そのワインボトル、あまり詳しくないけど、ヴィンテージものな気がする。


 異世界人だけど、字が読める僕はワインボトルのラベルに書かれていた年数を見て冷や汗をかいた。


 前も思ったけど、一つ目の依頼って絶対に金貨七十枚相当じゃないよね。安すぎる。で、その安い理由って、まさかだけど、こういうお高い酒でその分引かれていないよね?


 引かれていないよね?


 「安心しな。次の依頼に今回の差額は含まれてる」


 「......心読むのやめてくれません?」


 チェルクスさんはダンディさを崩さずにフッと鼻で笑った後、ワインを注いだグラスを僕の前に差し出す。


 「前払いで金貨八百枚。成功報酬は――っておい、一気に飲み干すなよ」


 「ああ、ワインって舌で味わう飲み物でしたね。失礼」


 「ったく」


 減点だ、と小さく呟くチェルクスさんだが、どこか面白そうなものでも見るかのようにほくそ笑む。


 ふむ、やっぱり依頼内容の詳細を聞いていないのに、受けます!って即答するのは迂闊だね。次から気をつけることにした僕であった。

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